同志社大学「連合寄付講座」

2006年度“働くということ-現代の労働組合”講義要録



第4講(5/12)

「動揺する雇用制度」

ゲストスピーカー 山崎弦一  松下電器産業労働組合委員長

1.はじめに

 GDP成長率が2~3%を推移し、過去経験してきたような大きな成長が必ずしも見込めず、また、財政破綻や少子高齢化、活力の喪失など様々な問題を社会が内包する中で、企業はそれらに適応し、様々な形に姿を変えてきた。その1つとして人事制度改革が挙げられる。社員の処遇の仕方が変化してきているのである。
 これらの変化に労働組合はどのように対応しようとしてきたのだろうか。本講座では、松下電器産業1の労使関係や経営パラダイム、労働組合の考え方がどのように変化してきたのか、そして、雇用制度や人事処遇制度はどのように変化してきたのかについて述べたい。
 構成は次の通りである。まず、松下電器産業労働組合(以下、松下労組)の概要と、松下電器の労使関係の考え方や協議体制について言及する。そして、時代が大きく変化する中で、松下電器がどのように経営パラダイムを転換し、雇用・人事処遇制度をどのように変革したかを取り上げる。

松下電器産業は、連結627社で売り上げ8兆8943億円、営業利益4143億円(売り上げの4.7%)、従業員数334,752名の大企業である。事業領域は、AVCネットワーク分野やデバイス分野、アプライアンス分野等6つのドメインに分かれている。

2.松下電器産業労働組合の概要

 松下労組は、1946年1月30日に結成された。現在の組合員数は54,069名であり、専従組合員数は132名(外部・上部派遣組合員26名含む)、書記スタッフは110名、支部役員は668名(非専従含む)である。また、組織内議員として、1名の国会議員と18名の地方議員が在籍している。
 組織体制は、松下労組本部をトップに、15の連合支部と52の支部から構成されている。支部は、各事業ドメイン会社やグループ会社、そして地方拠点ごとに存在している。また、松下労組の基本理念として「豊かに生きる」ことが掲げられ、「個を高め、企業・社会を動かす」ことを使命とし、「自立と共生」の基本姿勢と「参加と選択」の運営を打ち出している。

3.松下電器産業の労使関係

[1]労使関係の基本的な考え方

 松下電器の労使関係は、「信頼と対等」・「対立と調和」という2つの考え方を基本に据えている。まず、「信頼と対等」について、所懐2を引用しよう。

「何処で、何が、如何なる程度に禍いして世の中の悩みが生長して来たかを明確に把握し適切迅速なる処置を施す事が極めて必要で、此の為めには是非とも統一ある強力なる組織が必要なのであります。
そして、特に生産と消費との両面に於いて社会に及ぼす労働組合の使命は真に大なるものであります。
貴方が此の労働組合を通じて悩みの正体を告白し、所信を披歴し、之が解決策の実践を推進する事によって貴方は明日の運命に自信を持つでしょう。貴方が此の組合を通じて悩みを解決した暁には己に貴方を繞る多くの同胞が、貴方と同様に人生の生きがいを感じ活然として甦るでしょう。」

また、松下労組の結成大会において、創業者の松下幸之助氏は次のように述べている3

「労働組合は、労働者の地位向上、福祉増進にきわめて必要であり、会社も組合の妥当な要望、正しい要求なら大いに受け入れ共に進んでゆきたい」
「労使は、その立場は異なっても、社会、生活の向上に努める点では一致しており、同じ目標に向かって互いに協力し合ってゆくのが本来の姿でなくてはならない」


 現在でも年齢に関わらず、労働組合の役員は職場の代表として扱われ、経営側の代表と対等の立場で話し合いを持つことが要求されている。そして、職場が抱える諸問題や要望を労組の役員が訴え、それが妥当なものであれば、経営側はその要求を受け入れ、改善する。このように、松下労組の考え方は、松下幸之助氏の考え方に非常に強い影響を受けている。
 次に、「対立と調和」については「創業者松下幸之助氏の労使観」が、本質を端的に示しているので以下に引用しよう。

「先ずは、お得意先の発展、お客様第一を通じ経営の発展ありきを責任とする立場と、先ずは労働者の代表として労働条件の向上ありきを責任とする立場とでは、時として見解に相違が生ずることもあります。
 大切なことは・・・組合の妥当な要望や正しい要求は大いに受け入れるにしても、問題は“何が妥当か”“何が正しいか”であります。」
「対立あるところにものが生まれる。しかし、対立しっぱなしでは生まれたものも消えてしまう。そこに調和があって、はじめて育ってゆく。・・・『対立と調和』は、健全なる労使関係の源泉である」

