同志社大学「連合寄付講座」

2006年度“働くということ-現代の労働組合”講義要録



第1講(4/14) パネルディスカッション

「労働組合とは何か」

ゲストスピーカー  草野忠義 (社)教育文化協会理事長
高木郁朗 日本女子大学教授
吉川沙織 情報労連特別中央執行委員
司会  石田光男 同志社大学教授

石田… 皆さん、こんにちは。「働くということ」というタイトルで連合寄附講座の形でこの授業を引き受けました。この講座の目的は、働くってどういうこと何だろうか。今、若い人は自分の職業生活のプランニングがきちっとできないような厳しい社会情勢になっています。そういう中にあって、実はこの間、日本は大変な変動を経験しているのですが、マスコミでもテレビでもあまり言及されないのが労働組合であります。実は、いい企業ほど労働組合に組織されているのが日本の現状です。そこが問題といえば問題なのですが、そのことをまず自覚しながら、いったい現代の労働組合って何をしているのか、労働組合って何だろうか、ということを現場のリーダーの方、あるいはナショナルセンター、産別のリーダーの方からお話を伺いながら、何かみなさんこう覚えるとかいうのではなくて、世の中ってこういう風にみるのがよいのかな、というような自分なりの見方が7月までの講義の中で持つことができれば最大の成果だと思います。
草野… 開講にいたった経過を少しご報告したいと思います。日本の労働運動は、イデオロギーの違い等によって分裂と再編を繰り返してきました。このように、労働運動の力を分散したままでは力強い運動は展開できないとの考えから、一本化への努力が積み重ねられ、漸くナショナルセンター、「連合」が統一体としてできたのが17年前でした。その際、連合運動を支える三つの分野で、より強力に運動を進めていくとの観点から、それぞれ独立した組織をつくることになりました。その1つは、労働運動にとって政策・制度課題は大変重要なテーマであることから、その政策を研究し提案していく、つまり、シンクタンクをつくろう、ということで、「連合総研(連合総合生活開発研究所)」がスタートしました。2つ目は、労働運動として国際面でも貢献していく必要があるとの思いから、「国際労働財団」をつくりました。そして第3に、教育や文化活動を積極的に推進していこうということで、「教育文化協会」を立ち上げました。この「教育文化協会」はさまざまな活動をしておりますが、将来の労働運動のリーダーを育成するという目的で、いわゆる労働大学とも言える教育・研修活動も積極的に進めております。そういうなかで、ぜひこれから社会にでてくる方々を中心とした、すなわち、大学で今の労働組合が何をやっているのか、そして、働くこととはどういうことなのか、ということをぜひ知っていただきたい、ということで、昨年から日本女子大学で寄付講座をはじめた訳ですが、第2番目としてこの度、同志社大学で開講することになりました。職に就くということも大事でありますけれども、先ほど石田先生からお話がありましたように働くこととはいったいどういうことなのか、ということを皆さんが考えていただく一助になれば大変ありがたいと思っております。
石田… では、さっそく中身に入りたいと思います。労働組合とは何だろうか、ということをお伺いしたいと思います。最初に、吉川さんですが、なぜ組合リーダーをやるようになったのか、というお話をお願いしたいと思います。
吉川…

なぜかということですが、私が学生時代だったころ、当時の経験から働く環境というものの整備がもっと必要ではないかという思いを抱いておりました。やはり、働く立場から物事を変えていくこと、働く私たち自身が連帯することで働きやすい環境をつくることが大事だと思い、今、労働組合でさまざまな活動をさせていただいております。

