同志社大学「連合寄付講座」

2006年度“働くということ-現代の労働組合”講義要録



第6講(5/26)

「多発する労災・メンタルヘルス問題」

――職場安全衛生の実践的課題

ゲストスピーカー  上野満雄  自治労顧問医師
寺井:  では、授業を始めたいと思います。本日は自治労の顧問医師を務めておられる上野満雄先生にお越しいただいています。最近、メンタルヘルスが非常に問題になっていまして、職場での関心もかなり大きくなっています。その点について、職場の観点から特にお医者さんという立場から話していただきたいと思います。自治労という組合を知らない人は、どういう組織かなと不思議に思われると思いますが、いわゆる公務員の労働組合ということになります。したがって、レジュメをご覧にいただいたら分かりますように、公務員に関する話も若干出てまいります。では、先生、よろしくお願いいたします。

はじめに

上野:

 皆さんこんにちは。ご紹介をいただきました自治労の上野と申します。自治労というのは地方公務員の職員が作っている労働組合です。全国どこにでもあります。組織人員は100万人で、組織人員の数は一番多いということです。今日は労災(労働災害)や、今職場で問題になっているメンタルヘルスについてお話しせよということですので、そういう話をしたいと思っております。

 産業医は全国にいっぱいおりますが、労働組合専属の顧問医師というのは世界で私ひとりです。各企業や事業所には産業医がいるわけですが、労働組合のスタンスから健康相談をしたり、研究をしたり、労働災害の防止のために相談に乗るのが私の仕事です。そこで、今日皆さんに何をお話しようかなと思ったのですが、与えられた「多発する労災・メンタルヘルス問題」というテーマの副題として、私は「職場安全衛生の実践的課題」とつけました。自営業をやられる方は別としまして、皆さんはいつか必ず社会に出て職場をお持ちになり、その職場でいろんな問題に出会うと思います。その中でも職場の安全と健康は大きなテーマであると思い、このような副題をつけました。

I 職場の安全や健康をどう守るか

 職場の安全や健康の問題を考える上で、何が大切かというと、私なりに考えているわけで、いろんな考え方があると思いますが、レジメに書いてあるように、職場の安全と健康をどう予防するかということになると思います。大きくその柱をまとめるとつぎのように考えられると思います。

  1. 法律と参加型労安活動
      まず1つ目の柱は法律です。法律に定められた基準を守ることが非常に大事です。この場合の法律とは労働安全衛生法です。職場の安全や健康を守るために、1972年に労働基準法から分かれて労働安全衛生法ができました。この法律にもとづいて、職場における労働者や職員の健康管理をしなさい、安全対策をしなさいということになっています。労働安全衛生法は今年の4月に改正されました。どのように改正されたかというと、近年、職場でメンタルの不調をうったえる人や長時間労働によって心臓病や脳血栓などを患う方が増えてきていますので、長時間労働は健康に良くないという考えを前提に、時間外労働が1カ月100時間を超えた人に医師の面接を受けさせることが企業に義務づけられたのです。つまり職場の過労や精神疾患の予防です。
      もう一つの柱は参加型労安活動です。労安とは労働安全衛生の略です。法律でルールを決めても使用者も職員も守らないために、いろんな問題が起きています。要するに大きな事故が非常に増えているのです。法律を作っても、法律に基づいて政令を作っても、通達を出しても、現場が守らなければまったく意味がない。それじゃいかんということです。参加型とは、労働者自身が参加して職場を改善しようという考え方です。自分たちが改善しなければ、使用者は何もしてくれないですよ。そこで労使できちんと問題に対処する、これが参加型労安活動です。

