中北浩爾
『自民党―「一強」の実像』

自民党―「一強」の実像

中央公論新社
880円+税
2017年4月

評者:照沼光二(連合政治局次長)

 本書には、すぐれた政治学者が徹底した聞き取り調査などによって得た自民党に関する情報がつまっている。これだけの情報が歴史的・体系的に整理・分析された本書は貴重である。折りしも、森友、加計学園など安倍総理自身に関係するさまざまな問題が浮上し、また、都民ファーストが台頭する中、都議選で大敗を喫するなど、「自民党一強」に綻びが見え始めている。本書はそれを見透かしていたかのように、「終章」で「無党派層が自民党に失望し、民進党をはじめとする野党、あるいは新たなポピュリスト政党に期待が向かう事態が生じれば、現在の自民党一強と呼ばれる政治状況は、急激に転換する可能性も秘めている」と予測している。自民党がいかなる政党であるか、それと対峙するうえで何が必要であるかを概観するにあたり、欠かすことができない一冊である。

 第1章では、自民党の派閥の系譜とこれまで果たしてきた役割、また、その衰退の要因と現代的に有している機能を分析・解説する。本書に書かれているとおり、中選挙区制のもとでは、派閥の異なる候補者が政策を競い合うことで、自民党それだけで幅広い選択肢を有権者に提供してきた面がある。しかし、中選挙区制は金権腐敗の温床との批判を浴びるようになり、加えて、政権交代可能な二大政党制を志向する動きの中で小選挙区制が導入されることになる。
 小選挙区制のもとでの一騎打ちの状況では互いに違いを際立たせなければならないため、主張が両極化しがちである。特に最近はその傾向が強く、無党派層の増加と投票率の低下を招いている要因の一つと考えられる。なお、最盛期の自民党の派閥は「党中党」と呼ばれ、それによって多様性が確保されていたが、いまではそのような派閥機能は失われていると著者は指摘する。
 ところで、ここで提起されている論点は自民党に限定されない。価値観の多様化と言われて久しい現代にあって、事実上政党のような塊を党内に複数内在させるのか、あるいは実際に複数の政党が連携・連立するのか、国民の代表である国会議員とそれによってつくられる受け皿はどうあるべきなのか、連合が主張してきた二大政党“的”体制の意味も含めて深く考える必要がある。

 第2章では、派閥が衰退する中で、総理・総裁の権力が人事を中心に増大している現状を明らかにしている。第一次安倍政権は「お友達内閣」と揶揄され、閣僚の辞任が相次ぐ中で短命に終わった。第二・三次政権では、派閥間のバランスをとりながら、一方でライバルになりそうな人材の取り込みをはかるというかたちで、第一次政権の教訓が大いに活かされた、巧みな人事が行われていると著者は評する。
 しかし、その結果、「自民党はモノを言わなくなった」という声が聞かれるようになる。郵政民営化に反対する議員を抵抗勢力に仕立て上げ、異論も含めて徹底的に議論をたたかわせた小泉純一郎氏との比較において「安倍総理にはそこが欠けている」と指摘する声もある。結局、第二・三次政権でも「お友達」の弊害が露見する中、最近でこそ、内部からの意見がメディア等で報じられるようになったが、長きにわたって異論が出なかったということは、それだけ安倍総理・総裁の人事が功を奏していたということであろう。

 第3章では、事前審査制の仕組みと官邸主導との関係における変化、また、同じ官邸主導でも小泉政権と安倍政権の違い等を明らかにする。実は、民主党の2009年のマニフェストでも「鳩山政権の政権構想」に「各省の縦割りの省益から、官邸主導の国益へ」とある。この構想は、民主党内部の権力争いもあって、うまく機能せず、結果的には財務省主導に終ってしまった感がある。著者は、自民党は3年3ヵ月の野党時代に民主党政権の失敗をよく分析し、その後の教訓にしたこともあって現在の自民党があると分析する。そうだとすれば、民進党もいつか再び政権を担う日のために、安倍政権の官邸主導のどこに問題があるのか冷静に分析・整理しておいた方がよいであろう。
 なお、官邸主導が可能になってきた原因として、著者は族議員の弱体化を指摘し、「小選挙区制では、選挙区内のあらゆる要望に対応しなければならない。その結果、族議員の底が浅くなった」と、ここでも選挙制度改革の影響を挙げる。小選挙区制で公認を得られるのは一人のため、有権者にあらゆる角度から投げかけられる課題が得意分野ではなかったとしても、「全く知らぬ存ぜぬ」では済まされない。その結果、どうしてもゼネラリスト的な資質が求められる。しかし、国会はまさに国民生活に直結する中身を決めているわけで、わかりやすさも重要だが、一方で議論の深堀も不可欠である。その意味ではスペシャリストの養成は与野党共通の重要な課題である。

