ゲストスピーカー: | 鴨 桃 代 全国ユニオン 会長 |
皆さん、こんにちは。「全国ユニオン」の鴨と申します。
まずはじめに、「全国ユニオン」について簡単にご紹介させていただきます。私は、1988年に千葉で「なのはなユニオン」という個人加盟の労働組合の結成に関わりました。それまでの労働組合と言えば、正規社員を中心に各企業内に組織される労働組合がほとんどでしたが、私たちが結成した「なのはなユニオン」は、企業の中ではなくて、コミュニティ・ユニオンと呼ばれる、いわば地域に存在する労働組合であり、雇用形態に関係なく、誰でも加入できる労働組合です。そして、例えば、企業別労組のない職場で働く労働者の身に何かトラブルが発生したときに、その人から相談を受け、会社と交渉したり、労働基準監督署や労働局など行政機関に申し立てを行ったりしながら、その解決を図っていくといった活動を行っています。
私は、この「なのはなユニオン」で書記長、委員長として、約20年間にわたって活動してきましたが、2002年には、他のコミュニティ・ユニオンの仲間とともに、全国コミュニティ・ユニオン連合会(全国ユニオン)を結成しました。なぜ、全国ユニオンを結成したのかと言いますと、各コミュニティ・ユニオンに寄せられるAさんBさんからの相談内容の中には、もちろん当該コミュニティ・ユニオンが会社と交渉したり、行政に申し立てを行ったりする中で解決できるものもありますが、例えば、パートや派遣といった雇用形態ゆえの構造的問題、現行の法制度の不備等の場合は、1つのコミュニティ・ユニオンの力だけでは到底解決はできません。そこで、こうした課題については各ユニオンが個別に解決しようとするのではなく、また、これをAさんBさんの問題とするのではなく、社会的な問題として取り組まなければならないし、もっと政治の場にも訴えていかなければならないと考え、「全国ユニオン」を結成しました。そして、そのために連合にも加盟し現在に至っています。
本日のテーマは、「『正社員になれない』~深刻化する“二極化”にいかに立ち向かうか」ですが、先ほども申し上げたとおり、私は長年、職場に労働組合もなく、相談するところもない、パートや派遣等で働く非正規労働者から相談を受けてきました。最近は、若年層の非正規労働者が増加していますが、かつては、若者の非正規労働については、「やる気がないから、能力がないから、あんな働き方になってしまうんだ」といった見方が少なくありませんでした。しかし、私自身が長年、非正規労働者からの相談を受ける中で教えられてきたことは、働く意欲や、仕事に対するプライドは雇用形態には関係がない、つまり、たとえ、その人の雇用形態が非正規労働者であろうと、自分自身の仕事に対する誇りや働く意欲は、正規労働者の人たちと何も変わらない、ということです。
皆さんはこれから同志社大学を卒業し、おそらく多くの人は正規労働者として就業することになるのかも知れませんが、どうか皆さんには、非正規労働者として働く人たちの現状や取り巻く問題について知って欲しいと思いますし、この問題を、単に非正規労働者に限った問題ではなく、労働者全体の問題として捉えるとともに、「こんな働き方でよいのだろうか」と一人ひとりが問題意識を持って、働き方の改善に向けて挑戦していって欲しいと願います。
ところで、そもそも非正規労働者とはどのような人を指すのでしょうか。正規労働者とは、①直接雇用である、②労働時間についてフルタイムで働いている、③賃金が月給制である、④契約期間の定めがない、⑤雇用保険や社会保険など各種保険の適用対象になっている-これらの全てを満たしている労働者で、これらのうち一つでも満たしていない労働者を非正規労働者と呼んでいます。