  2. 安全衛生委員会と安全対策
     これら「法律」と「参加型労安活動」という2つの柱をつなぐものとして、安全衛生委員会があります。この委員会で労働者側代表と使用者側代表が職場の安全や健康の問題について話し合います。そこで調査し、審議し、実行に移すように事業主に対して報告すると、事業主がそれを尊重して職場を改善するということになります。皆さんは近い将来職場で働くようになると思います。各職場には安全衛生委員会が設置されていますので、そこで自分たちの健康や安全に関する意見を反映することができるということを覚えておいて下さい。
     さて、この委員会の大切な役割は、職場を点検し、職場を巡視することです。みんなで自分たちの職場を点検するということです。これは非常に大事なことです。職場を回れば職場が明るくなります。快適な職場は、よく点検されている証ということができます。
     そして、その上で安全対策を実施します。安全対策は非常に大事です。安全な職場でないと、安心できなくてストレスが溜まります。ですから、どこの職場へ行っても「安全第一」と書いてあります。安全第一は生産効率に最も有効だということです。安全はすべての基本です。

  3. 作業環境管理
     つぎに作業環境管理があります。作業環境改善とは、例えば、どのように分煙するかということです。喫煙場所を設けてそこに換気扇をつけます。さらに換気扇は喫煙室のタバコの粉塵が0.15ミリ/?以下にする機能をもったものをつけるというように細かく決められています。これが作業環境改善です。職場が暗ければ明るくするとか、部屋の温度や湿度を快適にするのも作業環境改善のひとつです。仕事をするときに最も快適な温度と湿度は、温度25℃、湿度50%です。この目安は夏も冬も同じです。省エネの観点から夏は室温を28℃にすることが望ましいといわれますが、28℃では暑くて仕事にならないですよ。また、冬は室温を20℃にしろと言われますが、20℃はやっぱり寒いです。だから、快適な職場作りということからは温度は25℃、湿度は50%が望ましい。冬は湿度が30%位になってしまうので、風邪を引きやすくなります。ウイルスは乾いた空気を好みますから、加湿して湿度を50%ぐらいまで上げる必要があります。したがって事務所には加湿機も必要です。
     それから、休憩の取り方をどうするかということは作業改善に含まれます。例えば、コンピュータを1時間も2時間も連続して使っていると、いろいろと体に変調がきます。コンピュータは一度に45分以上は使わないほうがいいですよ。皆さんはどうでしょうか? また、コンタクトレンズをして1時間も2時間も続けてコンピュータを使っていると角膜に障害が出たり、目が非常に乾いたりします。また長時間連続作業をすると肩も凝ります、腰も痛くなります、そうすると気分も落ち込みコミュニケーションも少なくなります。ですから、一連続作業を短くするという時間管理が必要となるのです。視力が弱い人、体の調子が悪い人はコンピュータを使うときは25分ぐらいで休憩をとった方がいいです。25分以上は連続してコンピュータを使わない、というように作業時間の配分を考えることが作業改善です。また、腰痛も非常に多いです。重いものを一度にたくさん持たないことにする、重いものを持つときには一人では持たないとか、あるいはキャリーやリフトを使うとか。こういう改善も作業改善です。非常に大事です。

  4. 健康増進とメンタルヘルス
     つぎに健康増進があります。これは健康診断を受けるということです。今、生活習慣病とかいろいろと言われていますが、運動不足だとどうしても肥満になるとか、そういったことを改善するためにはどうすればよいか、あるいは自分のワークスタイルやライフスタイルをどう改善するか、こういうことが健康増進です。
      もう一つ、大切なことはメンタルヘルス対策です。こういうことが職場の安全衛生活動の柱になる部分です。


