金 英 『主婦パートタイマーの処遇格差はなぜ再生産されるのか ~スーパーマーケット産業のジェンダー分析~』

金 英『主婦パートタイマーの処遇格差はなぜ再生産されるのか
~スーパーマーケット産業のジェンダー分析~』

ミネルヴァ書房
5,000円+税
2017年12月

評者:宮島佳子(UAゼンセン 流通部門 執行委員)

 本書は、日本におけるパートタイム労働の構造について分析された書である。スーパーマーケット産業がどのように「主婦パート」をつくっていくのか、その裏にある店舗戦略までをも解明した研究はこの上ないものであろう。この本を読まずとして「パートタイム労働」は語れないと言っても過言ではない。なぜ日本におけるパートタイム労働といえば、単に短い労働時間を示すことなく、主に既婚女性が働く雇用形態を表すのだろうか。鍵となるのは「主婦パート」の構造である。この構造が土台となって、入れ子細工のようなかたちで労働市場に影響をもたらしていると考えられる。
 本書では、日本でパートタイム労働市場が急速に拡大し、パートタイマーの熟練度の上昇と並行して正社員との賃金格差が拡大したという「職務と処遇の不均衡」の実態を、スーパーマーケット産業の事例を通じて分析されている。その構造や過程を、企業、労働組合、主婦パートという三者がどのように相互作用したか「行為戦略」という視点を通じて明らかにしていく。これらの行為戦略を解明すべく、本書での資料は、アンケート調査と店舗調査を中心に収集された。長期にわたり調査対象とした12社のうち、2000年前後の時点に焦点を置き、7つの企業店舗の訪問調査、事例企業の人事責任者や労働組合役員、労働組合の上部団体を含む面接調査は120名強に及ぶ。その分析内容は圧巻である。
 著者の金英(キム・ヨン)は、釜山大学社会学科教授。ジェンダー研究を中心に、日韓の非正規労働市場などの比較研究、日本のスーパーマーケットにおける主婦パートタイム労働についての調査研究を行っている。また、本書は2018年に社会政策学会、学術賞を受賞している。

 第1章では、「スーパーマーケット産業とパートタイム労働~主婦パートの基幹労働化~」として、事例企業を通じてスーパーマーケット産業の特性について理解を深め、パートタイム労働が、どのようにして正社員の代替とされていくのかをみる。
 パートタイマーは、営業時間や地域労働市場など7つの要因によって従業員の大多数を占めていることや(量的基幹労働化)、主任や主任補佐を担うような正社員の代替として勤務していることから、職域の拡大(質的基幹労働力化)がみられる。
 また、パートタイマーの基幹労働化は、特に女性正社員の代替であるということが解明されている。一例をみれば、女性正社員の減少がみられたレジ部門という職務においては、高卒女性正社員からベテランパートへの代替が顕著であった。
 そして、その背景にある正社員とパートタイマーという雇用区分の違いは、家族責任などライフステージの違いであり、加えて転居を伴う転勤の有無に左右されていることが明らかとなる。著者の面接による女性正社員のジレンマは、非常に興味深い。
 著者は、パートタイム労働者の基幹労働化は、正社員の代替であり、ライフステージや転勤の有無に左右されているものの、熟練の上昇とそれによる昇進昇格や定着などがみられ、この点については内部労働市場の労働者のものと同様であると指摘している。このことから、これまで労働経済学ではパートタイム労働者を外部労働市場の労働者として扱ってきたが、基幹労働化はもはや内部労働市場の労働者といえる。よって、外部労働市場と内部労働市場の労働者における基準を改める必要性を提起している。

 第2章では、「企業の行為戦略~制限的内部化と区分作り~」として、どのようにして正社員とパートタイマーの働き方に違いを設け、基幹労働化とあわせて定着させるかという企業戦略をみる。
 企業がパートタイマーを増やす理由は賃金コストの削減であるという常識があるなかで、「職務と処遇の不均衡」はどのようにつくられていくのか。あたかも内部労働市場かのような昇進・昇格や安定した雇用などが、パートタイマーの一部を選抜もしくは疑似的に与えられるといったことについて、「制限的内部化」という概念で説明されている。
 これらのことを「区分作り」として、労働時間と熟練度、転居を伴う転勤や配置転換などで雇用区分を線引きする。この背景には既婚女性が家族を優先せざるを得ない主婦であることと、家庭=居住地に縛られる存在であることを、企業は利用し、パートタイマーは妥協せざるを得ないという点が、地域特性という労働市場において重要な土台となっている、としている。
 