なお、非正規労働者として働いている人たちは、この「非」正規労働者という呼称に抵抗感を持っています。つまり、「非」という言葉に、“正規労働者にあらず”というある種の差別感を感じており、「もっと相応しい呼び方はないのか」と私たちに尋ねてきます。「非典型労働者」という呼称もありますが、それでも「非」という言葉はついてまわるなど、なかなか良い呼称が見つかりません。このような中、私たちは2005年に韓国を訪れました。韓国では、雇用労働者全体のうち、非正規労働者の占める割合は5割を超えています。私たちが韓国を訪れた際、韓国では非正規労働者という呼称に統一されたと聞きました。「なぜか」と尋ねると、「韓国の非正規労働者の実態は正規労働者と違うのであって、その違いこそ、労働組合にとって闘う課題ではないのですか」と逆に言い返されてしまいました。それ以降、私たち全国ユニオンにおいても、「非」という言葉こそ闘う課題であって、非正規労働者自身も怒りを持って闘う意識を持ってほしいという気持ちを込めて、2006年の春闘から、開きなおって非正規労働者、非正規雇用という言葉を使うようになりました。
現在、非正規労働者の割合は、お隣の韓国ほどではないものの、雇用労働者の3人に1人を占めるに至っており、特に女性の場合は2人に1人以上が非正規労働者です。正規労働者として雇用された女性でも、結婚し第一子が誕生後1年以内に4人のうち3人が仕事を辞めてしまうという現実があります。彼女たちが仕事を辞める理由は様々ですが、いったん職場を去ってしまうと、子どもが手を離れた時期に、再び正規労働者として働き始めたくても、残念ながら就職先は見つからず、結果的に、パートタイム労働者として働くという人が圧倒的です。 また、そのパートタイム労働者についても、以前は、“パート=中高年のおばさん”というイメージがありましたが、最近は20歳代から30歳代前半くらいまでの若い世代がパートタイム労働者として働いています。
さらに、パートタイム労働者にとどまらず、最近の非正規労働者の全体的な特徴として、15歳から34歳といったかなり若い層で急増していることが挙げられます。夫も妻も非正規労働者同士、例えば、妻が派遣労働者、夫がフリーターというようなカップルもかなりいます。今では、民間企業や学校、役所などの公務職場、どこの職場にも非正規労働者が働いていますし、子どもが2人いれば1人は非正規労働者として働いている、というような家庭も少なくありません。ちなみに、我が家にも子どもが2人います。33歳の長女が公務員、大学生の長男は、この5年近くアルバイトをしており、現在も、午前中は大学に通い、午後はコンビニエンスストアで働くという生活を送っています。アルバイトをはじめてから5年も経過していますので、新しく入ってくるアルバイトの人たちに仕事を教える立場です。そんな長男は私に「仕事はマニュアル通りに教えられるけれども、1人ひとりの仕事に対する意欲には差がある。みんなに、もっと意欲を持ってほしいけれど、どうすればいいだろうか?」と尋ねてきます。つい私は、「時給850円のあなたがそこまで考える必要はないんじゃないの?」と言ってしまいます。母親としては、むしろ長男にも、自分の時給が850円であるということについて真剣に考えて欲しいのです。現時点では、親を支えにしながらの生活をしており、その意味では、生活実感がないから仕方がないとは思いつつも、現実から目をそらさないでほしいと思っていますので、時々、長男に対しては、「仮に、これから好きな人ができるかも知れないけれども、今の時給で結婚できると思う?」と意地悪く言ってしまうこともあります。
非正規労働者と言えば、やはり1200万人と言われるパートタイム労働者がその主流ですが、巷で“パートタイム労働者=低賃金労働者”などと言われるように、パートタイム労働者の賃金は極めて低水準に据え置かれているのが実情です。
ちなみに、私たち全国ユニオンは、「どこでも誰でも時給1,200円」という要求を掲げて運動しています。この「時給1,200円」の根拠は、憲法25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という条文にうたわれている、いわゆる「生存権」です。この「生存権」に照らして各自治体の最低保障額をみてみると、例えば、東京都の最低保障額は年収240万円です。仮に、この240万円の所得を得るために1年間フルタイムで、年間2,000時間働き続けるとして、240万円を2,000時間で割った額が「時給1200円」なのです。ですから、「時給1,200円」は最低の額です。ところが、「時給1,200円」の要求に対し、パートタイム労働者やフリーターの皆さんは、「時給1,200円なんて私たちにとっては夢のような額ですよ」と漏らします。