「パートタイマーの働きがいを高めるマネジメント」
船田 洋一
(UIゼンセン同盟 イオン労働組合 関東ブロック執行委員長)
I.序
1.はじめに
私は小売業の労働組合で活動している。私たちはここ数年かけて、共に働く職場のパートタイマーの組織化を行った。私たちの職場は、パートタイマーの存在なしでは成り立たない。労働組合が、パートタイマーの「こんな職場で働きたい」という思いをサポートし、抱える課題を解決することは、労働生産性の向上はおろか企業の持続的成長の可否に大きく影響をする。
パートタイマーを取り巻く課題は数多くあるが、実際の業務では正社員だけが判断を下していたり、せっかく良いアイディアや意見を持っていても、それを交換し合う場が無いという不満が職場のオルグ活動を通じて寄せられている。業務上、顧客と直接相対する事が多いパートタイマーの労働へのモティベーションを高めることができれば、顧客に対するサービスレベルを向上させることにつながる。
モティベーションを高めるために、会社の上司や組織がパートタイマーに対して、行うべき日頃のマネジメントはどうあるべきかを提言したい。この論文ではパートタイマーの働くモティベーションを高めていくマネジメントの考え方として「エンパワーメント」に注目する。
2.「働きがい」とは
ハーズバーグ(Herzberg 1966)は個人に満足をもたらす要因と不満をもたらす要因は別のものであるとし、満足に関連した要因を「満足要因あるいは動機付け要因(motivator)」と名づけた。(高橋〔1〕)
満足に関連した職務の要因としてあげたものは、達成、承認、仕事自体、責任、昇進といった個人が従事している「仕事そのもの」に関連しているものである。一方、不満に関連してハーズバーグがあげたものは、会社の政策と管理、監督技術、給与、対人関係、作業条件といった「仕事の環境」に関連するものである。彼はこの不満に関連した要因を「不満要因あるいは衛生要因(hygiene factor)」と名づけた。またこの不満要因を解決したからといって、個人に満足や動機付けをもたらすものではないとしている。つまり満足と不満足は別次元であると考えたのである。
彼の理論の中で、動機付けを刺激し、高めるものは「職務充実(job enrichment)」という方法である。個人が受け取る報酬が、衛生要因を埋めるものだけでは満足度は高まらない。
II.エンパワーメントがもたらすモティベーション向上について
1.エンパワーメントとは
Zeithaml&Bitnerによると「エンパワーメントとは従業員に、顧客にサービスを提供する上で、欲求、技能、道具および権限を与えること」(近藤〔2〕)とされる。このことは企業の達成目標の為に分業化された組織の中で、企業が変化への対応をする際に必要なマネジメントの考え方である。
私たちは不確実性の社会の中で生きている。基本的には予測不可能で変異性の高い社会である。そのことは企業にとって、リスクと同時に付加価値を生むことになる。明日に向けた企業活動のリスクを認識しつつ、顧客に向け変化に対応したモノやサービスを生み出すことが企業活動そのものであり、その優劣が他企業との差別性につながる。それゆえ、業務はルーティーンワークにとどまらず複雑さを増すことになる。従業員の知識や情報に判断を委ねることがスピードをもって変化に対応し、顧客満足につながる結果をもたらす要因である。
ボウエン&ロウラー(Bouwen&Lawlar)によると、エンパワーメントが行われている状態とは現場第一線で働く従業員にとって、以下の4項目を共有した状態であることとされる。
・組織活動についての情報が周知されている。
・活動にリンクした報酬が与えられている。
・活動の現状を理解でき、また貢献できる知識・技能を有しているとき。
・組織業績に影響する決定を下せる権限を持つ。 つまり権限委譲や情報提供とあわせて適切な報酬(金銭に限らない)が与えられなければならない。(近藤〔3〕)
2.エンパワーメントと自律感
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図1「働きがい」の構造モデル
(出所 国際経済労働研究所) |
更にエンパワーメントと働きがいとの関連をみたい。(図1 出所 国際経済労働研究所)この「働きがいの構造」モデルによると「会社への勤続動機づけ」に大きく影響をもたらす要因である「仕事の楽しさ」は「職場の人間関係」「会社関与」「職務多様性」「コミュニケーション」に関係する。この中のキーファクターは従業員個人が感じる「自律感」である。「自律感」を高めることで従業員の「会社関与」の度合いが高くなり、また質量のある「コミュニケーション」が得られるという構造に結びつくとされる。従業員に対する組織の中での適切なエンパワーメントによる「自律感」の向上が、好循環をもたらすことが期待される。
