水島治郎
『ポピュリズムとは何か-民主主義の敵か、改革の希望か』

『ポピュリズムとは何か-民主主義の敵か、改革の希望か』

中公新書
820円+税
2016年12月

評者:山根正幸(連合 経済政策局局長)

 欧州における排外主義的な主張を掲げる政党の台頭、イギリス国民投票によるEU離脱派の「勝利」、アメリカのトランプ大統領誕生、日本における「第3極」の登場とその後の混沌。世界各地で既成の政治が批判にさらされ、不確実さを増している。そうした動きに通底するのがポピュリズムであるとされる。ポピュリズムとは、オックスフォード英英辞典では、「普通の人びとの意見と願望を代表すると主張する政治の一形態」とされている。
 本書は、こうした世界の動きに通底するポピュリズムの理論的な位置づけ、各国における展開と特徴、政治的な影響を分析しつつ、ポピュリズムとデモクラシーとの一筋縄ではいかない関係性を明らかにすることで現代政治の特質を描き出そうとしている。

 第1章では、ポピュリズムをめぐる2通りの定義、すなわち政治指導者が戦略として政党や議会を超えて直接国民に訴える「上からの」政治スタイルと、既成の権力構造批判を力の源泉とした人民による「下からの」勧善懲悪的な運動を紹介している。そのうえで著者は、ポピュリズムへの評価は、近代デモクラシーに対する2つの解釈、つまり「立憲主義的解釈」「ポピュリズム的解釈」のいずれを重視するかで変わりうると指摘する。法の支配や議会制を通じた権力抑制を重視する前者の立場からすればポピュリズムは警戒すべき対象となり、人民意志の実現を重視する後者の立場からは、ポピュリズムを真の民主主義とみなす傾向があるというものである。そして、ポピュリズムは必ずしも反民主主義ではなく、むしろデモクラシーの一側面である民衆の直接参加を際立たせている側面があると解説する。
 著者は、ポピュリズムのプラス面として、サイレント・マジョリティの政治参加、政党側の変革、世論や社会運動の活性化によるデモクラシー発展の可能性を示す一方で、権限の集中による制度や手続きの軽視、マイノリティの無視・抑圧といった弊害の可能性も指摘する。
 こうした両義性を踏まえて、既成勢力はポピュリズム政党にいかに対応すべきなのか。著者は、先行研究をもとに4つの対処パターンに分類する。1つは、ポピュリズム政党との協力を避ける「孤立化」、2つめに、ポピュリズム勢力の正統性を否定し攻撃する「非正統化・対決」、3つめは、ポピュリズム政党を一定程度認めつつ自己改革に努める「適応」、そして4つめは、積極的にポピュリズム勢力に働きかけ、既存の政治的枠組みに包含し変質を促す「社会化」である。
 しかし著者は「ポピュリズム政党への対応に万能の処方箋はない」という。単純な批判・排除だけではかえって正統性を与えかねず、自らの側に引き入れることもデモクラシーそのものに対する信任の確立が前提であるからだ。

 第2章では南北アメリカにおけるポピュリズムの展開について、アメリカ合衆国における人民党の躍進と凋落、これと対比されるラテンアメリカでのポピュリズム席巻を取り上げている。

 第3章では、フランス、オーストリア、ベルギーを中心に、ヨーロッパにおけるポピュリズムの伸長の背景を探っている。冷戦崩壊で既成政党の求心力が低下し、グローバル化とEU統合の進展が政党間の政策の違いを見えにくくしたことに加え、ライフスタイルや価値観の多様化が労働組合や農民団体、宗教団体など中間的な組織・団体の弱体化と無党派層の増加をもたらし、既成の政党や団体との「断絶」を生んでいる。その間隙を突いて戦略的に無党派層の不満を取り付け、選挙に勝利していく姿を明らかにしていく。とくに政策面では、福祉国家の維持は掲げつつ、その負担となる移民や難民の排除を正面から主張している点に着目する。

 第4章は、デモクラシーやリベラルの価値を前提としつつ、その立場から「反イスラム」「反移民」を主張するポピュリズム政党について、デンマークとオランダの例を挙げながらみていく。言論の自由などリベラルな価値を前提にテロを批判するとともに、政教分離や男女平等といった近代的価値を受け入れない「不寛容」イスラムの問題点を訴え、「自由」を守る立場から移民や難民の制限を主張して一定の支持を取り付けている。

 第5章は、国民投票制度を躍進のテコにしたスイスのポピュリズム政党の例を取り上げている。スイスでは、国民投票の結果に影響力を持つ経済団体、労働組合などと主要政党との間で協調体制が整えられてきた。しかし90年代以降、経済社会の変化で支持層が流動化し、政党と諸団体の代表性が揺らぐ。一方で、政治経済エリートへの批判、移民阻止、反イスラムを掲げる国民党が、国民投票制度を提起しながら主張を展開し、先鋭的な提案にもかかわらず一定の成果を獲得している。

 第6章では、イギリスのEU離脱に影響を及ぼしたイギリス独立党の躍進を取り上げる。従来の社会で主流だった白人ブルーカラーが、産業構造の転換によって移民・外国人を含む高学歴・専門知識を持つ大卒者にとって代わられる一方で、保守党も、本来受け皿となるべき労働党も中道的な改革を進める。その中で「置き去りにされた」感を強めた旧工業地帯の人々にエリート対大衆、グローバル都市化対地方の構図を示し、主権を取り戻すことを訴えて浸透することに成功したのが独立党だったと指摘する。

 第7章は、今世紀以降のポピュリズムの世界的な広がりについて、各国の現状を概観する。アメリカ大統領選挙とイギリスのEU離脱をめぐる国民投票との共通性、衰退地域の白人労働者層の立場と既存政党への失望、事前予測を覆した「サイレント・マジョリティ」の存在などを挙げる。日本についても、日本維新の会の躍進における公務員の「特権」批判と労組との対決姿勢で支持を取り付ける手法と、欧州との共通性についても触れている。
 また、欧州では、国内政治にとどまらず、EUそのものがポピュリズムの標的にさらされていることや、EUを主導してきたフランス(国民戦線)、ドイツ(ドイツのための選択肢)の2大国におけるポピュリズム政党の浸透などにも触れる。

 各国の事例が分かりやすく整理されており、認識を深めやすい。一方で明確な処方箋を期待して読む人は肩透かしを食うかもしれない。また、ポピュリズムと呼ばれる潮流の圧倒的な多くが、排外主義や人種・性別に対する差別などを助長し、一定の層がこれに共感し、かつてのファシズムとも共通する側面を持つに至っている原因を十分に分析しているともいえない。
 しかし、ポピュリズムはデモクラシーに内在する矛盾の現れであるという本書のメッセージを受けて、いかに折り合いをつけるべきかを考えるのは読者一人ひとりに委ねられているということだろう。雇用形態や所得などの格差、労組組織率の低下、個人の孤立化。その一方で真偽を問わず氾濫する情報。ともすれば既存の政党や団体だけでなく、組織された労働者までもがエリートと見なされかねない点で日本も対岸の火事ではない。個人と政治を仲立ちする中間組織の一つである労働組合は、社会の分断を防ぎ、健全な民主主義の実現にどのような役割を発揮すべきか。難しくも考えるべき課題を認識させる一冊である。


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