松下電器労組結成に先立ち、従業員に配布された勧誘文。

当時は、経営側と組合側の対立が非常に深かったことを考えると、松下幸之助氏の考え方は非常に先進的だった。

[2] 労使協議体制
 松下電器の労使協議体制として、組合側と会社側の代表が話し合いを持つ場が3段階設定されている。具体的には、中央労使協議会では組合の本部役員と会社側の社長、ボードメンバーが、連合支部・社内分社労使協議会では組合の連合支部役員と社内分社長、その他の経営幹部が、支部・事業場労使協議会では組合の支部役員と事業場長、事業場幹部が会談する。労使協議会の付議事項には、経営方針や営業状況等に関する「報告事項」・事業の拡張や労働協約・就業規則・規定の改正等に関する「諮問事項」、採用や福利厚生、その他労働条件に重大な影響を及ぼすことに関する「協議事項」が含まれている。
 また、松下電器の特徴的な制度として、1978年に確立した経営参加制度というものがある。この制度は、原則毎月1回行われる経営委員会と2ヶ月に1回行われる職場運営委員会から構成されている。前者は、社長と労組委員長が将来的な経営方針や経営上の重要政策について話し合う非公式の協議であり、これほど頻繁に実施されている例は他社にはあまり見られないと思う。一方、後者は、それぞれの事業場・支部単位において、職場責任者と組合役員が生産販売計画や業務計画等の日常の職場運営に大きな影響を与える事柄や職場の諸問題について話し合う場である。
 以上みてきたように松下電器の労使関係は、事前協議を行う経営委員会、公式な協議の場である中央労使協議会、そして職場運営委員会という3段階の労使協議システムにより成立している。

4. 松下労組の運動方針と経営革新

[1] 松下労組の運動方針
 右肩上がりの成長の終焉や終身雇用の見直し、個人の価値観の多様化といった環境変化に対して、松下労組は個々の変化対応力を高める取り組みへ軸足をシフトするとともに、参加関与型組織への転換を目指すべき運動の基本コンセプトに掲げている。具体的には、以下の3つのキーワードを掲げている。

  1. 防波堤型からライフ・ジャケット型運動への転換。
  2. ゲストの意識からクルーの意識へ。
  3. 3運動の社会化。

 雇用、人事処遇制度を検討する労働対策活動では、成果主義化に対する個人のスキルが蓄積されていない点や新たな職業人生に対する適切な支援体制の欠如、個人と企業の活性化を図る総合的な取り組みや労使相互のリーダーシップの不足を課題として挙げ、成果主義時代を生き抜ける職業人づくりや人材育成を基本とする評価システムへの転換、生涯現役を基本にしたキャリアプランづくりと支援などを運動の方向性として示し、様々な改革に取り組んできた。

[2] 経営パラダイムの転換
 一方、経営側は、20世紀型から21世紀型経営への転換をはかるべく、経営パラダイムの転換を急いできた。ここでは、マネジメントや事業戦略、組織・人事を中心に、具体的な経営パラダイムがどのように変化したのかを概観しよう。
 まず、マネジメントについて。キーワードは、「鉛ボール型からサッカーボール型へ」ということで、重くて遅い経営から、軽くて俊敏な経営への転換を図った。例えば、規模の拡大を目指した大型生産設備投資から俊敏さを実現するためのIT投資中心への転換を進めてきた。また、事業戦略面では、キーワードは「メーカー主導から多様なニーズへの対応へ」ということで、パラダイム転換を行ってきた。例えば、生産はライン生産・規格大量生産からセル生産・多品種少量生産へと劇的な転換を行った。最後に、組織・人事に関しては、キーワードは、「会社への従属からスキルに基づく関係へ」である。この考え方に基づき、「対立と調和」という労使関係のもと、労使間で様々な意見をぶつけ合いながら、次に紹介するような様々な雇用、人事処遇制度の革新をおこなってきた。

5. 雇用・人事処遇制度の革新

 ここでは、採用・雇用形態の多様化・高齢者雇用・人事処遇制度ごとに、変革の詳細について概観する。また、松下電器が抱える人材活用上の課題とその対策方針についても最後に言及したい。

[1] 採用
 20世紀型の採用が定期(新卒)採用中心であったのに対し、21世紀型の採用は、「グローバル最適地で、多様性あふれる人材を確保する」という考え方のもと、キャリア採用とグローバル採用を拡大している。キャリア採用は、即戦力、リーダー人材の確保を目的としたタイムリーフレキシブルな採用方法である。2003年度から2006年度にかけて、キャリア採用により入社した社員数は、全採用者の20~30%となっている。
 一方、グローバル採用は、グローバルに適材を適地で確保することを目的としており、ここ数年の採用者の伸びが著しい。2003年度にグローバル採用により入社した社員は0名であったが、1年ごとにその採用者数は倍近くに増え、2006年度には全採用者の約50%にまで増えている。
 また、当然ながら現在でも定期採用は行われているが、ドメイン事業ニーズに即応した少数精鋭の基幹人材を確保するというコンセプトが設定されているため、採用者に占める比率は年々減少している。具体的には、2003年度には全採用者の約80%だった定期採用者は、2006年度には全採用者の約25%まで減少している。