III.企業のエンパワーメントの事例について
実際にエンパワーメントを経営の中で生かしている事例を挙げる。エンパワーメントをする際に必要な視点や具体的な方法について考察してみたい。
1.スターバックスコーヒー
スターバックスでは月一回の頻度で「コーヒーセミナー」を企画して運営している。これを運営しているのは店舗の「バリスタ」と呼ばれるアルバイトであり、パートタイマーである。セミナーの中身は「コーヒーの美味しい淹れ方」「コーヒーの味わい方」などで,あらかじめ参加申し込みをした10名程度の顧客の前で実演を交えながら実施する。彼らは非常に生き生きとやりがいを持ってこのセミナーに臨みその姿を見て参加者も楽しむ。
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写真1 スターバックスコーヒー御茶ノ水店における「コーヒーセミナー」 |
ともすれば、従業員にとっては通常業務ではないので負担に感じるのではないかと思うことでも、情報やツールを与えて信頼をおくことですばらしいアウトプットが得られる実例である。(写真1 スターバックスコーヒーの「コーヒーセミナー」) スターバックスでは、正社員、アルバイト、パートタイマーなど役職の区別なく全ての従業員を「パートナー」と呼んでいる。顧客にとって職場や学校そして家庭の間にある、日常を忘れてゆっくりとくつろげる第3の場所「サードプレイス」として店舗 を位置づけ、その雰囲気を提供し続けるためには、それぞれ尊敬しあった従業員が仕事に情熱を傾け、心から打ち込めることが重要と考えている。
接客マニュアルはなく、顧客の要望にはいつでも応えるという「Just Say Yes」という精神をパートナー同士で共有している。また日常業務において必要な知識やスキルの教育についても、学習者が主体者となるよう「教える、教えられる」という関係ではなく、パートナーの能力を引き出すコーチングを周囲の先輩パートナーが行い、成長をサポートするという精神で行われている。あくまで追求するのはパートナーの「自分らしさ」が仕事でも表現できる環境だという。(Schultz〔4〕) コーヒーセミナーを顧客と一緒に運営側も楽しんで行っている姿を目の当たりにして、雇用形態や区分にとらわれず、従業員に敬意を払い自由裁量や権限を認めることは、サービス業において顧客満足につながることになると感じた。
2.ザ・リッツカールトンホテル
ザ・リッツカールトンホテルは、顧客の期待以上のサービスを従業員が行い、感動を生んでいるホテルとして世界的に認知されている。そのポイントは、従業員個々の工夫と多様性を重んじるという企業の精神である。
ザ・リッツカールトンホテルでは、お客さまの「不満がない」と「満足である」とは別物と捉え、その両面から顧客満足の維持と向上を実践している。例えば、予約どおり部屋が準備されている、部屋には全くゴミがない、など一つでも欠けると不満が生じる基本サービスについては、チェックリストにより厳しく管理し、徹底的に欠陥ゼロへ挑戦を重ねる一方で、全ての従業員がお客さまに積極的に話しかけ、お客さまとの会話の中からさまざまな情報を収集し、個々のご要望やニーズを読み、お客さまの期待以上の対応で満足を高めることに全力を傾けている。
ニーズや要望にすかさず対応するためには、エンパワーメントが大事だと、ザ・リッツカールトンホテルでは考えている。お客さまの感動を高めるアイディアが浮かんだのに、上の判断を仰ぐまでに時間が掛かり、時機を逸してしまったら損失になると考え、以下の権利を従業員に与えている。
・上司の判断を仰がずに、自分の判断で行動できること
・セクションの壁を超えて仕事を手伝うときは、自分の通常業務を離れること
・一日、2,000ドルまでの決裁権
これにより、お客さまにとって一番良い解決方法を、従業員が躊躇無く選択できる環境を与えている。(高野〔5〕)
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図2 リッツ・カールトンのクレドカード
(出所 高野登「サービスを越える瞬間」) |
また全世界共通の哲学や行動基準が記載されるのが、ザ・リッツ・カールトンの「クレドカード」である。これがバイブルになり、全社員が毎日の朝礼で話し合い、このホテルが何を大切にし、何を目指すかを個々が振り返りをしている。また個人のとった行動を例に挙げ「ザ・リッツカールトン・ベーシック」という行動指針に照らして、どの項目に該当する行動だったかをミーティングで確認しあっている。理念や行動規範をつくって飾っておくだけでなく、それを実際の行動と結びつけて生かすことでエンパワーメントのベースとしている。