II 労働災害と安全対策

  1. 労働災害の現状
     労働災害の死亡数は、2004年で1,600件を切っています。数で言えば近年はやや減少傾向にあるといえます。なぜ死亡件数が減ったかといいますと、不況の影響で仕事がなくなったせいだろうというのが一般的な見解です。建設業で墜落して亡くなる人の数が減ったということです。労災によって死亡した理由の25%は「墜落」です。それから仕事中の「交通事故」が25%。機械に手を挟まれる・清掃のゴミ収集車に巻き込まれる等の「巻き込まれ」が15%、大体こういう比率です。死亡者数は減少傾向にありますが、一度に3人以上の人が亡くなったり怪我をしたりする重大災害はこの間ずっと増えていまして280件ぐらいです。また、休業4日以上の死傷者数も最近は減ってはいますが、約125,000件の発生があるということで、決して少ない数ではありません。
     公務員の労働災害は公務災害といいます。地方公務員の災害件数は減っていません。自治体の職場は決していい状態にあるわけではありません。ただ、公務災害の場合は隠すことができにくい。小さい事故でも上に報告しますから。他方、民間の労災件数は減っています。これは事故を申請しない事も考慮に入れるべきです。申請数が多くなると労災保険の保険料が高くなるから民間企業はちょっとした事故だったら申請しません。これはまさに労災隠しです。公務員に関する統計値は正確で、民間に関する統計値はいい加減だと言っているわけじゃないですが、民間企業は労災を隠して健康保険を使っています。労災隠しによって健康保険に財政的被害が相当出ているといえるでしょう。
     事業所規模別の労働災害状況をみますと、職員の数が50人未満の規模のところで労働災害の75%が起きていることがわかります。日本の事業所の96%が50人未満の事業所です。労働者の70%以上が50人未満の企業・事業所で働いているわけです。50人以上の企業でも25%起きています。小さい規模のところほど、やっぱり問題が多いということでしょうか。労働安全衛生法は50人以上のところに安全衛生委員会を設置することを義務づけています。50人未満の事業所には安全衛生委員会の設置の義務はなく、努力義務があるにとどまります。でも、労働災害の75%は小規模な50人未満の小さいところで起きています。安全衛生委員会は毎月1回、就業時間中に労働者側の推薦する委員と使用者側の推薦する委員(各同数)で議論を行います。そして、職場点検や健康診断、禁煙分煙、メンタル被害者が増えている原因を調査しましょう等といったことを決めるわけです。

  2. 危険予知とヒヤリ・ハット運動
     また、安全対策も大事です。安全対策で一番大切なのは危険予知という考え方で、略語でKYです。皆さんはヒヤリ・ハット運動ということばを聞いたことがあると思います。これは危険予知よりも一歩後退した安全対策です。「ヒヤリとした」「ハットした」というのは、ひとつ間違えれば機械の中に手を突っ込むことになったかもしれません。運が悪ければ事故になっていたはずです。その意味でヒヤリ・ハットは未然事故といえます。だからヒヤリ・ハットは後退した安全対策というふうに考えることができます。フェイル・セイフという考え方はさらに後退した考え方です。安全装置が作動して事故を防ぐことができたということですから。安全装置が作動するはずだったという考えは捨てたほうがいいです。一番大事なのは危険予知です。危険予知はリスクアセスメントの基本的な考え方です。どこにどんな危険が潜んでいるかを予測し、指摘し、改善するということです。安全装置を二重三重につけるよりも、どんな危険があるかということをチェックして改善をすることが本質的な安全対策という考えです。それが危険予知です。
     看護士が患者に点滴をしている光景を思い浮かべてください。このときに、地震が起きたらどういう対応をするか。あるいは、よくあるのは人を間違えることですが、点滴を打つ患者を間違ったら大変なことになります。それを防止するために、どこにどんな危険が潜んでいるか予測し、指摘し、改善するトレーニングを行うのです。例えば名前を確認します。名前を尋ねても、患者がお年寄りで耳が聞こえにくかったらどうしますか。このようにいろいろな状況を想定しながら、危険予知トレーニングを行います。
     また、今回の労働安全衛生法の改正で有害危険な化学物質に絵表示するように決められました。誰が見てもわかるように絵で表現することで間違いを防止するという安全対策です。

  3. 職業病・作業関連疾患
     職場で起きる病気は職業性疾患といい職業病とか作業関連疾患があります。職場で起きる病気の例として腰痛をあげると、時々痛いのは第1期です。第2期はいつも痛いという症状で、第3期になりますと時々休業しないと仕事が続けられないという状態になります。第4期になると仕事ができない、「労働災害として認定をしてもらいたい」と思うようになります。職業性疾患は第2期までに対策をしないといけません。第3期になりますと持病になってしまい、元に戻らなくなります。だから早く職場を改善して、早く治療してもらうことが職業性疾患の予防原則です。

