ゲストスピーカー: | 堀井 学 大丸グループ労連会長 |
みなさんこんにちは。ただいまご紹介いただきました大丸グループ労連の堀井です。本日は、「職場のワーク・ルール確立・均等待遇を目指して」というテーマをいただいておりますが、事前に事務局の方から、「総論・一般論よりも企業の実態、労組・労使の実践の話をできるだけ具体的に伺いたい」とお聞きしておりますので、主には、パートタイマーや契約社員、いわゆる非正規社員の活用・活性化にむけた取り組み、賃金や労働時間といった労働条件・ワークルールの整備にむけた取り組みについて、大丸の事例をご紹介しながら進めていきたいと思います。
ところで、わが国においてパートタイマーというのは、1952(昭和32)年に大丸の東京店で短時間労働者を募集するときにはじめて使われた言葉です。その意味でも、今回、正社員と非正規社員についての講義テーマを頂いて、なんらかのご縁があると思う次第です。それでは本題に入ります前に、まず大丸と大丸の労働組合の概要についてお話しておきます。
ご承知の通り、㈱大丸は小売業を中心する企業グループです。現在、連結子会社が21社あり、百貨店事業として㈱博多大丸・㈱下関大丸・㈱今治大丸・㈱高知大丸、スーパーマーケット事業の㈱大丸ピーコック、卸売事業の大丸興業㈱のほか、関連事業として通信販売業の㈱大丸ホームショッピングや人材派遣業の㈱ディンプルなど様々な事業を展開しています。従業員数は、パートタイマーや契約社員も含め、約12,000名です。年間の連結売上高(2006年2月期)は8,225億円で、現在百貨店業界では第3位となっています。
ご存知の方も多いかと思いますが、本年(2007年)9月には、業界第8位の松坂屋ホールディングスと経営統合し、共同持ち株会社「J.フロントリテイリング」が設立されることになりますが、そうなれば、連結売上高では約1兆1,664億円に上る国内最大の百貨店グループが誕生することになります。
(編注:その後8月下旬、百貨店業界第4位の三越と同5位の伊勢丹が、2008年春をめどに持ち株会社「三越伊勢丹ホールディングス」(仮称)を設立し経営統合を行うことが明らかとなった。統合が実現すれば、連結売上高合計では1兆5,800億円となり、大丸と松坂屋の新持ち株会社である「J.フロントリテイリング」を抜き、業界第1位の百貨店グループが誕生することになる)
さて、大丸グループでは、ほとんどの各グループ企業に企業別労働組合が存在しており、大丸グループ労連は全部で9単組から構成されています。組合員数は約8,800名です。その中で、全大丸労働組合には、中央執行部のもとに7つの支部(大阪、京都、神戸、東京、梅田、札幌各支部および中央直轄支部本社分会)が存在しています(図1参照)。組合員数は約5,500名、うち約2,000名は非正規社員です。
なお、全大丸労働組合は1979(昭和54)年からパートタイマーなどの非正規社員を組織化しており、恐らく日本の企業別労組の中では相当に早い方だろうと思います。ちなみに、大丸では、パートタイマーや契約社員などを一年間の有期で契約し、これを有期契約社員と総称しています。百貨店業界の中でも、大丸の有期契約社員のシェアはかなり高い方だと思います。
本日のお話は、㈱大丸と全大丸労働組合の取り組みを中心に進めてまいりたいと思います。
まずはじめに、百貨店業界における有期契約社員の位置づけについて申し上げます。
ご承知の通り、現在、各産業では、パートタイマー、派遣、請負労働者などの非正規雇用化が非常に進んでおり、処遇の格差、雇用不安、厳しい労働環境の問題なども生じております。百貨店業界でも、非正規雇用化が進む中で、こうした問題は無視できない状態になっており、実際に、現在、百貨店業界においては、非正規社員の処遇や労働条件等について、本日の講義テーマとして頂いている「均等待遇」とまではなかなかいかないまでも、「均衡処遇」、すなわち雇用形態間のバランスの取れた処遇実現の必要性を各社労使の共通課題として取り組んでいるところですし、他産業に比べても非正規社員の組織化が進んでいる方だと考えます。
