エイミー・ディーン、デイビット・レイノルズ
地域力をつける労働運動―アメリカでの再興戦略

エイミー・ディーン、デイビット・レイノルズ『地域力をつける労働運動―アメリカでの再興戦略』

かもがわ出版
2,500円+税
2017年8月

評者:柳浦淳史(情報労連 NTT労働組合中央本部 執行委員)

 原著の表題は“A New New Deal(新しいニューディール)”である。1930年代から1940年代にかけて、フランクリン・ルーズベルト大統領がニューディール政策を展開する中、アメリカの労働組合は、社会運動や民主党との協働を通じて、社会保障の充実や政治的影響力の拡大に成功した。アメリカの労働運動にとって、1930年代・1940年代の「ニューディール」は重要な成功体験といえよう。
 1990年代以降、アメリカでは格差が極端に拡大するとともに、労働者の権利や社会的セーフティネットの劣化が進行している。労働運動の指導者・研究者である著者は、この原因について、経済界に対抗しうる唯一の勢力である労働組合が影響力を衰退させたことによるものと指摘している。本書は、アメリカにおける労働運動を活性化させ、暮らしやすい社会を再構築する――すなわち、「新しいニューディール」を成功に導くための、実践的指南書である。

◆本書の要約
 本書で述べられる労働運動は、「直接行動主義(activism)」に基づくものであり、企業内の交渉によって要求を獲得する従来の労働組合の運動と明確に区別される。「直接行動主義」に基づく運動は、街頭に出て自らの政策を住民に訴えるなど、組織の外部を積極的に巻き込みながら展開される。
 労働運動を活性化させ、地域に根ざした草の根の運動として発展させるためのアプローチとして、著者は「地域で力を築く戦略(regional power building)」の実践を提唱している。この戦略は、三つの立脚点(three legs)からなる。
 その第一は、労働組合を中心とするコアリッションの構築である。コアリッションとは、共通する政治的目標のために結集した、団体や個人の連合を指す。著者は、運動の影響力を高めるためには、地域で活動する様々な団体が幅広く連帯し、コアリッションを構築することが重要であると主張する。そして、団体や個人が深く結びつくためには、理想として掲げる社会像を全体で共有するとともに、運動の軸を地域社会の課題解決に合わせることが必要であると説明している。
 その第二は、調査・政策立案能力の確立である。コアリッションを構成する団体のニーズを纏め得る政策を策定するためには、膨大な労力と高度な専門知識を要する。著者は、各団体からリソースを拠出し、調査・政策立案の機能を担う独立した組織を設置することが望ましいと主張する。さらに、この組織は、従来型のシンクタンクとしてではなく、自らも運動を実践する組織「シンク・アンド・アクト・タンク(think-and-act-tanks)」としてコアリッションの中心に据えるとともに、指導者の育成機関としても機能させる必要があると説明する。
 その第三は、政治活動の強化である。政策の実現には、政治への影響力を高めることが決定的に重要だが、選挙で勝利するための一時的な営みではなく、長期的・連続的視点で政治活動を展開しなければならないと著者は強調する。選挙を通じて構築したネットワークの維持や、労働運動を通じた将来の候補者の育成はその一例である。
 「地域で力を築く戦略」を成功させるためには、これら三つの立脚点を統合し、相互に関連させながら展開しなければならないと著者は結論づけている。

◆課題
 本書は、労働運動を活性化させる究極的な目標の一つに、「市民社会の構造基盤(civic infrastructure)」の構築を掲げている。「市民社会の構造基盤」とは、利益を共有する人々が地域の課題を持ち寄り、解決のための政策を議論し、主体的に実行し、新たな改善点を模索するという一連プロセスが、絶えず繰り返される状態を示している。地域という活動単位は、民主主義における統治の単位でもある。地域単位で「市民社会の構築基盤」を構築し、その単位を郡から州、そしてアメリカ全土へと拡大することが、本書の目指すゴールである。
 また、本書の問題意識は、アメリカの政治体制下において、労働者の権利を弱体化させ、労働組合の活動領域を狭めようとする圧力への対抗にも向けられている。労働運動を地域に展開することの目的は、一義的には、企業内に閉じた従来の運動では解決できない課題の克服であると説明されるが、労働者の権利の回復は、最も重要な政策課題の一つとして設定されている。市民から共感を得られる運動を地域単位に展開しながら、労働組合としての組織力や政治的影響力を再興させ、労働者の権利を奪還するための基礎を積み上げていくことが念頭に置かれている。
 しかしながら、目的達成に向けた過程において、地域単位の運動を全国単位へと拡大する段階が必ず訪れるはずだが、全国規模の組織と地域単位の組織の連携については、本書では課題として提示されるに留まっている。本書では「地域で力を築く戦略」の成功事例が多数示されるが、それらはあくまで地域単位の成功体験に過ぎない。著者が指摘するように、アメリカの労働組合を構成する縦・横すべての組織が、地域に根差した運動の重要性を認識しているわけではない。「地域で力を築く戦略」の実践を局所的な成功に留めるのではなく、アメリカ全土にわたる「新しいニューディール」として成功させるためには、ナショナルセンター、産業別組織、地域組織など、各組織がそれぞれの立場・主張の違いを乗り越える必要がある。その手法等については、今後の重要な検討課題であろう。

◆日本の労働運動への示唆
 格差の拡大や雇用の不安定化、社会保障の劣化は、アメリカだけに見られる事象ではない。組織力の低下が指摘されて久しい日本の労働組合にとっても、本書の指摘は示唆に富んでいる。
 労働組合が地域の組織化(community organizing)に取り組む上で、公益の追求を共通のビジョンに掲げるべき、との本書の指摘は重要である。企業別労働組合が中心となる日本において、労働組合が社会から共感を得られる存在となるためには、組合員だけの利益ではなく、その地域の生活者・労働者と共通の利益を追求する姿勢を示さなければならない。これまで企業内の活動を中心としてきた労働組合が、組織の外にも目を向け、価値観や生活環境すら異なる社会的弱者に寄り添った視点で運動を再構築できるかどうかが試されるのではないか。
 また、本書が目指す「市民社会の構造基盤(civic infrastructure)」の構築という視点は、市民の政治参加の低さがしばしば指摘される日本においても重要である。本書の数々の事例から読み取れるように、市民を運動に巻き込むことは、市民の政治的有効性感覚を高めるとともに、有権者教育の場としても機能する。地域に根差した労働運動の展開によって、市民の政治参加を高めていくことは、強く意識する必要があるだろう。
 日本においても、労働組合が地域の課題解決に乗り出した好事例は、目立たないながらも各地で確実に蓄積されている。それらの事例にスポットライトを当て、検証を重ね、地域に根差した労働運動が社会に与えるインパクトを広く共有することで、日本の労働運動に新たな活力を与えることができるだろう。
アメリカと日本の労働組合は、その性質や置かれた環境が全く異なるようでいて、本質的部分における共通点は多いのかもしれない。日本の今後の労働運動を展望するにあたり、本書からヒントを探してみてはどうだろうか。


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