  4. アスベスト問題
     つぎにアスベストの話に移りたいと思います。アスベストという鉱物は非常に便利なものでして、熱や酸にも強い上、価格が安いので、いろんなところに使っていました。特に建材に使われていました。けれど、天井からアスベストの粉塵が落ちて、人間がその粉塵を吸うと中皮腫というガンになります。これは最悪のガンです。肺がんよりもさらに危ない。大体は余命半年です。ものすごく悪性度が高い。
      アスベストは国内では採れませんので輸入していました。日本では1970年代から1990年にかけて、建築物にアスベストをよく使用していましたので、その時期の輸入量は非常に多かったのです。約1千万トンともいわれています。建物の耐用年数が過ぎていきますと、ビルや住宅も解体されます。そうすると、そこで廃棄物としてアスベストが出るので、どのように安全に処理するかということが大きな問題となります。

III メンタルヘルス

 それでは、メンタルヘルスについてもう少し話をします。厚生労働省の調査で、仕事で強い不安、悩み、ストレスを感じる人が6割となっています。こういったストレスが増える背景には、働き方が大きく変わってきていることが考えられます。コンピュータ中心の社会になっています。それで仕事の仕方が変わってきているということです。情報も過剰になるし、情報が悪用されるということで非常にストレスも溜まります。それに伴って、コミュニケーションも取ることができません。そういうことで、非常にストレスが増えてきているというのが一つの特徴だと思います。

  1. メンタルの問題の現状
     日本国内の自殺者が8年連続で3万人を超えているという状況になっています。自殺率につきましては、国家公務員、地方公務員ほぼ同じでありますが、10万人あたり17~18人、国民全体(18歳~60歳)は10万人あたり29人ということですから、公務員の自殺率は国民全般のレベルよりは低目ですが、決して低い数値とはいえません。
     そして、職場で今何起きているかというと、公務員のデータが比較的信頼できるということで出したのですが、病気のため1ヶ月以上休む人の比率が増加しています。0.7%ということは1000人で7人が長期病休者になっているということですから、これは非常に高い数値です。ですから、職場で今、メンタルの問題は一番大きな課題です。民間企業の実態はこれ以上だと思います。
     連合が組合員に対してノイローゼやうつ病の原因について尋ねた調査があります。その調査結果では、6割の人が過労が原因だと回答しています。自殺についても1割弱の人は過労が原因だと回答しています。
     つぎに見ていただくのは自殺率の国際比較のグラフです。赤いのは日本です。この青い高い方はハンガリー、日本は世界有数の自殺国ということがわかります。上位を占めているのは旧ソビエト連邦や東欧諸国、そしてフィンランドもちょっと高くなっています。フィンランドはこの10年間で3割減っていますが、日本は全然減っていません。とくに50代40代の自殺率が高い。これは最近10年間における日本の自殺率の特徴です。失業率と非常によく相関しているといわれます。それから高齢者の自殺率も高いのです。高齢者の自殺率が高いのはこの10年間に起きたことじゃなくて30年間以上前からの傾向です。

  2. メンタルヘルス対策とうつ病
     職場のメンタルヘルス対策として三つの方法がありまして、それは一次予防、二次予防、三次予防です。一次予防はストレス対策です。快適な職場を作る、コミュニケーションづくりをすることが一番大事です。二次予防は、早く見つけて早く治療するということです。キーワードは相談体制です。三次予防は職場復帰です。
     ストレスに関連する病気というのは、ここに書いているような病名で、特にうつ病が増えています。うつ病の診断基準をいくつか挙げてみましたが、このうちに5つ以上の症状が2週間以上続くようであればうつ病ということになります。うつ病に共通する症状は不眠です。寝られないという状態になりますと、非常にうつ病になりやすい。眠れない、飯がうまくない、そして痩せてきた。そうすると非常に気分が重くなります。つまり、うつ病は気分障害です。感情障害ともいいます。過労が続いたり職場に適応できないとストレスが溜まります。ストレスが溜まると眠れなくなる、これが続くとうつ状態になるのです。対応としては職場を改善する、コミュニケーションを良くすることです。ストレスが溜まったらカウンセリングを受けます。眠れなくなったら早く薬物治療します。そして、うつ状態になれば完全休養が必要です。こういう対応がシステム的に必要であります。以上で終わります。
寺井:  どうもありがとうございました。
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