石田… 続いて草野さんからトップリーダーとして労働組合をどういうふうに捉えてこられたのか率直にお伺いしたいと思います。
草野… 今、吉川さんから非常にいい話があったと思うのですね。まさに、労働組合の原点というのは、吉川さんがお話になったようなところから始まってきたのだろうと私は思います。働く意味のある、働きがいのある労働条件をつくるために、交渉して契約をするというのが、これは教科書通りの労働組合のひとつの役割だろうと思います。一方、労働組合と一言でいいましても、いろんな段階の労働組合があるわけで、極めて大雑把に言いますと、三つの段階の労働組合があります。まず第1は、企業単位の労働組合です。日本の場合は、企業単位の労働組合が圧倒的に多いわけですが、そこでは、企業内の労働諸条件の維持・向上や働きやすさなどの追求に最大限力を発揮していくことが役割です。第2は産業別組織です。産業別組織とは、例えば、自動車総連や電機連合などですが、そこでは個別の労働条件交渉をやるというより、労働条件のレベリングや底上げ、そして産業政策に、働くものの立場からの意見をどう反映していくのかというのが非常に大きな仕事になります。そして第3は、産業別組織を束ねるナショナルセンター、「連合」です。連合の仕事、役割は数多くありますが、最大の目的は何かといえば、「社会正義」を追求していくことです。このように、三つの段階の労働組合があり、それぞれが今申し上げたような役割を担っているわけです。
石田… 続いて、高木先生に。私がみる限り、日本の労働研究者の中で一番労働組合に最初から最後まで研究対象を定めてこられた先生だと思います。いったい、先生はなぜ、労働組合を研究対象とされてきたのか、お話していただければ。
高木… どうして、そのような勉強をするようになったかについてですが、一つは時代というものがあって、統計を研究していただきますと非常によく分かるのですけど、1955年から65年ぐらいの10年ぐらいに現代のさまざまな構造の基礎が全部できています。僕たちはちょうど大変化の時期をみてきました。その大変化の軸になっていたのはやはり、労働、働くということの構造です。そのなかで、僕にとって一番大きな問題だったのが、やっぱり日本は非常に貧しい社会ということでした。この貧しい社会からどうやって脱却したらいいかな、というのが日本の課題でした。こういう社会の、重要なあり方を決めるものとして労働組合というものが現実目の前にありました。これをその社会を動かす力としてみていきたいな、と思ったのが学生時代の僕で、すべての出発点だったと思います。その後、僕と石田先生の共通の先生である氏原先生が、「君、BEHAVIORだよ。」と言われたのですね。「例えば、労働組合の人たちがどういう行動をするか、ということをちゃんと研究していくかということが一番大切だということなのだよ。」とおっしゃいました。僕は労働組合というものは、大きな歴史的な変化の時代に歴史をつくっていくという行動と、日常的に、働くうえでのルールをどういうふうにつくっていくかという行動と、2つの側面をもっていると思います。こういう二重の役割を進めているのではないかな、と思いついた時、いっそう労働組合の研究がおもしろくなりました。
石田…

高木先生がおっしゃったように、ワークルールですね。そういうものに非常に重要な役割を果たしているのが労働組合で、一方ではマクロ的な社会正義を追求する主体としての労働組合と、他方ではもっと日常的な人々の毎日働くということに関わったルールの形成と両方に労働組合が足場を持っているということは重要な論点だと思います。
吉川さんの方からはどういった方が労働組合員に加わっているか。組織率の問題を、草野さん、高木先生にお伺いしたいと思います。

