常見陽平
『僕たちはガンダムのジムである』

僕たちはガンダムのジムである

日経ビジネス人文庫
850円+税
2015年12月

評者:西野ゆかり(連合広報・教育局長)

 世の中は1%の「すごい人(ガンダム)」ではなく、99%の「その他大勢(ジム)」が動かしている・・・。
 本書は、リクルート、玩具メーカー、コンサルティング会社を経てフリーになり、雇用・労働、キャリア、就活などをテーマに執筆されている常見陽平氏の著書。普通のサラリーマンの在り方を「機動戦士ガンダム」(日本の人気ロボットアニメ、1979年から放映)に登場する、量産型ロボット兵器「ジム」に例えて考察している。
 多くの人が「職場」という「戦場」で、自分の将来像が描けず、不安がつきまとう毎日を送っている。そしてこれまで自分は「主役のガンダムだ」と信じてきたのに、職場では実は「ジムだった」と気づかされていく。ジムは決して性能は悪くないが、突出して良いわけではない。ジムではだめなのだろうか?いや、ジムでいいんだ。世の中はできる人、意識の高い人ばかりで動いているのではない、普通の人で動いている。すごい人間にならなくていい、ジムであることに誇りと責任をもとう。上を向かずとも前を向いて進もう。徹底的に生き延びてやろう・・・著者は、地道に働く人たちへ光をあて、熱くエールを送っている。「機動戦士ガンダム」を全く知らなくても、常見ワールドにひきこまれていく。職場から逃げだしたい人、自分の居場所がみつけられない人、すっかり自信をなくしている人、言いようのない焦りにかられている人に、ぜひ一読いただきたい一冊である。
 ところで、あなたはガンダム?それともジムですか?

<私たちの職場は今?私たちは生き残れるのか?>
 第1章では、社会や職場が今どのような厳しい状態にあるのか、洗い出している。
 非正規雇用者の不安定な生活、新卒無業の若者、やりたいことができず躁鬱が激しい会社員の日々。長時間労働、時間に余裕がないため恋愛すらできず、未婚化、少子化に歯止めがかからない。親父にもぶたれたことない人が殴られ、なじられパワハラは日常的な風景だ。ストレス耐性が高くても鬱になる。ビジョンを描けず、決められない、成果を出せない、人間的魅力が感じられないリーダー不在の職場。そこは劣化し、軋み、安全ではない。職場は諦め感で一杯になっている。
 さらに、正社員が担当していた業務が派遣社員やアウトソーシングに置き換わり、給料も成果主義に移行、半年後、一年後に自分がどうなっているのかわからない、自分は生き延びることができるのかという不安が今日も私たちを襲ってくる。
 自分は生き延びることができるのか・・・みんながこの問いかけと戦っているはずではないだろうか。

<そもそも「ガンダム」ではないことに早く気づけ!>
 第2章では、自分たちがどうやっていつの間にかジムになっていくのかを解き明かす。
 実は私たちは、仕組まれた自由の中で希望の幻想に踊らされ、自分が主人公であるかのように勘違いしているだけなのだ。受験に成功し、有名大学に入り、自分はガンダムだと思い込む。しかし学生たちは就活において企業の求める人物像に自分をあわせていく。入社後は「やりたいこと」ではなく「やらなければならないこと」だらけで、型にはめられながら、やがて会社人間になっていく。企業は個人を飲み込みつつ、その個人をまるで主役であるかのように演出し、いつしか頑張っている自分に酔うことになる。うすうす自分は普通の人ではないか・・・と感づきながらも、「すごい人にならなければいけない」とういう強迫観念から不安が止まらない。ジムである自分が許せなくなり、そこから迷走が始まる。その他大勢から抜け出したいため、焦燥感満載の自分探しや自分磨きが止まらない。
 しかし、ここで立ち止まって考えることが必要だ。実は自分はそもそも主役のガンダムではないのだ。そして、世の中は1%のガンダムではなく、残り99%のジムのような普通の人で動いている。いくら名経営者がいても、ジムがいなければ世の中は動かない。そのことに早く気づき、長い人生のキャリアアップや成功の評価は、短期・中期・長期で考えなければならないと私たちに問いかける。

<普通の人の「人生戦略」とは>
 第3章では、私たち普通のジムは、ではどうすればいいのか、自分の存在価値を再認識する必要性を筆者は次のように訴えてくる。
 キャリアについて考え、悩むことは大事だが、自分を虚心に直視し、会社というステージで活躍できる可能性を模索してみるべきである。仕事とは、価値の創出と提供により対価を得る行為だ。こんな時代だからこそビジネスの基本に立ち返り、自分に期待されていること、得意なこと、楽勝で高い成果を出せることで勝負すべきだ。頼まれた仕事は天職だ。どんな単純作業でも目的があり、改善の余地がある。どうすればより顧客や関係者に喜んでもらえるか、効率化できるか、仕組化できるかを考えろ。みんなを巻きこめ。評価もよいが評判をアップさせろ。「デキる人」に憧れるより、社内で愛されている普通の先輩を参考にすべきだ。カッコ悪い自分を恥じるな。自分の価値観、強み、思考回路、行動特性を再認識しろ。そして失敗体験から学ぶことこそ大事だ。やらされた仕事が自分を強くする。安易な転職は決してすすめない。転職には罠がいっぱいある。そして労働法で自分を守れ。複数のソースから情報を得ろ。幸せを客観視しろ。小さくても確かな幸せが大事だ。帰れるところである居場所をつくれ。つながる力で立ち向かえ。筆者からのエールが止まらない。

<おわりに>
 本書は、常見氏の経験をもとに書かれている。すなわち、自分はガンダムだと信じていたのに、社会に出て実はジムだったことに気づかされ、あがき、苦しみ、転職し・・・そんな中で、ジムが世の中を動かしていることを悟り、人生戦略を練り直して今に至るのであろう。自分と同じように苦しんでいる20代から40代の人に手を貸したいとの思いが紙面からあふれ出ている。
 しかし私は、そもそも筆者のように、自分を主役だの英雄だのと思ったことがない。誰がどう思おうと、自分の人生にとって自分はガンダムであり、社会の中では自分はジムである。ジムの何が悪いのかと思っている。配置転換、組織の合併、上部団体への派遣があっても、自分の居場所を愛し、与えられた仕事は、精一杯愚直にやってきたつもりだ。筆者からのエールが、(言い方は悪いが)重苦しくさえ感じる。しかし、それは私がたまたま筆者からのエールを必要としていないからだろう。だが私の周りを見渡すと、高学歴ながら自信を失っている人、仕事を楽しめない人、不安から抜け出せず苦しんでいる人が実に多い。そんな彼ら彼女らの心の底が理解できていなかったことに気づかされた。本書を読んでようやくその心の底に一歩近づけたような気がしている。世の中はジムが動かしていることに気づき、ジムであることに誇りと責任を持てたら、多くの傷んだ職場がもっと救われるかもしれない。また筆者は言及していないが、ジムは決して一人ではないことにぜひ気づいて欲しい。ジムとジムが協力し、手を携えて問題の解決に向かえば、実はガンダムよりも強いのかもしれない・・・それこそ労働組合スピリットである。その点をあえて補足した上で、職場で悩みを抱えている人だけでなく、悩みを抱えた人をどうしたら受け止められるか悩んでいる人にも読んでもらいたい一冊である。


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