なぜ、百貨店各社の労使が共通の課題と認識して取り組みを進めているのかと申し上げますと、例えば大丸においては、従業員の約35%が有期契約社員です。人数は約2,000名であり、主に販売や事務に従事しています。有期契約社員の皆さんは直接にお客様と接し、販売サービスという百貨店の価値を直接提供する人材であり、企業にとっては、売り上げを生み出す人材です。つまり、有期契約社員の働きぶりが企業の売り上げに直結するのであって、有期契約社員のやる気、能力、スキルを高めることが結果的に企業価値の向上にもつながります。
一方、有期契約社員がやりがいを感じない職場や制度であれば、そのモチベーションは低下し、結果的には業績が悪化してしまいます。例えば、有期契約社員は正社員たちと同じ職場で働いていますので、教育研修や処遇、昇進昇格、評価考課等において雇用形態の違いに基づく格差が顕在化してしまうと、有期契約社員の不満が高まり、ひいては組織全体の生産性や成果を低下させかねません。そうした意味でも、百貨店業界では、有期契約社員のような非正規社員のマネジメントや労務管理面に費やすコストとエネルギーは、正社員のそれと大きな差はありませんし、採用コスト等も考え合わせると、むしろ正社員以上にコストとエネルギーを傾けているかも知れません。
さらに、私たちの職場では、有期契約社員の皆さんは従業員としての顔とともに、顧客としての顔も持ち合わせていると考えています。例えば大丸の職場で有期契約社員の皆さんにアンケートを実施し、「なぜ大丸で働くのか」と聞いたところ、「ファッションが好きだから」「百貨店が好きだから」「お客様相手に商売がしてみたいから」といった回答が多く寄せられます。現在、大丸の有期契約社員の平均勤続年数は3~4年ですが、入社前には大丸の顧客であった方も多いでしょうし、退社後も顧客として関係を継続する方も多いかと思います。有期契約社員を採用する労働市場と百貨店の営業する商圏が重複しているがゆえに、仮に雇用形態の差に起因する様々な格差によって有期契約社員が不満を抱えてしまうようなことになれば、将来的には、いま大丸で働いているご本人とその家族、知人、友人などを含めて、大切な顧客を失いかねないということも考えられます。
以上、労使として“二極化”を招かないよう格差是正や均衡処遇に取り組んでいる理由として、有期契約社員は「販売サービスの基幹人材であること」、「人的生産性・組織生産性が高まる余地が大きいこと」、「商圏と採用市場が重複しているため」ということを挙げてきましたが、立地産業・労働集約産業といえる百貨店の特性を考えれば、これらは大丸だけでなく概ねの百貨店にあてはまるものと考えます。
ちなみにいくつかエピソードをご紹介しておきますと、冒頭に、パートタイマーというのは、大丸東京店が短時間労働者を募集するときに初めて使った言葉だと申し上げましたが、そのチラシのコピーを見ると、「奥様、お嬢様の3時間の百貨店勤め」と書いています。つまり、当時から大丸では、パートタイマーの皆さんを単なる労働者として捉えていなかったことがうかがえます。また、1995(平成7)年に発生した阪神・淡路大震災によって、大丸神戸店の店頭は3分の2が取り壊しを余儀なくされた時、当時の神戸店には350名ぐらいの有期契約社員がいましたが、もちろん正社員も含めて、一人の解雇も発生させることなく震災からの復興を遂げることができました。こうしたことからも、大丸においては有期契約社員を単に雇用調整がしやすい労働者として扱っているわけではない、ということがご理解いただけるものと思います。
これまで申し上げてきたように、百貨店業界にとって、有期契約社員は非常に重要な存在です。しかし、その一方で、現在においても、やはり正社員と非正規社員の処遇の格差は存在します。ご承知の通り、現在、日本では非正規社員の数は増加する一方、正社員の数はなかなか増えてはいません。そして非正規社員の正社員化もなかなか進まない状態です。こうした背景には、やはり正社員の数が拡大すると企業業績に大きな影響を与えかねないという側面も否定できません。しかも百貨店業界は、少子高齢化が進む中で、将来、市場が縮小していくことも覚悟しておかなければなりません。このような状況下で百貨店が激しい競争を勝ち抜き存続し続けるためには、人件費の適正化は避けて通ることはできません。現在、正社員の賃金制度にも大きな変化が起こっていますが、正社員と非正規社員の「均等処遇」を直ちに実現することは一筋縄ではいかない面があります。
