旬報社
1,800円+税
2018年10月
評者:金井郁(埼玉大学人文社会科学研究科 准教授)
本書は、労働運動の中で男女平等の闘いを牽引してきた経験を持つ12人の女性たちから聞き取りを行ったインタビュー記録とその時代背景や理論的な検討をまとめたものである。本書刊行の目的は①ほとんど女性が登場してこなかった労働運動史において、人権のための純粋な熱意に貫かれたものが多い女性たちの闘いの事実と経験を共有すること、②組織率低下の一方で組合を必要とする人々が増加する昨今の労働運動の発展にとって、今までの女性の運動や闘争の理解を深めることは不可欠であるためであることが挙げられる。
評者は、現在、女性労働を研究する研究者であるが、1995年北京女性会議の時に大学1年生でフェミニズムと出会い、女性労働に関心を持って卒論を執筆し、1999年に民間企業に就職した。当時も女性差別はまだあったけれど、若年女性定年制はなく当然のようにずっと働き続けようと思えたのも、男女平等のために闘ってきた女性たちがいたからこそであった。本書を読んで、労働運動をしてきた女性たちの活動に感動を覚えたし、感謝の気持ちでいっぱいになった。そして、まだ残る女性差別について、私たちが研究や活動を通して変えていこうと熱い気持ちになる本である。
女性差別撤廃条約の批准を契機に、1970年代後半から80年代にかけて、男女雇用平等法の制定運動が幅広く展開し、労働組合の女性たちも、労働運動の既存の枠組みを超えて、さまざまな市民団体や女性団たちも連帯しながらこの運動に参加した。全国に広がった雇用平等法制定のための闘いは、女性たちの間にジェンダー平等社会を目指す強い連帯の意識を生み出し、同時に、「みんなが平等」というかつてない経験をもたらした。本書は「この時代」に焦点をあて、元ゼンセン同盟婦人局長多田とよ子さん、元連合副事務局長松本惟子さん、元連合総合女性局長高島順子さん、元全電通中央執行委員坂本チエ子さん、元総評オルグ伍賀偕子さん、元全逓中央執行委員長谷川裕子さん、元連合副事務局長熊崎清子さん、沖縄バス35歳定年制訴訟原告城間佐智子さん、行動する女たちの会高木澄子さん、全石油昭和シェル労組柚木康子さん、全国ユニオン元会長鴨桃代さんの11名に対して行われたインタビュー記録とフォーラム「女性と労働21」代表山野和子さんの講演録「均等法制定の経過とこれからの課題」を全文収録している。
女性たちの現場に根差した熱い思いを共有するためにもぜひ読者が直接インタビュー記録を読んで感じて欲しい。そのため、本書評では、これらインタビューや解題を読んで、印象に残ったことを紹介するにとどめたい。
まず、多くの女性たちの語りに共通するのは、女性たちが会社や同僚の男性、組合の男性から、「女性であること」を理由とした心無い言葉を投げかけられているという事実である。そうした心ない言葉にくじけそうになりながらも、周りに味方を作りながら乗り越えようとしてきた。会社の中では結婚が決まると、会社の総務課長から呼び出され、「おめでとう。で、いつ辞めるんだ」と言われる。松本惟子さんはそれに対して1日考えた後、「退職は致しません。会社にご迷惑かけないように一生懸命働きますから」と返答(p85)し、後輩の女性たちは「私も辞めない」と目を輝かせました(p85)、という語りは胸に迫るものがある。「昇進させる代わりに、妻を辞めさせてはどうか」と働きかけることも(p214)。バスガイドの35歳定年制訴訟の原告城間さんは職場で「杖ついてガイドするつもりか」「おばさんガイドはいやだな」という声もあったという(p313)。
こうした女性を差別する言動は会社組織にとどまらない。組合の執行委員会で女性の特別代議員制度を提案すると「逆差別ではないか」「女性だけに特権を与えるのはおかしい」「理屈にならない」という男性組合員の発言(p70)。均等法制定後も連合の会議で女性の賃金問題を取り上げると「そんなこと女性集会で言えよ」と男性役員に話を打ち切られる(p113)。婦人部の賃金格差是正の要求が受け入れられ昇任昇格の女性差別が少しだけ是正されたのを見て、(男女平等賃金には程遠かったにもかかわらず)男性役員は「フェー、女は強い!」と言う(p329)など組合の中でも女性に対する差別的言動が多々あることが注目される。さらにこうした差別的な言動は、組合の中で男性に優先的に賃金の分配要求をするという実態を伴う差別をもたらしていた。