この「ザ・リッツ・カールトン・ベーシック」の10番目の項目に、エンパワーメントについての項目がある。
「従業員一人一人には、自分で判断し行動する力が与えられています。(エンパワーメント)お客さまの特別な問題やニーズへの対応に自分の通常業務を離れなければならない場合には、必ずそれを受けとめ、解決します」
エンパワーメントにより、顧客に対するフロントラインの従業員のその場の判断や行動を尊重しつつも、ベースとなる理念や行動規範は確認し、行動の振り返りをすることで価値観の共有を行い、組織全体としてはブレのない状態を維持し、企業ブランドを守り育てているということである。
IV.労働組合が主催するセミナーの実例
次に、私たちが実際に行った働きがい向上のためのセミナーについて述べる。ここでは2006年11月に行われた茨城県の店舗におけるセミナーについて取り上げる。
1.セミナー概要
セミナーはGMS店舗(衣料、住居余暇、食料品など生活にかかるものを総合販売している店)において、現場を切り盛りしているパートタイマーと彼女たちを管理する正社員や店長が、一日店舗とは離れた会場で自分たちの店の作業や品揃えを改善するアイディアや、現状の課題について話し合うセミナーである。食料品、衣料品などからほぼ同じ売り場のメンバーのうち5人から7名が一つのグループ単位になる。全体で7~8グループ、50名から60名で約8時間かけて行う。一日の最後には話し合った内容をチームごと、個人ごとに発表し明日からの行動変容を期待するといった内容である。
セミナーの目的を「自店の売り場活性化の為のアイディアをディスカッションする」と定義付けた。具体的な目的は以下の4つである。
(1)自律的な行動
店舗の活性化につながるアイディアを、自分たちで考えることで、自律的な行動を生むための主体者意識の醸成を図る。
(2)多様な視点からの発想
アイディアを考える際、普段の従業員としての立場での発想ではなく、利用する主婦や地域住民、専門店などの店舗を取り巻く利害関係者の立場からの発想をしてみることで、視野の広がりと店舗への愛着を高める。
(3)店舗組織改革
提案されたアイディアを阻害する要因についても考察し、普段の業務の見直しをする。
(4)コミュニケーションの改革
上司部下の垣根を越えて一体となった組織風土を生む。
2.セミナー開催の背景
このセミナーは、開店してから5年から10年以上経過した既存店で行われることがほとんどである。開店当初は新鮮な気持ちで職務に当たっていたパートタイマーも時間の経過とともに、顧客視点を忘れ、言われたことだけしかしない意識が芽生えてくる。仲間内でインフォーマルなグループも出来上がり、陰口をたたいたり前向きな人の足を引っ張ったりする人も出てくる。綺麗な建物や売り場の設備もこの頃になると傷みや汚れが目立ち、更に扱いが雑になってきて修繕費がかさんでくる。しかし、これはパートタイマーだけが悪いのではなく、むしろ、そういった風土や仕事ぶりをほったらかしにしておく、正社員のマネジメントの仕方に由来するところが大きい。
正社員のほとんどは2年~3年で異動が発生する。店舗で起こった問題の構造的な原因まで踏み込んだり、5年後、10年後の将来の店舗の姿を描いたりすることは、普段の業務の中ではほとんど行われない。目の前の課題を処理し、部下として短期的な視点でパートタイマーを扱うだけで、それ以上に育成や人間関係の構築までは中々向かわないのが現状の姿である。パートタイマーは、そういう正社員の姿や意識を肌で感じると、正社員との一体感や店舗への愛着を急速に失う。結果、自らの仕事への動機付けが出来なくなるのである。店舗年齢の経過した店のそういった組織面の課題を、ディスカッションをしながら解決するために労使で協働しながら、実施しているのがこのセミナーである。
3.セミナーの詳細
このケースでは正社員とパートタイマーを別のグループに分けて実施した。パートタイマーのアイディアを引き出すために、正社員からのディスカッションへの必要以上の干渉を防ぐという狙いと、パートタイマーと正社員のアウトプットの違いと、それにいたるまでのディスカッションのプロセスの違いの把握が狙いである。
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写真2 あるグループの描いた店舗活性化アイディア |
このセミナーでは、模造紙にグループメンバー全員で「絵」を描いてもらうのが特徴である。絵は箇条書きにした文章に比べて情報量が多く、視認性も高い。セミナーが終了した後でも、その絵を見ただけでどんなことが話し合われていたのか説明ができる。
