文献紹介コーナー


外国文献・古典

エスピン・アンデルセン著(岡澤憲芙・宮本太郎監訳)
『福祉資本主義の三つの世界 -比較福祉国家の理論と動態-』ミネルヴァ書房
2001年6月初版(原著は1990年刊)



I.本書の目的

 福祉国家とは何か。「国民の福祉の増進を目標とする国家」といった教科書的な定義はできるだろうが、それでは、その福祉はだれが、どこまで、どのように保障するのか、などの疑問に答えていない。福祉国家研究にもこれまでさまざまなアプローチがあったが、その多くは、福祉国家の発展を社会・経済的要因や政治的要因に限定して求めたり、発展レベルを財政支出の大小ではかろうとするなど、単純な分析にもとづくものであった。

 本書は、政治・経済全般にかかわる、国家のより広範な役割やその原理に着目し、福祉国家の本質を明らかにすること、そして、福祉国家にはさまざまなバリエーションがあり、質的に異なった軌跡をたどっていることを実証することを目的としている。

 なお、本書で「レジーム」(一般に「体制」と訳される)という言葉が使われているが、それは本書が、それぞれの福祉国家の細部に立ち入るのではなく、あくまでもその原理に着目して福祉国家を類型ごとに分類することを目的としているからにほかならない。

II.本書の内容(要約)

第I 部 三つの福祉国家レジーム

第1章 福祉国家をめぐる三つの政治経済学
 今日、先進諸国はいずれも福祉国家の性格をもっているが、原理的には「労働力の商品化⇔脱商品化」と「伝統的システムや家族への依存」の二つの軸によって分類できる。すなわち、[1]商品化と個人主義の組合せによる「自由主義レジーム」…典型はアメリカ、[2]一定の脱商品化はあるが伝統的システムや家族への依存が強い「保守主義レジーム」…典型はドイツ、[3]脱商品化を内容とする「社会民主主義レジーム」…典型は北欧諸国、の三つの類型である。こうした違いが生み出された歴史的要因としては、「労働者階級がいかなる集団として形成されたか」「どのような政治連合が形成されたか」「過去にどのような改革がおこなわれてきたか」といった点に注目する必要がある。
第2章 脱商品化と社会政策
 「脱商品化」とは、個人や家族が市場参加の有無にかかわらず、社会政策などによって、一定水準の生活を維持できることを意味するが、その内容は類型ごとに異なっている。保守主義は、商品化によって道徳が低下し社会的な腐敗をまねき、みずからの権威と特権が破壊されてしまうことをおそれる傾向にあり、たとえば公助における負担と給付の関係は厳格である。自由主義では、市場が失敗したところだけに公的な義務が発生するとし、きわめて限定的に扶助の政策がおこなわれている。社会民主主義では商品化を、貧困や疎外が生まれ階級が形成される根本要因であるととらえ、普遍的な公助が追求されている。
第3章 階層化のシステムとしての福祉国家
 保守主義にはさまざまなバリエーション(権威主義、国家主義、コーポラティズムなど)があるが、社会統合のためには伝統的地位関係の維持が必要であるという点では共通している。自由主義は純粋な貧困者だけを国家による救済の対象とし、それ以外の人々は市場に依拠するという形の二重構造を生み出している。社会民主主義は地位の分化や二重構造、階級分化の根絶と平等な社会統合をめざしている。
第4章 年金レジームの形成における国家と市場
 すべての先進諸国には、年金をはじめとする福祉供給において何らかの「公私ミックス」がみられる。保守主義レジームでは地位が重要な要素になっており、一般に社会保険は職域ごとに分かれている。自由主義レジームでは市場が優越的な地位を占めている。社会民主主義レジームでは地位特権や市場原理が排除されており、普遍的性格が強い。
第5章 権力構造における分配体制
 左翼政党権力の形成は脱商品化や完全雇用達成の大きな要因となっており、強い労働運動の存在は自由主義的階層化(ミーンズテストをつうじた選別など)に対する効果的な抑止力になっている。