こうした中、私たち大丸の労使では、「均等処遇」の前に、まずは「均衡処遇」の実現を目指すところからスタートしました。一方、時代環境が刻々と変化する中では、均衡のありようも常に変化してきますので、その時々の環境変化に対応し、常に均衡を維持するためには、労組・労使による取り組みも連続的・継続的なものとなってきます。こうした取り組みの繰り返しによって、経年的には「均等処遇」に近づきつつあるというのが今の大丸の状況といえます。
では大丸における有期契約社員の賃金制度をご紹介しながら、「均衡処遇」についてどのような取り組みを行ってきたのか、過去の経過も含めてご説明させていただきます。
○昭和56年
「定時社員人事制度」を労使協定(大丸として初の体系的な有期契約社員制度)
【背景】高度経済成長の終焉、要員管理意識の高まり、核家族化と主婦層の社会参画
【属性】パートタイマーの主婦層が中心
【制度】時間給・賞与、年功的運用 [正社員は職能資格給制度]
【役割】正社員の補完的役割
【格差】賃金格差は比較的大きいが社会的コンセンサスの中で均衡がはかられていた
【備考】制度設計の基本的考え方として「同一価値労働同一賃金」が盛り込まれる
○平成12年
雇用形態改革として有期契約社員の人事・賃金制度を抜本的に見直す
【背景】デフレ経済、競合激化、人件費の変動費化、失業率の悪化、買い手の労働市場
【属性】主婦層は減少し新卒を含め若年化、大丸での収入が生計の主、フルタイマー化
【制度】時間給・賞与、月例給・インセンティブ(歩合) [正社員は職務型制度]
【役割】職務を正社員と区分(高付加価値業務の正社員に対し定型業務が主)、限定配置
【格差】法的な(賃金)格差の合理性は満たすが社内キャリアは限定的
【備考】ローコスト人材の戦力化の意味合いが強い制度改正
正社員登用制度を整備するが運用は一部に留まる
○平成19年
社会・経済環境、企業経営環境の変化をふまえ、再度の雇用形態改革を実施
【背景】団塊世代の退職、人材の質的強化、売り手の労働市場、企業内シェアの高まり
【属性】ほとんどがフルタイマー、大丸での収入が生計の主、高いキャリア意識
【制度】月例給(時間給は廃止)・賞与・インセンティブ [正社員は職務型制度]
【役割】職務拡大によりマネジメントの一部(係長級)まで担う
【格差】同じ職務の正社員と月例給は同一水準(成果次第では正社員以上の処遇)
係長級以上は観察期間を経て正社員登用
月例給・年収では同一に近づいてきたが退職金制度は未整備
【備考】ローコスト人材の位置付けは希薄化し営業面での基幹人材化が進む
人材育成、定着化への取り組み強化
以上、大丸における有期契約社員の人事・賃金制度の経過を振り返ってきましたが、「均衡処遇」というのは常に社会・経済環境、企業の経営環境によって見直されるべきものであり、また、百貨店の業界特性、労働市場との関係のなかで、「均等処遇」に近づきつつある状況がご理解いただけるものと思います。
次に、人事・賃金制度以外にも、労働時間、労働環境、福利厚生等、有期契約社員に関わる労使課題は多岐にわたりますが、こうした労働条件の改正やワークルールの確立に際しての大丸労使の取り組みプロセスを簡単にご説明しておきたいと思います。
まず、大丸労使で締結している労働協約では、労働条件の改定・整備や会社経営方針に基づく諸施策などについては労使で話し合わなければならないと明記されています。労働協約に盛り込まれている内容は賃金、労働時間や休日・休暇など様々ですが、こうした労使間のルールがあって、日常の健全な労使関係が成り立っているということをご理解いただきたいと思います。