実は、パートタイム労働者の時給は、現在、全国平均で941円です。しかも、この水準は、経済が疲弊している地方に行けば行くほど低くなります。まさしく、「ワーキングプア」状態にある低賃金だと私は思っています。しかも、最近は、「正社員的パート」、つまり、正規労働者と同等に仕事をしているパートタイム労働者が増えているなど、パートタイム労働の基幹化が進んでいます。正規労働者と仕事の中身が同じでも、慶弔休暇や慶弔金がなかったり、あるいは、10年も20年も働き続けてきても時給が1,000円に届かず、毎年、新規に採用され、自分が一から仕事を教えてきた年下の正規労働者たちの方が自分よりも時給が高い-このような「仕事は一人前、扱いは半人前」という状況に、今、パートタイム労働者たちは強い怒りを感じています。だからこそ、私たち労働組合も、「時給1,200円」を「夢のような額」とあきらめてしまっている人たちに対しては、自分たちが得ている時給が低すぎるということに気づき、そしてそのことに怒りを感じてほしいという思いから、「時給1,200円」を要求に掲げ、春闘時に街頭で宣伝行動を行っているのです。
実は、昨日(2007年5月24日)、改正パートタイム労働法案が国会を通過しました。今回の改正パートタイム労働法案の審議の動向には、「正社員になりたい」「均等待遇を実現してもらいたい」というパートタイム労働者の熱い思いが寄せられていました。ところが、法案の中身を見てみると、パートタイム労働者たちが手放しで喜べるようなものではありません。具体的には、今回の法改正により、先ほど申し上げた「正社員的パート」、つまり、通常の労働者と就業実態等が同じパートタイム労働者については、通常の労働者との差別的取扱が禁止されることとなりました。ただし、この差別禁止の対象となる「正社員的パート」は極めて限定的になると思われます。今回の法改正により差別禁止の対象となる「正社員的パート」とは、具体的には、「職務の内容(業務の内容と責任の程度)」「人材活用の仕組みや運用など(人事異動の有無や範囲)」「契約期間の有無」の3つの要件が通常の労働者と同じかどうかで判断されます。しかし、「このような条件を満たすパートタイム労働者が一体どれだけいるというのか」というのが私たち現場の実感なのです。実際に、この要件を満たすのは、約1,200万人のパートタイム労働者の約1%に過ぎないのではと言われています。これが、今回の法改正の目玉なのです。 私たちは、今回の改正案について議論する政府審議会の場で、労働側を代表し、すべてのパートタイム労働者の均等待遇の実現を求めて意見提起してきましたし、様々な場面で運動を展開してきました。それだけに、大変悔しい思いが残り、引き続き99%のパートタイム労働者が低賃金労働者として固定化されないか強い危機感を感じています。ただ、その一方で、僅か1%とはいえ、正社員と同視すべきパート労働者が差別禁止の対象となったので、私たちとしては、今回の法改正の主旨等を現場にいかに浸透させていくのかということについて、大きな課題として取り組んでいきたいと考えています。
低賃金とともに、非正規雇用を巡る大きな課題となっているのが、非正規労働者の多くが有期契約で働いているということです。有期契約労働とは、通常、定年まで働く、つまり期間の定めがない働き方とは異なり、6ヵ月や4ヵ月、3ヵ月、1ヵ月といった契約期間が定められた働き方を言います。
皆さん、有期契約で働いている労働者たちの気持ちを想像してみて下さい。契約期間を定めて働く人たちが何を一番心配しているかといえば、「会社に次の契約更新をしてもらえるかどうか」です。会社に年次有給休暇の取得を申請したりすると、「権利意識を振り回す奴だ」などと思われるのではないか、あるいは、何か仕事のやり方について改善提案をしたりすると、「いちいち口出ししてくるうるさい奴だ」と思われはしないか、そして、そのことが影響して、会社に次の契約更新をしてもらえないのではないか、などと日々、不安にかられながら働いているのが実情なのです。実際に、何回も契約更新を繰り返してきた有期契約労働者に対しても、突然いとも簡単に「契約満了」を告知し契約を解除してくる使用者は後を絶ちません。また、仮に契約が更新されたとしても、同時に労働条件の不利益変更が行われることが少なくなく、例えば、契約更新の際に、「賃金を下げたい」などと更新後の労働条件を提示し、「この新しい条件を飲めないなら、契約更新はできません」などと告げてきます。このような中で、有期契約労働者たちは、絶えず、雇い止めや労働条件引き下げの不安にさらされながら、自らの将来も展望できずにいるのです。