女性差別的な言動は、彼女たちが「普通に」活動したり仕事をしたりすることを妨たげ、こうしたことが原因で辞めざるを得ない状況に追い込まれた女性たちがたくさんいたことは想像に難くない。しかし、インタビュー記録の中では、女性組合員や女性の要求を応援し、後押しする男性組合員もいたことで救われるし、多くの女性たちは女性同士で連帯しながらこうした差別と闘っていた。
次に、女性の労働運動は生活に根差した要求をし、生活に根差しているがゆえに、地域や市民運動と連携して運動を展開していたことが注目される。例えば、安川電機の単組であった安川電機労働組合で松本さんは、1970年代、ほとんどの保育園が3歳以上の児童を対象としていたため産休明けの保育所をつくるために、労働組合の地域ネットワーク組織である地区労を巻き込み、地方政治とのつながりも作りながら、保育所問題を解決しよう闘った。さらに、生活に根差した要求という意味で、はっと目を覚まされたのは、「1日の労働時間が長くなれば、買物や保育所の送り迎えの時間が確保できない。人間の生活時間はまとめ取りが出来ない」(p97)という松本さんの言葉である。これは、1970年代、1日の勤務時間は昼休み1時間を含む7時間半ないし7時間45分という時短を達成していた安川電機で、1980年ごろから週休2日制が検討されるようになったときに1日の労働時間を長くして土日を休みにする提案が検討されていた時を振り返った言葉である。男性は土日連休歓迎、ゴルフや麻雀ができると賛成したが、女性の多くは上記の観点から反対したというものである。山本勲・黒田祥子(2014)「労働時間の経済分析」でも指摘されているように、週休2日制の導入により、休日の数は増えたものの休日でない就業日の労働時間が増加し、平日10時間以上働く労働者の割合は趨勢的に増加したという事実と重ねあわせると、女性たちの生活に根差した労働時間の要求に真摯に耳を傾けるべきであったことがわかる。
本インタビューを読むと、男女雇用平等を妨げる最大の壁として立ちはだかり、追求すべき課題は労働時間問題であることに改めて気づかされる。1947年制定の労働基準法の時間外・休日労働の制限、深夜業の禁止などに関する一般女性保護規定は、均等法見直しの1997年にいずれも廃止されることになった。女性たちからは「男女共通規制」を設けることによって従来の女性保護基準を男性の労働条件にまで拡大すべきという声が強かった。しかし、自分たちの労働時間を女性水準にまで短縮しようという男性労働者の意識は極めて希薄(p33)であった。そうした中でも、1996年、連合は労働時間に対して「男女共通の法的規制」を加え、将来的には残業時間の年間150時間規制を男性にも適用するが、当面はこれを目標として置き、スタートは目安制度年間360時間に法的根拠を与える方針を取った。しかし、これ以降、男女共通規制をめぐる動きはほとんど進展しなかったのは、2018年の働き方改革関連法成立でも明らかである。女性の闘いの歴史を受け継ぎ、労働時間をめぐる「男女共通の法的規制」に労働組合が本気で取り組む必要がある。
最後に、女性たちがインタビューの中で語る「オルグとは」、「労働組合活動とは」、「要求の原点とは」、「平等とは」…といった理念や志は、心打たれるだけでなく、これからの労働運動に継いでいかなければいけないものだといえる。評者にとって印象的だった2つの言葉を抜き出して本書評を終えたい。
「交渉とは知恵比べではありません。職場の草の根の声を背景に組合の交渉力が強まっていく。使う側と使われる側の力関係の実態を理解すること。女性は横のつながりと他の運動の連携のなかで力と自信を得ていくこと。女性は働き、生活ぐるみで活動し、人間的にも成長する(p82)」(多田とよ子さん)。
「現場に近いことを地道に継続し、みんなで理解をし、改善をしていく。オルグとは現場と現場、活動と活動を結ぶ媒介。それが先輩から教えていただいた活動のあり方。…現場は現場しかわからない、現場が主体的に動くべきだという考え方もありますが、主体的な活動のためには気づきが必要です。必要なのはその気づきを促すオルグの存在だと思っています(p272)」(熊崎清子さん)
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