ディスカッションでは、特に話だけに熱中しないように、絵に描いた上でディスカッションするように意識して進めている。パートタイマーの女性は育児の際に絵を子供に描いてあげたり、ポスターや販売用のPOPに絵を描いたりする人も少なくない。したがって絵を描くことへの抵抗感はほとんどなく、楽しんで一日を過ごすことが出来た。楽しい絵を前にブレーンストーミングでの発想も非常に柔軟なものになり、その結果、ユニークなアイディアが導き出されるという効果が期待できるのである。なにより、グループメンバーが全員絵によって、達成イメージの共有を図ることができた。
絵を全員で描くことの達成感は、ホワイトボードに文章を羅列するだけでは味わえない大きなものである。絵を描ききった後には、チームとして一体感が現れるという効果もある。
4.セミナーの成果
パートタイマーに対する動機付けの観点から、このセミナーの成果をまとめてみる。大きく分けて4つの成果がこのセミナーによって得られた。
(1)アイディア提案の場の創出
彼女たちは、普段の職場で、作業の創意工夫や仕事への提案を上司に対して行うことが少ない。ミーティングや会議を、パートタイマーを集めて実施しているところはまれである。これは、売り場のオペレーション業務の繁忙さと社員のマネジメントの考え方(そもそもパートタイマーに対してあらためて意見などを求めないという考え方)によるところが大きい。一方、パートタイマーは分業化された業務の中で、上司への改善提案やメンバーに対して自分の考えを伝えられない現状に、実は大きなストレスを抱えている。
セミナーの開催前は、そういった普段の信頼関係の不足や業務の進め方への不信感もあって、セミナー自体を一方的な業務の指示事項伝達の場だと捉えていたり、意見やアイディアを出すことを恐れたり、躊躇するパートタイマーも少なからず存在した。しかし、絵を描く過程で自由闊達な雰囲気が生まれ、ユニークなアイディアや視点ほど賞賛されることで、次第に表情が柔らかくなり喜びを感じていった。
(2)多様性のある視点の取り込み
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写真3 パートタイマーチームのセミナーの様子 |
店舗活性化のアイディアは、地域住民の視点、主婦の視点、家族の視点が充分に意識されたうえで、従業員や専門店の視点と連結され、これまでにないユニークな発想が創出された。
例えば、地域住民の視点で考えたときに、この店舗に隣接する水戸市は、オセロの発祥の地で、この店舗の回りの住民も、オセロをやっている人が多いと絵に描いたパートタイマーがいた。同じグループの中で、家族の視点で考えた場合、主婦の買い物に付き合う旦那さんは待っている間は退屈で、だから店舗に足が向かないのだと絵に描いた人がいた。出てきた活性化案は、オセロ大会をこの店舗のイベントで企画してみたら、お客様がもっと来店するのではないかというアイディアであった。
別のグループのアイディアでは、長い間この店舗で勤務している従業員だからこそ、知りえる視点で絵に描いた人がいた。屋上にある駐車場は、お客様が利用しないのでいつも空いているのだが、この駐車場から見る景色は、富士山や利根川の水面が見えて、実は気持ちがいいという気づきがあった。一方、そのグループで、フリーマーケットの開催できる場所を探している近所の人がいると、地域住民の視点で絵に描いた人がいた。出てきた活性化のアイディアは、景色のよい場所だということを謳い文句にして、屋上駐車場をフリーマーケットのスペースにし、なおかつ出店者に惣菜売り場で自分たちの作っているお弁当を売り込もうというものであった。他のグループも、甲乙つけがたい柔軟で新鮮な発想の活性化アイディアが発表された。
このセミナーで、改めてパートタイマーは地域住民の視点、主婦の視点、従業員の視点をバランスよく所有していることがわかった。絵に描かれた一つ一つの情報は、どれもバランスのよいパートタイマーだからこそ知りえた情報である。
(3)正社員の役割に対する認識
正社員は普段の業務の中で、パートタイマーに対し専制的な態度で業務の指示をしている場合が多い。作業の改善提案など受け付けずに、正社員の考え方や進め方に従っていればいいという様に接している。しかし、今回のセミナーにおいて正社員のグループは、パートタイマーのグループに比べて明らかにディスカッションが停滞し、絵が描けずに苦しんだ。分析的な思考はできるのだが、拡散的な思考ができない。何故なら、従業員の視点で店舗をみることはできるのだが、生活者や地域住民などの視点で店舗を見ることができないので、新たな発想が生まれにくいからである。
来店するお客さまは、パートタイマーの彼女たちが住んでいる場所や年齢などほぼ重なる層である。いわば組織に顧客を体内化しているということである。にもかかわらず普段の業務で、その視点を活かせていないことに改めて気がついた。最終の発表でパートタイマーグループと比較して、正社員だけのグループのアイディアの少なさに、恐縮しながらプレゼンテーションをしていた販売課長の姿が印象的であった。