こうした中、実際の運用については、現在、全大丸労働組合には、7つの支部(図1参照)とともに、執行部の業務をスムーズに進めていくために賃金対策委員会や経営対策委員会、時間問題専門委員会など5つの専門委員会があります。それぞれの支部、専門委員会はそれぞれの役割に応じて、経営側と対等な立場に立って、労働者の利益を代表して経営者と交渉し、労働条件・ワークルールを決定します。具体的には、賃金や福利厚生、労働時間等、全社をまたがる労働条件・ワークルールについては、中央・本社間の専門委員会において協議を重ね、協約の改廃や協定・覚書の締結をしていきます。また、中央・本社間で定めたルールの職場での運用定着・改善や職場の労働環境については、各支部・店間において協議を進めます。
一方、こうした活動を進めるためには、現場実態の把握、現場との密なコミュニケーションが欠かせません。例えば、労働条件に関わる制度改正などがあった時は、その改正内容や意義などについて労働組合が現場に伝えなければならないことは言うまでもありませんが、改正後の諸制度が職場にどのような影響を与えているのかなど労働者の反応を把握するために、労働組合はアンケート調査、聞き取り調査、懇談会など、様々な方法で、現場の有期契約社員や正社員たちの声を吸い上げています。以上が労働条件の改正やワークルールの確立にむけたプロセスですが、このように労働条件にかかわるすべてを春闘のテーブルで交渉するのではなく、通年をとおして日々協議・交渉しているということをご理解いただければと思います。
最後に、今後、大丸の有期契約社員に関するワークルールの整備をさらに進めていくうえで、労組としての課題認識について少し触れておきたいと思います。
まず、有期契約社員の労働条件など制度的な面については、改正したばかりの人事・賃金制度をしっかりと運用していくなかで、昇格・昇給や正社員登用等、個人にとって具体的な処遇改善、キャリア向上につながるしくみを十分に機能させていくことが不可欠と考えています。また、「均等処遇」を実現させていくための制度面のハードルとして、一つには先ほど申し上げた退職金制度の整備が挙げられるものと考えます。数年前に退職給付会計が義務付けられたことで、企業経営は月例給以上に退職金を費用として強く認識するようになりました。次に、組織面での取り組みとしては有期契約社員の組織化を進めることが必要と考えています。全大丸労働組合は昭和54年に組織化をしていますが、企業グループとしてみたときには、関係会社においていくつかの未組織企業が残っています。また、上記の課題解決を進めるためにも、組合員の声を幅広く、多く集める組織体制を構築していくことが不可欠と考えています。
さらには、中長期的な課題として、将来の社会・経済環境を見通す中で、企業の雇用構造をどう変革していくかの論議を進めていくことが必要と考えています。今後労働力人口が減少することは間違いない中で、労働集約産業である百貨店として、今の人件費構造だけを見るのではなく、永続的な企業経営を可能とする雇用構造について具体的な見通しを持って取り組まなければ、企業として事業縮小を余儀なくされる、すなわち雇用基盤を失いかねないという危機感をもっているからです。
以上、㈱大丸における労使、労組としての有期契約社員に関わる取り組みについてお話ししてきましたが、労働組合の立場から「均等処遇」の実現に向け労使の話合いを進めていくなかで、こうした状況の進展は一方で「正社員とは何か?」という問題も提起してきます。「正社員を中心とした労働組合が非正規社員の処遇向上を阻む」という報道も見受けられますが、「均等処遇」への道のりが正社員から非正規社員への所得の移転を意味するのか、非正規社員の正社員化を意味するのか、雇用形態がより多様化して正・非の意味が無くなるのか、様々な見方があるものの、企業内労組としても私たちの取り組みの積み重ねがこれら道のりを左右するという自覚を持ちながら、着実に改善を進めていくことが必要と考えています。
以上、ご清聴どうもありがとうございました。
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