第 II 部 雇用構造における福祉国家

第6章 福祉国家と労働市場のレジーム
 先進諸国の労働市場は福祉国家レジームに対応して形成されている。「労働市場からの退出と労働供給」については、福祉給付・社会サービスのレベルや積極的労働市場政策をつうじた労働市場に残るための選択肢の提供などに、国ごとの考え方が反映されている。「欠勤にたいする補償」については補償の内容や範囲などに、「雇用における福祉国家の役割」については雇用全体に占める福祉国家による社会サービス雇用の割合などに、それぞれ国ごとの違いがみられる。
第7章 完全雇用のための制度調整
 アメリカでは賃金上昇圧力にたいして、不況になるのもためらわずに景気を沈静化する政策で対応した。北欧諸国では、福祉国家が、部分的には直接の雇用主として、部分的には補助金をつうじて、完全雇用を維持する主要な力となった。ドイツでは、保守的な緊縮財政政策と高齢労働者の非就労化(早期退職)をうながす福祉国家政策の混合で乗り切ろうとした。
第8章 ポスト工業化と雇用の三つの軌跡
 ドイツでは依然として伝統的工業経済が支配的で、ポスト工業的雇用の増大が進んでいない。スウェーデンではポスト工業的な社会福祉サービス職種の発展が顕著であるが、女性雇用への偏りがみられ、性による職域分離の問題が拡大している。アメリカでは伝統的雇用とポスト工業的雇用のいずれにおいても雇用の拡大が顕著であるが、管理職と「ジャンク・ジョブ」が大量にもたらされるという二元化が進んでいる。

第 III 部 結論

第9章 ポスト工業化構造の下における福祉国家レジーム
 スウェーデンでは、国家による社会サービス雇用(主に女性のパート雇用)を維持するための高コスト問題が、より深刻な問題に発展する可能性が高い。ドイツでは労働供給が縮小する傾向にあり、退職者や年金受給者の増加がもたらすコスト危機に直面するおそれがある。アメリカでは、「ジャンク・ジョブ」への傾斜が長期的な傾向となれば、社会の底辺部で真のプロレタリアート化が進行するであろう。
~日本語版への序文~
 日本は「三つの福祉国家レジーム」の主な要素をすべてもっているようにみえる。私的な福祉に強く依存しているということでは「自由主義レジーム」と共通しているし、家族への依存やコーポラティズム的な分立した社会保険制度ということでは「保守主義レジーム」と関連が深い。雇用の拡大と完全雇用に強くコミットしているということでは「社会民主主義レジーム」とも共通している。ただし、それではハイブリッド型として日本を「第4のレジーム」と呼べるのかといえば、日本の福祉システムはまだ歴史が浅いことからも、最終的な判定にはもう少し猶予が必要である。

III.読むうえでのポイント

 本書では、日本が三つの類型のいずれの要素ももっているとされているが、日本の位置づけについては、なお検討の余地がある。また、たとえば「北欧型」といっても各国間には無視できない違いがあるなど、類型化そのものにも疑問がある。エスピン・アンデルセンのその後の著作においては、引き続き「商品化⇔脱商品化」を軸としつつも、「家族への依存⇔脱家族」やジェンダーの視点がより重視されるようになった。

  しかし、このような疑問や問題点はあるものの、本書が、各国比較をつうじて日本型福祉国家を相対化し、日本型福祉国家にはどのような特徴があるのか、その原理を理解するうえで格好の書であることは間違いない。

 その日本型福祉国家も、著者が「まだ発展途上にある」と指摘しているように、これまでみずからを支えてきた前提条件(家族、企業、政府それぞれの役割・機能など)が変化するなかで大きく揺らいでいる。日本社会が今後、有効な政策対応をつうじて経済的効率と社会的公正の両立を実現させていくためには、何より新しい福祉国家像・ビジョンが求められており、本書はその大いなる道しるべになろう。

 なお、本書の原著が刊行されたのは1990年であり、それから相当の年月が経過している。本書をひもとくにあたって、それぞれの福祉国家がその後どうなったのか、その推移や現状と照らしあわせながら(たとえば、社会的弱者を大量に生み出し続けるアメリカの現状や、日本のワーキングプアの実態に思いをはせながら)読み進めれば、本書の実証性の確かさもより検証できよう。

IV.著者について

 エスピン・アンデルセンは1947年デンマークの生まれ。現在、スペインのポンペウ・ファブラ大学教授。福祉国家研究、比較政治経済学において今日もっとも重要な論者の一人である。本書は、各国の福祉国家研究に多大な影響を与え、その新しい地平を切り拓いたと評価されている。そうした意味で、福祉国家研究における一つのパラダイムを確立したといえるが、本書はそれにとどまらず、社会科学の広範な分野に影響を及ぼした著作としても名高い。

(鈴木 祥司)





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