吉川… たとえば、情報労連NTT労働組合は、現時点においては、ほとんどが正社員で成り立っている組合です。今、そして今後の課題は、パート・有期契約労働者の方々を組合にどう迎え入れることができるのかが非常に重要な課題としてあげられており、一生懸命それに取り組んでいるところです。
草野… 労働組合はやはり、数なのですね。これが労働組合の力のバロメーターだ、とよく言われる由縁ですが、残念ながら組織率は一貫して下がり続けているのが今の状況です。企業規模と組織率では、1000人以上の企業規模であれば約50%、組合があります。しかし、99人以下の小企業になると、なんと1.2%。ここで働いている人は2500万人以上います。ここがやはり、非常に大きな問題ですね。もう1つは、先ほどから話題になっている非典型労働者、つまりパートタイマーや派遣労働者などの方々の組織率が極めて低いということです。連合としても、その対策を進めているところですが、これらが組織化の最大の課題だと言っても過言ではありません。それから、データからみても日本は確実に格差社会に向かいつつあるのではないか、むしろ、格差が定着しつつあるのではないか、したがって、機会の平等さえ奪われつつあるのではないかと危惧しています。これはやはり、労働組合が社会正義を追求していくという立場で言うと非常に大きな視点になるのではないか、と思っております。
高木… 労働組合の組織率が非常に下がっているというのは、今の労働組合の苦境を端的に表現していますね。僕は二つの観点からお話しなければならないと思います。一つは、条件の変化でそうなってきたということ、もう一つは、労働組合がその活動内容を変えることによって事態を改善することができるような条件です。変えられない条件で言いますと、産業構造の変化があります。組織をしていくうえで、従来に比べると組織の仕方が難しくなったなというのが産業構造上ある、というのは第一のことです。でも、労働組合が頑張れば労働条件を変えられるな、と思うこともあります。日本の労働組合は企業別労働組合だと言われています。僕は本当に企業別組合であったのか、じつは企業別組合でさえなかったのではないか、と思っています。つまり、企業別正規従業員組合であって、ある企業で働いている人みんなが労働組合に参加するということは組合のほうからも必ずしも推進されていない。僕らがみている限り、組合の努力で変えられる点も結構あると思います。また、日本の労働組合の一番盛んだった、50、60、70年代に比べますと、いろんな形で人々の要求が多様化してきています。労働組合が一つだけの要求で団結しようとやっていると、組合員の人たちに頼りにされなくなってくる、という活動内容の問題もあるでしょう。
石田… そこの部分の努力不足の中身というのは、経済学的に説明できる部分とそうじゃない部分とがあって、ここはこの講義全体を通じて、しっかり考えなければならない論点だと思うのです。いろいろ組織形態、難しさの問題がでていますが、労働組合がどんな活動をしているのか、次にお伺いできればと思います。
吉川… 企業別組合としては、主たるものとして会社との交渉機能により、労働協約をつくることなどがあげられます。また、分かりやすく表現するなら、春闘では一時金を決めたり、働き方の改善に繋げるための要求を出したり、より働きやすい環境の整備に努めています。また、その他にも社会正義を追求するためのさまざまな活動に取り組んでいます。産業別組合としては、暮らしやすい社会を求める政策立案をはじめとして、社会に貢献するための社会連帯活動などを推進しながら、ナショナルセンターである連合と連携して活動しています。
草野… 連合も多くの政策分野にわたって、「政策・制度-要求と提言」をつくって、かなり立派な政策になっているのですが、実現ということになると、必ずしも充分な成果が上がっているとは言えません。政策の実現力を強化していかなければならないのは当然ですが、これをもっと世間の人に理解してもらって、世間の人からサポートしてもらうという形をつくらないと、なかなか実現というところまでは踏み込めないのではないのかと思っております。
石田… 政策があると、これと政治の問題、非常に密接に関係していて、時の政府なりが実行する強制力をどうやって持つのかというのは、運動にとって極めて重要だと思うのですけども、そこいらのところで、まだたくさん課題が残っているのではないか、と横で聞いて思いました。高木先生は、「個々の労働者のライフスタイルに応じた要求。そのためには企業内だけで解決できる問題と、自治体なり、あるいは政府の政策として勝ち取らなければならないという手段が必要になってくる。」という議論を、僕は一番早く研究者サイドでなされた方ではないかと思っています。組合の活動についてお話いただければと思います。
高木… 今の焦点で言うと、少子化もあってワーキングライフ、働くということとファミリーライフを両立していかないといけない、この両方のつながりを労働組合がやっていくということがないといけない、と思います。生活のいろんな段階、あり方に対応していくということも考慮して、労働組合が社会的側面と企業のなかの側面の両方で役割発揮していかないと、労働者の暮らしも上手くいきません。こういうことになるのじゃないかな、と僕はずっと思ってきました。
石田… ワークルールというふうに、非常に職場に即したルール形成と、しかし、働きながら生活を送っているわけで、そこがこの非常に悩ましいところで、職場に潜りこんでなんとか働きやすさを追求すればいいのかと思うと、他方でなかなか組合員の方も大変で、政治も変えなくてはならないということ、選挙活動に追いまくられる。他方では職場の細々としたルール形成、そういう風になってくるのかなと思います。
全体をまとめなければならない時間になっていますので、今日の労働組合の課題について大事な捉え方、今日集まった皆さんにいったい何を学んで欲しいのか、というところをお話していただきたいと思っております。
草野… ワークルールをつくってもそれが守られているかどうかというのは非常に重要な問題だと思います。例えば、サービス残業という言葉がありますね。そういう法律違反が、平然と行われています。労働組合があるところでも行われています。こういう不条理と言いますか、不合理がいっぱいある。ここをやはり、きちっと追求していくのが労働組合の一つの仕事、本来やらなければいけないことが現実にはやられていないということをもう一度、自ら反省していかなければならないし、そういう意味では皆さんにもぜひ考えていただきたい。
吉川… 2点あります。ひとつは「公平・公正な社会の実現」です。先ほど、草野さんから格差拡大に関する話がありました。ひとつの例を出せば、現在30歳前後の世代は、超就職氷河期の時代に就職活動をせざるを得なかったがために、正社員になりたくとも全員がそうなれなかった世代です。所得ひとつをとってみても、大きな格差が存在しています。もし、この世代が今の状態で年を重ねれば、格差は拡大する一方で、日本経済にも大きな打撃を与えることになります。政府には雇用対策について、教育訓練の機会を創設することや、大学や教育機関で「働くということ」についての意識を学生に持ってもらうことなどの政策が必要です。しかし、それが今の政府ではできません。働く者の視点からこの今の政治を変えていかなければならないということもあり、労働組合が政治活動にも携わっています。もうひとつは、「ワークライフバランス」です。仕事と生活の両立は困難かもしれませんが、いかにバランスをとってよりよい働き方、暮らし、社会を実現するための活動を労働組合に携わる一人として、また社会人のひとりとして取り組んでいきたいと思います。
高木… これから勉強されていくうえで、僕は二つのキーワード、「work fare」と「DECENT work」ですね。DECENTとは非常に難しい言葉で、僕は「人間らしい」と訳しています。「workfare」のfareはあり方を示す言葉ですが、働くことを中心に福祉を組み立てていきましょう、という考えなのですね。ぜひ、この「workfare」と「DECENT work」という言葉を中心にしてその担い手としての労働組合というものを勉強していただきたいと思っております。
石田… マーケットと裁判所だけで世の中はいい社会なのだろうか。価格はマーケットで決まり、問題が起きたら裁判で、というのは、いかにも生きるに値しない社会ではないかと思います。人が落ち着いて暮らし、働くためには、マーケットと裁判所の間にある安定した共同体的な組織、地域が必要な訳で、そこにはなんらかの規律が必要になって、そこが今日でていますワークルールだと思います。ワークルールの中身を展開すると「DECENT work」という物の考え方が重要になってきます。この点、もう少し春学期、深めていかなければならない論点があるのですが、議論していきたいと思います。
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