 第4章では、国政選挙で4連勝中の安倍自民党の強さを検証する。著者の分析でとりわけ興味深いのは、絶対得票率が低迷している一方で、相対得票率が伸びている点である。小選挙区制のもとでは、投票率が仮に50%前後で推移し続ける場合、常にその半分強の票を獲得すればよいことになる。そのため、弱体化しつつあるとは言え、支持地盤が強く、また、公明党の固定票を当てにできる自民党はやはり強いということになる。もちろん投票率は高いに越したことはないが、民進党はいきなり欲張って100人の有権者から51票を獲得することをめざすのではなく、どのような状況であろうとも“まずは26票を安定的かつ着実に絶対得票できるようにするためにはどうするか”を真剣に考えるべきではないか。

 第5章では、以上の点ともかかわって、自民党がいかに友好団体を大切にし、党員の管理・対策を徹底しているかがよくわかる。翻って、自分は民進党のサポーターだが、どのような位置づけとされているのか、正直、代表選以外でサポーターであることを実感する機会はない。厳しい中にあっても支えようという人たちのせっかくの意思をどのように党運営に活かすのか、あるいは一番大事な選挙の時にどのように活用するのか、という点では、自民党の方がはるかに優勢である。
 続けて、第6章では、自民党がわずか3年3ヵ月で政権奪還に成功した最大の理由である、地方議員が中核を成す地方組織の強靭さに迫る。本書のグラフで見るとよくわかるが、自民党優位の地方議会の構成は、この4半世紀の間、ほとんど変化が見られない。また、自民党の場合、各級議会の議員や自治会役員など地元の有力者と各種業界団体等で構成される個人後援会が以前ほどではないにしても強力な基盤となっている。一方、民進党の場合、総支部長は原則現職国会議員か公認候補とされているため、国会議員が減れば総支部ひいては県連が弱体化し、地方議員も出しづらくなる。結果、地方政治における民進党の存在がなくなり、そのことが国政選挙で勝てない悪循環となっている。そのため、著者は本書以外のところで、民進党に対し、「地方議員を中心とする地方組織の強化」「議員の個人後援会の拡充」「党員・サポーター制度の改革」という地道な組織強化の必要性を説いている。

 終章では、改めて小泉氏と安倍総理のバックグラウンドや政治手法の違い等を解説する中で、現在の自民党と日本政治の今後を俯瞰する。著者は、テレビ等を通じて劇場型政治を印象づけることで無党派層へのアピールをはかった小泉氏に対し、安倍総理はポピュリストとは言い難いと分析する。安倍総理の主要敵はリベラル色の強い民主党・民進党であり、事実、過去4回の国政選挙における訴えの多くはそれとの対比であった。
 しかし、敵をたたいて内を固める方法では、敵が弱ければ引き締めにはつながらないし、そもそも内自体を大きくしていかない限りいずれ行き詰る。安倍政権打倒を旗印としてきた民進党と、民進党の存在をテコとしてきた安倍政権。ともに支持率が低迷する中、次の政治的モチベーションをどこに見出すのか。本書はそのことをといかけているように思われる。
 以上のように、本書は小著ではあっても、自民党そのものを対象としつつ、現在の日本政治のあり方に深い課題をつきつけている。ただ、本書の特徴は、自民党の組織構造を中心にして論議されており、国民生活にかかわる課題や、安全保障・国際関係にかかわる政策上の論点については深堀されているわけではない。この点については、われわれ自身があらためて論議すべきことである。


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