[2] 雇用形態の多様化
 グローバル競争の激化や労働者の就業意識の多様化に対応するため、松下電器では多様な雇用形態を設けている。その1つが、「地域限定社員制度」である。これは、原則として転宅を伴う異動のない雇用形態であり、現在約19,000名が選択している。また、労働条件として、本給が一般社員の80~90%4に設定されている点が、この制度の特徴として挙げられる。
 多様な雇用形態を可能にする制度としては、「全額給与支払い型社員制度」も挙げられる。これは、退職金と福祉、もしくは退職金のみを現金給付する制度である。2005年7月現在、役4,000名がこの制度を選択している。

具体的な数値は、分社・本部・連合支部間、事業場・支部間で労使協議のうえ決定される。

[3] 高齢者雇用
 急速な少子高齢化社会の進展とともに、60歳以上の高齢者の就業確保は企業の社会的責務との認識が深まっている。松下電器でも、高齢者の雇用確保や転身に対応するため、「ネクストステージプログラム(NSP)」と呼ばれる高齢者キャリアプログラムを設置している。このプログラムでは、60歳で定年退職を迎えた後も松下電器で就労するか否かを選択できる。定年後の再雇用を希望した場合、会社が仕事を提示し、本人の合意が得られれば、雇用契約を締結する。雇用期間は原則として1年契約だが、最長65歳までの更新は妨げられない。
 また、賃金は仕事内容に応じて3段階が設定されており、フルタイム就労(月給)、パートタイム就労(時給)のどちらでも選択できる。現在、この制度を利用しているのは毎年定年退職者の1~2割であり、そのうち30%がフルタイムで働いている。職種別に見ると、営業・お客様相談が46%と最も多く、以下、開発・技術(27%)、製造(17%)、その他(10%)と続く。
 NSPでは、高齢者雇用と併行して、早期退職支援制度も実施されている。これは、45~58歳の従業員に対して、退職金の割り増しや3ヶ月間の特別休暇、他社への紹介等により、転身をサポートする制度である。

[4] 人事処遇制度の見直し
 限られた原資の適正配分の必要性や劇的な技術革新への対応を背景とし、人事処遇制度においても大きな革新が図られた。賃金制度に関しては、スキルと貢献度に基づく納得性・公平性の高い処遇により働きがいを高めるため、年功序列から仕事・成果に基づく実力主義へと変革している。より具体的には、本給から年功要素を完全に撤廃し、仕事・成果に相応しい絶対額水準により賃金を決定している。また、比較的若いときから賃金を立ち上げ、成果により賃金に上下変動がある体系を採用している。
 賞与も本給と連動するようになった。以前賞与は、労使交渉により全社一律に数か月分支払われていたが、現在は本給との連動がなく、ドメイン業績に連動した水準により決定されるものへと変わった。そのため、ドメイン間で賞与額のばらつきが見られるようになった。
 退職金も、従来の年功により決定されていた固定的なものから、在職期間の評価を反映したものへとなった。また、先に述べたように退職金の前払いも可能となっている。
 次に、福祉制度はどのように変わったのだろうか。従来のものは、住宅積立金制度や寮・社宅制度、福祉年金制度など、会社が用意した画一的で固定的なメニューが揃っていた。現在では、それらの原資は変えずに、「P’s cafe」と呼ばれる柔軟で選択性が高いカフェ方式の制度へと移行している。これは、7月から翌年の6月まで有効なポイントを対象者に付与し、そのポイントに応じて、様々なメニューから各個人が望むものを選択するという制度である。メニューは「自助」への支援を重視したものが多い。またメニューには貯蓄等の社内メニューに加え、自己啓発、仕事と家庭の両立支援といった社外機関提携メニューも含まれている。

[5] 更なる人材の活用に向けて
 最後に、松下電器が人材活用の合理性を高めるために、現在実施し始めた人事システム・支援制度や人材活用上の課題について、3点言及しよう。
 まず、松下電器は2006年からスキルをベースとした人事システムを採用している。これは、社員のスキルと会社が要求するスキルを明確にし、それに基づいて報酬、昇格を決定するシステムであり、エンプロイアビリティの向上や処遇水準について納得性、合理性の向上を図ったものである。
 2点目は、グループ人材の更なる強化のために、自由にドメイン間を移動し社員の流動性を図る「ドメイン間転籍制度」の確立である。制度の確立までには、ドメイン間転籍の際、年金・退職金を持ち歩けるかなど、組合員に不利益がないように移動できるシステムの構築に多くの努力が費やされた。
 3点目は、フロー人材、つまり非典型雇用者の活用である。現在、松下電器では多数の派遣労働者・請負労働者が就労しており、その数は年々増加している。松下電器が目指すフロー人材の活用方針は、会社と非典型雇用者が共存して、Win-Winの関係を築き、低コスト・フレキシブル、・高品質を確立することである。しかし、そこには多くの課題が山積しており、フロー人材の戦略的活用に向けて対策を進めているところである。

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