セミナー終了後のミーティングにおいて、正社員からあがった感想として、「あんなに生き生きと話をしているパートタイマーの姿は店舗の仕事の中で見たことがない」「彼女たちの発想を実現するのを叶えるのが自分たちの役割だと認識した」というような感想が多かった。
顧客視点で業務を見直しし、活性化を実現するために必要なことは、地域情報や顧客情報のボトルネックに正社員達がならないようにしなければいけないし、なかなか持ち得ない地域住民の視点、家庭の主婦の視点、生活者としての知恵や発想の豊かさ、現場の作業のノウハウをもっと業務の中で活かすには、従来の指示命令型のマネジメントスタイルから、エンパワーメントを取り入れたスタイルに変化させることが、パートタイマーをマネジメントする正社員には、今後さらに必要であるということがこのセミナーでわかった。
(4)セミナー後の行動
その後の調査で、セミナー後に店舗ですでにアイディア実現に向けて、行動を起こしているパートタイマーがいることがわかった。
夕方に来店されるお客様はパートタイマーと同じ主婦で、仕事が終わってあわただしい中、夕食のメニューを決めていないことが多い。そこで、複数の売り場の人で食品売り場にて試食をしてもらいながら、夕食メニューの提案をしたところ、一時間のイベントで客単価が400円アップしたのだという。一時間で300人の来店があるので、一日12万円の売り上げが上がったことになる。そのパートタイマーは、絵を描くなかで改めてお客様の姿を想像し、自分がお客様の立場で従業員にしてもらって嬉しいことは何かを考え、セミナーが終わり次第、素直に行動に移したのだという。こういった行動の積み重ねが大きな活性化につながると考える。
社員の行動にも変化が生まれてきている。惣菜をつくる作業レイアウトを、パートタイマーの意見を聞いて使いやすいように変更したり、お客さまの多く来店する時間に試食が実施できるように、作業スケジュールを変更したりし始めた人がいる。
店長は、セミナーで創出されたアイディアを実現させようと、商品部や店舗企画部、上司にあたる事業部長に根回しやアイディアの投げかけをして、準備を進めている。
V.結論
社会や組織は、自分とは違う役割や立場、人生、キャリア、パーソナリティを持った人の集合である。会社組織においても、パートタイマーと正社員、中間管理職、社長などその会社の中の役割も違えば、住んでいる場所、ものの見方など、それぞれが十人十色の存在である。その中で、パートタイマーという契約形態で勤務している人をさらに活用していくには、生活者としての一面を持つ、彼女たちならではの強みにスポットを当てていくことが必要である。現在の業務の遂行度合い、達成度合いだけで判断するのではなく、彼女たちの持つ強みを考えることで、違う活かし方が見えてくるはずである。管理する立場の人間は、その強みをどうやって引き出すか、働く動機付けをいかに高めていくかという課題と向き合うことである。
自分の立場の固定概念にとらわれずに、発想を切り替えるのが難しいということは、今回のセミナーにおいて痛感した。だからこそ、正社員や管理する立場の人間は、自分たちと違う視点と立場を持つ彼女たちに対して、相手への信頼感を持ち、多様性を認めるところから始めることが必要である。そして資源をエンパワーメントしていくことで、相手もその信頼に応えようとするのである。多様性を認知し、従業員を尊重するという価値観の浸透により、環境の変化やお客様からの要望に対して、柔軟にそして迅速に対応できる、しなやかな組織が出来上がるのである。私たち労働組合の役割は、そういったマネジメントの考え方こそが企業を持続成長可能にしていき、そこで働く従業員も同時に幸せになるということを経営に訴えかけることに他ならない。
【参考文献】
- [1]高橋正泰共著「経営組織論の基礎」,中央経済社,1998年,109~110ページ。
- [2]近藤隆雄「エンパワーメント」『明治大学大学院サービス・マーケティング講義資料8』, 2006年,1ページ。
- [3]近藤隆雄「エンパワーメント」『明治大学大学院サービス・マーケティング講義資料8』, 2006年,2ページ。
- [4]Howard Schultz with Dori Jones(1997),“Pour your heart into it”(小幡照雄 大川修二訳『スターバックス成功物語』,日経BP社,1998年,162~185ページ。)
- [5]高野登『リッツ・カールトンが大切にする サービスを越える瞬間』,かんき出版,2005年,103~125ページ。
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