昨今、雇用の多様化という言葉をよく耳にします。政府は、この「多様化」という言葉を、「働く者の側にとって働き方の選択肢が増えた」と綺麗事を言っていますが、私は、確かに色々な働き方の選択肢は増えたとはいえ、内実は、「使用者側にとって都合のいい働かせ方の選択肢が増えた」「使用者側にとって扱いやすい労働者が増えた」に過ぎないと受け止めています。
現在、若者の間で広がっているのが、パートや契約社員といった「直接雇用」という形ではなく、「間接雇用」という形での働き方であり、その典型が派遣労働です。派遣労働とは、労働者と雇用契約を結んでいる雇い主(派遣元)と、実際の労働者の働き先(派遣先)が分離されていることが特徴です。
1985年、わが国において、13種類の専門的業務に対象可能業務が限定された形で「労働者派遣法」が制定されました。当初、この「派遣労働」は、特に、女性にとって夢のある働き方だともてはやされました。「派遣法」が制定される以前の女性の働き方といえば、パートタイム労働をはじめ、仕事ができる・できないは関係なく時給が低い労働が多くを占めていたわけですから、自分の知識やスキルを活かせる仕事を選択できる働き方、あるいは、自分のライフスタイルに合わせられる働き方だと派遣の働き方は期待されたのです。実際に、パートタイム労働と比べて、派遣労働の時給は、当時で600円以上も高く設定されていました。先日、女優の篠原涼子さん主演の「ハケンの品格」というテレビドラマがありました。篠原さん演じる主人公はスーパー派遣社員であり、大変有能で仕事ができることを武器とし、会社に対しても、また派遣先の正社員に対しても堂々とモノが言える存在でした。このドラマの主人公ほどではないにせよ、派遣労働がスタートした当初は、派遣労働者が自らの技術や知識を活かして仕事も選べるし、パートタイム労働よりも割高な賃金も得られました。派遣労働者として働き、貯めたお金で外国旅行を楽しんで、帰国してからまた派遣労働者として働きお金を貯める、といったことが可能な夢のある働き方だと言われていたのです。
ところが、その後「派遣法」は、まず派遣対象業務が徐々に拡大され、99年のポジティブリスト方式からネガティブリスト方式への見直しを経て、2003年には、製造業務にも派遣が可能となるなど、港湾運送・建設・警備、病院での医療業務など一部の業務を除いてほとんどの業務に派遣が可能となりました。こうした流れの中で、派遣労働者の時給は急速に低下しました。以前は、一定の知識や技術が求められる専門業務に対しての賃金でしたが、専門性がどんどん薄められてしまえば、当然賃金は低くなります。99年を境に、派遣労働者の時給が約400円近くもダウンしたと言われています。また、派遣可能期間に対する制限の緩和も進みました。従来は3年までとされていた26種類の専門的業務については2003年改正で期間制限が撤廃され、また、臨時的・一時的派遣についても、1年に制限されていたのが、派遣先従業員の意見聴取をした上で最長3年までの派遣受入が可能となりました。派遣労働に関するこうした規制緩和の流れの中で、派遣労働者の労働条件は低下し続けました。時給が限りなくパートタイム労働者の水準に近づいただけでなく、契約期間も細切れ化し、雇用が非常に不安定化してしまいました。現在、6ヵ月以下の契約期間を結んでいるという派遣労働者が全体の85%を占めるに至っています。中には、1ヵ月間、あるいは日々契約といった人も数多く存在しています。現在、若い人たちを中心に、派遣という働き方は広がりを見せ、全国に約255万人の派遣労働者がいると言われていますが、派遣という働き方は、労働者にとって夢のある働き方では決してなく、むしろ、企業にとって扱いやすい働かせ方に変質してしまったのです。