 第3章では、「労働組合の行為戦略~排除と包摂~」として、1970年代から2000年初めという長期間にわたり、基幹労働化されたパートタイマーについて、労働組合がどのように組織化しているのか、事例労組にみられる組織化戦略を通じて分析されている。
 日本の労働組合は正社員中心の企業別労組が多く、それは男性稼ぎ主の代表者というアイデンティティがあることを示す。パートタイマーの基幹労働力化によって「代表制」「アイデンティティ」「賃金」という直面する3つの危機が発生することから、その解決策として5つの戦略を用いて組織化することとなる。
 しかし組織化を進めても、男性正社員が中心という物差しがあるため、家庭責任の担い手であるパートタイマーにとっては、労働組合の意思決定過程からは排除されたままである。ゆえに著者は、労働組合は、現状のままではすべての働くものに平等な権利を守るためのパートタイマーの組織化という考え方に立つことは難しいという。

   第4章では、「主婦パートの行為戦略~需要と抵抗~」として、アンケート調査とインタビュー調査による主婦パートの経歴や、生の声からみる現実を通じて、職場生活全般の不満を明らかにし、企業や労働組合に対する戦略をみる。
 自分たちが置かれた状況に関して満足していない主婦パートの対応戦略として、受容戦略と抵抗戦略という2つの戦略をとる。この2つの戦略は互いに結びつき、パートのあり方に徐々に構造変化を促す。受容戦略は、個人の力ではどうにもならないと諦め、労働市場の厳しさを直視し、「扶養の範囲内」であることを合理化し、職場で自分の存在を認めてもらうといった行動をとる。抵抗戦略は、愚痴をこぼして不満を言い、頑張らない態度を取り、人間関係がうまくいかずに離職するか、「おしゃべり共同体」を構築し、強い結束力をもった「非公式権力」を構築して、「承認闘争」を展開しながら自分たちの地位を守り、現実に対処していこうとする。
 
 終章では、「日本的パートタイム労働市場の変容と再生産~主婦協定の改正と制限的内部化の拡張~」として、2000年代に見られる事例企業の改定人事制度を通じて、日本のパートタイム労働市場の特徴をみる。
 雇用形態による区分をなくし、ライフステージに合わせて働き方が自由に変更できるという新制度といいつつも、「転勤の有無」による「区分作り」は、家庭責任のある主婦パートにとって結果的に不利な処遇となる。そして、パートタイマーの職域拡大により、育児短時間勤務制度を利用する女性正社員の職域が重なることから、ここにも大きな変化をもたらす。よって「同じ処遇をより低い処遇の労働者が遂行する制度」であることから、労働市場は公平性を実現しがたく、日本特有の現象ともいえる「職務と処遇の不均衡の拡大」が形成されてきたのである。

 本書を読んで、労働組合の行為戦略について考察してみたい。
 労働組合の行為戦略に影響するものとして、時代背景はどうだったであろうか。1970年代から1980年代にかけて「社員の週休二日制」「余暇の充実」といった働き方の改革があり、流通小売業では、一日の労働時間が延長する反面、週の所定労働時間が短くなった結果、人が回らなくなった。労働時間短縮が生産性に及ぼす影響として、価格に転嫁するかサービス低下しかなかった。顧客ニーズへの対応を優先し、省力化、効率化、合理化の対応は、技術革新ともいうべき「新たな雇用形態」であり「直接雇用の短時間労働者」の「パートタイマー」だったのである。
 事例以外にみられる当時のパートタイマー組織化先行組合の視点をみると、この産業がつくった新たな基幹的労働者に対する労働組合の要求として、就業規則の整備や賃金制度の確立、安全衛生や労災補償など正社員と同等水準を会社に要求している。また、パートタイマーの共済加入、専門委員会の設立、意識調査、交流会、ボランティア活動などを実施し、意見反映や対応を図る試みがみられる。
 長い時間をかけてパートタイマーの組織化を要求し続けてきたからこそ、実相が明らかとなり、ようやく均等待遇の課題に着手できたといえよう。この「新たな雇用形態」の問題を、働く同じ仲間として労働組合が責任を持ち、今こそ問い直すときであると考える。本書はこのようなことを考えるうえでの必読文献である。


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