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首藤若菜 |
ミネルヴァ書房 評者:末永太(連合 資料室長) 本書は、グローバル化する企業活動に対する労使関係のあり方について、国際ルールづくりや国際連帯等、長年すすめられてきた取り組みについて整理するともに、自動車産業を対象に、同じ企業グループであっても利害対立関係にある他国の労働者といった関係を乗り越え、労働組合同士が連帯する可能性について、学術書としてはほとんどはじめて検証した著作である。著者は、立教大学経済学部准教授で、国際労働財団の「アジアにおける労使関係と労働組合の課題」プロジェクトのメンバーである。本書に示されるように、たんねんな聞き取り調査をつうじて、実態と論理、それに改革の方向を描き出す著者の手法には定評がある。 そもそも労働組合は国ごとに各国の伝統と文化に基づいて結成されており、たいていの企業別組合は国内の組合員のためだけに活動している。しかしながら、グローバル化はすでに一時の現象ではなく不可逆なものである。とすると、従来は、一国内で機能してきた労使関係もそれに応じ、変えていく必要があり、著者は、現状において現実的に何ができるかといった視点から理論を展開している。 序章では、なぜグローバル化に対応した労使関係を考えないといけないのかについて考察する。著者は、グローバル化によって法律や制度、労使関係にズレが生じている点を指摘する。例えば、工場の設立や撤退、拡大や縮小といった決定は、その規模にもよるが、その企業が本拠をおく国にある本社で最終的に決断されることが多い。各国労使間でいくら協議を重ねても、そもそも現地の経営者にどれほど決定権が委譲されているのかは分からない。本社と対峙しうる労組が、在外子会社の雇用と労働条件に関わることは、社会的労働運動を強化するうえでも重要である。著者はこうした理由から、今日、労働組合は、国境の内と外の両方に対して、規制力を持つことが求められており、そのためにもグローバルな労使関係を構築していく必要があると訴える。 第1章は、先行研究の整理と言葉の定義(「グローバル化」と「国際化」の違いなど)についてていねいに行っている。著者は、グローバル化による負の影響を縮小させるための、1)国際労働力移動、2)国際的な労働規制、(国際労働基準など)、3)国際労働運動の強化の3つのアプローチのうち、国際労働運動の強化に期待を寄せている。また、国際的な分業体制、国際経済や国際資本の動向からみた企業内の労使関係のあり方や人事管理制度といった、「マクロ的な」観点から組合機能を捉え直していくとしている。 第2章では、「国際労働基準の到達点」ということで、現に存在する規制として国際労働基準(多国籍企業に対する国際的なルール)としてどういうものが存在しているかについて述べている。著者はILOの動き、具体的には1998 年のILO中核的労働基準の設定(使用者合意、批准していなくても適用)に産業・企業活動のグローバル化に対する規制力の必要性をみる。第3章では、やっとのことでできた中核的労働基準の遵守さえ心もとないなかで労働組合こそが企業のカウンターパートとして国際的な労働基準を遵守させ、さらに国を越えた労働実態の監視や中核的労働基準に反した行為の是正を行う必要があるとの考え方から労働組合の国際産業別組織が、多国籍企業との間にGFA(国際的枠組み協定)を締結し、中核的労働基準を中心に遵守を宣言するという動きが広がったといった経緯について述べている。 そこで、第4章では、経営のグローバル化に対応した組合運動の先進事例として,ドイツ系自動車メーカー,フォルクスワーゲン社の従業員代表委員会の活動を挙げる。EU では、欧州労使協議会指令により、欧州従業員代表委員会(European Works Council)を設置することが義務付けられているため同会合にEU 域外の国を加える形で組合ネットワークの構築が進んでいる。著者は、GFAを越えた協約も散見される(ダイムラー社「健康と安全原則(2005年)」、VW社「労使関係憲章(2009年)」、VW社「派遣労働者に関する憲章(2012年)」など、労使が国際的に協議し、グローバルに適用されるルール形成の土台へと発展しつつあるとしている。 第5章では、こうした国際連帯強化の動きに対して日系労組がどう向き合っているのかについて、日系労組として自動車完成車メーカー3社と部品メーカー1社を取り上げ、分析がなされている。日本の労働組合は、日本的な労使関係の特徴である密な労使協議の導入、いわゆる建設的な労使関係を海外でどう構築していくのかということについては、非常に積極的に取り組んでいる部分がある一方で、他国の組合活動には「相互不可侵」で、海外での組合運動の組織化とか協約の締結をどうするのかというようなことに対しては、あまり積極的ではない。著者は、そこには日本的な、「先進国の労働基準やルールをあたかもグローバル・スタンダードのようにして、途上国におしつけるのは望ましくない」という考え方があるとする。 第6章では、これまでの事例にもとづく分析がなされている。 終章では、本書の内容をまとめ、残された課題について論じている。 著者は、本書の最後の文で、「とかく理想論に陥りがちな国際労働運動に現実味を与え、その進展の手がかりとなれば幸いである」と締めくくっている。国際労働運動は従前からナショナルセンター、産業別労働組合が担ってきた。そういった国際労働運動のやり方をあらため、企業別労組も、国際的な会合に出席し、他国の労組との活発な交流を通じて、交流を超え、国際労働運動の主体とした活動に踏み出せるよう、その土台づくりからはじめていかなければならないとあらためて思った。 以 上 |