そもそも派遣労働とは、「派遣法」において「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする」と定義されています。つまり、派遣労働者は、まず派遣元と雇用契約を結び、派遣先を紹介され、派遣先から仕事の指揮命令を受けるという関係になっています。こうした派遣労働の枠組みの中で、派遣労働者にトラブルが生じるとすれば、やはり日常の就業場所である派遣先においてであり、実際に、突然の契約の解約からセクハラ・パワハラに至るまで、様々な派遣先でのトラブルが数多く発生しています。しかし、先ほども申し上げたとおり、現行の「派遣法」のもとでは、原則として、派遣労働者と派遣先との間に労働契約関係は発生しません。
私たち全国ユニオンとしても、トラブルに巻き込まれた派遣労働者から相談があった場合、派遣先に対しても問題解決のための団体交渉を申し入れますが、派遣先のほとんどは、「雇用関係がありませんので、団体交渉に応じる義務はありません」と応じてきません。また、派遣労働者の雇い主である派遣元としても、派遣先はいわば顧客であり、派遣先との労働者派遣契約により成り立っているわけです。その意味で、仮に派遣労働者と派遣先との間にトラブルが発生したとしても、派遣先から仕事の契約を打ち切られる恐れがある派遣元としては、派遣先に対してモノを言えるはずもなく、結局は、自らが雇用する派遣労働者に対して「我慢してくれ」「目をつぶってくれ」となってしまうのです。
一方、派遣元は、労働者派遣契約に基づき、派遣先から派遣労働者の役務提供の対価を受け取ります。厚生労働省の調査によれば、現在、一般労働者派遣の対価が1日平均で約1万5,000円と言われる中で、派遣労働者の賃金は1日平均で約1万円となっています。つまり、差額の5,000円が派遣元である人材派遣会社の収益となっているのです。しかし、こうした派遣元の収益は、派遣労働者の側からは一切見えません。派遣労働者の目に見えるものは自分の賃金だけであり、自分の賃金が、派遣元が派遣先から受け取る対価の何%にあたるのかわかりません。ちなみに、このマージン率に関する規制は一切ありません。(社)人材派遣協会は、派遣会社の収益は15%~25%が適正だと言っていますから、多くは30%以下であろうと思いますが、いくらでもマージン率を上げることができる仕組みになっているのです。
また、「派遣法」上では、派遣先は、労働者派遣契約の締結に際し、紹介予定派遣(派遣終了後の派遣先への職業紹介を予定した派遣)の場合を除いて、派遣対象労働者の特定を目的とした行為(面接、履歴書の閲覧等)をしないよう規定されています。つまり、派遣先が派遣労働者を個別に選ぶことは法律的には禁止されているのです。しかし、派遣先としては派遣元から派遣されてくる労働者を選びたいのが本音であり、実際に、派遣労働の現場では、実質的に派遣労働者が選別されている状況が見受けられます。何を基準に選ばれているのかと言えば、一番露骨なのは容姿や年齢、家族構成、次に、仕事が出来る人かどうかや人柄などです。その結果、今では何と“暗黙の35歳定年”と言われており、35歳を過ぎると派遣先の紹介が減ってしまうという現実です。
さらに、皆さんに知ってもらいたいのが、現在広がりを見せている「日雇い派遣」という働き方を巡る問題です。私は、1日単位で派遣先に派遣される、この「日雇い派遣」について、まさに「ハケンの品格」が問われる働かせ方であると思えてなりません。
「日雇い派遣」というのは、あらかじめ携帯電話番号やメールアドレスを登録しておくと、前日に派遣会社から仕事の連絡が入り、その仕事に対して「やります」と返事すると、契約が成立するという働き方です。明朝、指定された場所に集められ、そこから派遣先に移動し、そこで8時間働き、仕事が終わるとまた集合させられて解散という、まさに“日々派遣”の働き方であり、拘束時間は1日何と12時間~13時間ということです。日給は、関東周辺では約6,000円~7,000円が相場だと言われていますが、1日の拘束時間で割り算すると、いったい時給はいくらになりますか。加えて、この6,000円~7,000円の中から、データ装備費や業務管理費といった訳の分からない名目で200円なり300円なりが天引きされます。さらには、就業先で作業着が必要だと言われたら、購入せざるを得ません。それらを引いて時給換算すると、何と500円~600円になってしまいます。つまり、実質的に、東京都の最低賃金719円を下回る時給水準となってしまうのです。
また、「日雇い派遣」は、日々、就労場所に移動してから、「はい、この仕事をやって下さい」と指示されるのが通常です。つまり、就業場所に出向いてからでないと、その日にどんな仕事をするのかわからないのです。危険を伴う作業をさせられる場合もあります。ところが、そうした危険作業について、きちんとした教育研修が実施されるわけではなく、安全衛生管理は疎かにされます。先日、相談に来た、ある「日雇い派遣」の労働者は、作業中に怪我をしたにも関わらず、救急車も呼んでもらえず、ただ指示されてそこに寝かされていたと言います。「いったい誰が責任取ってくれるのか」という怒りの相談でした。このような働かせ方のどこに「品格」があるというのでしょうか。
昨今、「グッドウィル」という派遣会社が新聞紙上を賑わしていますが、この「グッドウィル」が「日雇い派遣」の労働者の賃金から200円の「データ装備費」を天引きしていたことについて、皆さんはひょっとしたら「たった200円じゃないか」と思われるかもしれません。でも皆さん、「グッドウィル」は「日雇い派遣」で毎日1~3万人の労働者を稼働させているのです。1人あたり200円で3万人、つまり、1日600万円が自動的に「グッドウィル」の手元に入るのです。「グッドウィル」の本社はどこにあるかご存じですか。六本木のミッドタウンという超巨大ビルにあります。現在のミッドタウンに移転する前は、これも有名な六本木ヒルズの中にありました。携帯電話を手に日々の生活に対する不安にかられながら、実質的に最低賃金に満たない時給でも働き続けなければならない「ワーキング・プア」の声を代弁するため、全国ユニオンは、この六本木ヒルズやミッドタウンに本社を構える会社に乗り込んで、団体交渉の申し入れや社前での宣伝活動を行っています。そのたびに、まさに厳然たる格差の象徴であると思ってしまいます。
さらに、「日雇い派遣」とともに新聞紙上を賑わしてきた「偽装請負」という問題についても皆さんに考えてほしいと思います。「偽装請負」とは、実態は「派遣法」上の労働者派遣でありながら、「派遣法」の規制を免れるために「業務請負」という形をとって労働者を使用することです。このような形態で労働者を受け入れる企業は、実際には指揮命令権を行使して労働者を働かせながら、形式的には「請負」であるため、労働者に対して雇い主としての責任も、「派遣法」上の派遣先としての責任も一切負わないということになります。これは、「請負」を偽装した労働者派遣に他ならず、極めて悪質な違法行為です。ところが、こうした違法行為を、日本を代表する大企業が行っていたのです。皆さんも、キャノンという企業はご存じだと思います。キャノンの代表取締役社長の御手洗冨士夫氏は、現在日本経団連の会長であり、また、政府の経済財政諮問会議のメンバーでもあります。
私たちは現在、キャノンに対し、「請負」の形態で働いている労働者たちの直接雇用を求めて闘っています。この労働者たちは、「自分たちはキャノンの偽装請負を暴きたいわけではありません。世界一のレンズを作っている自分たちの技術は、決してマニュアルを読んで身につくようなものではなく、額に汗して懸命に働き、経験を積んでいく中で初めて身につけた技術です。私たちは、自分たちの仕事に誇りを持っているし、これからもこの誇りを大切にしながら今の仕事を続けていくことを通じて会社にも貢献もしたい。だからこそ、ぜひ私たちの雇用を安定させてほしいのです」と訴え、キャノンに対して、「偽装請負」の形態をあらためて、自分たちを直接雇用するよう求めるため、ユニオンを結成し闘っているのです。
先述した「派遣労働」をはじめ、今、「多様な働き方」と言われる中で、1つひとつの雇用の質が劣化しています。とりわけ、人件費コストが低廉でかつ雇用調整が容易であるなど、企業にとって「扱いやすい労働者」である非正規労働が拡大し続けており、さらには正規労働者と同等の能力・意欲を有する非正規労働者も多い中で、企業は、正規労働者から非正規労働者への入れ替えを加速させています。
こうした状況下で、正規労働者の働き方は、どのように変化してきているのでしょうか。言うまでもなく、正規労働者と非正規労働者の間には大きな賃金格差があります。正規労働者の立場から見て、非正規労働者との間の賃金格差について、何を根拠に合理性を見出すのでしょうか。おそらく、正規労働者たちが、「自分たちはパートや派遣など非正規労働者たちとはここが違う」として挙げるのが、長時間労働や人事異動の範囲・頻度など、使用者に対する拘束性でしょう。この拘束性の高さがあるから、賃金の高さや雇用の安定性に合理性を見出しているのかも知れません。しかしながら、労働時間で言えば、正規労働者と同様にフルタイムで働くパートタイム労働者がいます。フルタイムで働くパートタイム労働者は残業もしています。また、派遣労働者にとっては、週40時間労働は当たり前であり、「派遣だから残業はできません」などと言ってしまったら、派遣先の紹介は減らされてしまうでしょう。
このような中で、使用者に対する拘束性の高さを、「100対50」と言われる非正規労働者との賃金格差の合理的理由としてしまうと、正規労働者たちは、労働時間も仕事の責任の重さも含め、すべての面において非正規労働者の2倍以上働きなさいと会社に求められても、何も文句を言えなくなり、そうした過重な働き方を選択せざるを得なくなります。実際に、私たちのところを最近訪れる正規労働者の相談の多くが長時間労働を巡る問題です。サービス残業を強いられながら、朝6時から深夜11時過ぎまで働き続け、体調や心に異変を感じ、会社に打ち明けたら、「明日から来なくていい」と言われてしまい、ユニオンに駆け込んでくる-このような正規労働者が増えています。そんなとき私は、「なぜもっと早く相談に来なかったのか」と言ってしまいます。残業問題はユニオンで解決できたとしても、本人の健康をとりもどすことはできないからです。長時間労働の問題以外にも、会社から「明日から○○に異動してほしい」と辞令を手渡されたら、いかなる理由があっても応じてしまう-こんな働き方を受け入れなければ正規労働者として働くことは出来ないというなら、それはとんでもないことだと思います。おそらく皆さんの多くは正規労働者として就職するだろうと思われますので、「正社員であっても“長時間、異動・配転が当たり前”ではない」ということは十分頭の中に入れておいてほしいと思います。
働き方として今後考えていかなければならないのは、「正規労働者としての働き方を選ぶのか、非正規労働者としての働き方を選ぶのか」という二者択一ではなく、人間らしい働き方、つまり「ディーセントワーク」を如何にして実現していくのか、ということだと思います。労働組合としても、「均等待遇」をキィワードとした働き方の見直しは大きな課題です。私たち全国ユニオンは小さな組織ですが、自分たちの目の前で起こっている問題から眼をそらしてはいけないと考えています。今、労働の現場で起きていることは、個別の労使交渉で解決される問題であると同時に社会的・構造的な問題です。だからこそ、私たちは、小さなコミュニティ・ユニオンから全国ユニオンを結成し、また連合にも加盟しました。「非正規労働者の問題は全労働者の問題である」として、連合とともに社会的労働運動の構築をめざしていきたいと思っています。
同志社大学の皆さんも、これから1人の人間として生き、そして1人の労働者として働くことになります。どうぞ皆さんには、「自分らしく生き、働く」ことにこだわり、そして「他の人とも一緒に生き、働く」ことに行動できる人を目指してほしいと思います。また、もし、そうした過程で、職場で何か問題に遭遇したりしたときは、決して自分1人だけで抱え込んだり、我慢してあきらめたりするのではなく、どうかお近くのユニオンにご相談いただければ、ということだけ申し上げて、私の話しを終わりたいと思います。
本日はご清聴、ありがとうございました。
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