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川喜多喬 |
新翠舎 評者:麻生裕子(連合総研主任研究員) かつてユニオン・アイデンティティ(UI)の議論が流行したが、現在ではほとんど聞かれなくなった。本書は、1980年代後半から1990年代にかけて、UIの論者の一人である著者が労働組合や行政などの機関誌に執筆したり、講演をしたりした内容をまとめた記録集である。その内容は、UIをめぐる議論が中心であり、重複感は否めない。同時に、労働組合論を展開するうえで前提となる経済環境が20、30年前と現在では大きく異なる。 本書は4部構成となっている。第1部「問題提起と提言」では、「『労働組合らしくない』をめざそう!」「ユニオン・アイデンティティの勧め」など複数の短編の寄稿を掲載している。第2部「講演記録 組合も起業家精神を」では、「労働組合も起業家精神を:ユニオンアイデンティティ十年の教訓」と題した長い講演録が掲載されている。第3部「講演記録集」では、「ユニオン・アイデンティティを考える」「これがユニオン・アイデンティティだ」などのさまざまな組織で講演した記録を掲載している。第4部「論考編 世紀末労使関係の転換」では、ある研究雑誌への連載をまとめている。 これらのタイトルからもわかるように、本書の中心的テーマはUIである。1980年後半から90年代という時代も、現在と同じく、労働組合組織率の低下や組合員の組合離れが問題視された。当時流行していたコーポレート・アイデンティティ(CI)に倣って登場したのがユニオン・アイデンティティ論であった。そのまま直訳すれば、労働組合の存在意義ということになる。著者はそのアイデンティティを「個性づくり」と位置づけ、画一化された企業別組合の組織、運動のあり方を変革することを提唱する。本質部分をすぐに変えるのは難しいので、旗やゼッケン、歌など「できることから何でもすればよい」というのが著者の主張である。現状の問題点をみんなで総点検し、変える必要がなければ変えないのも個性であるという。 それでは具体的に労働組合という組織をどう変えるのか。著者はさまざまなアイデアを提起している。 運動スタイルの変革、要求のあり方についても、著者は重要な指摘をしている。毎年の春闘の準備、実施、後始末に追われて、他のことができなくなっているのではないか、労働者の職業生活の質的な向上、たとえば、ゆとり、仕事のしやすさ、情報の流れぐあい、公平な扱いなどを確保するという、数字に表しにくい要求をもっと重視すべきではないか、数字に表れない労働条件の変化を大切に追いかけるべきではないかという。 UIをめぐる著者のさまざまな提起は、現代にもつうじる労働組合の問題点を浮き彫りにしているという意味では賛同できる。たとえば、一人ひとりの組合員の意見は意思決定の場に反映されているのだろうか。こうした組織内民主主義の問題は、誰もが気づきながらも直接的に触れられてはこなかった。自分の意見を率直に言えるような組合のあり方が望ましいという著者の主張はそのとおりである。 数年前、連合は、若者たちにもっと労働組合に関心をもってもらえるように、マスコットキャラクターを作った。これも一種のUI運動だといえよう。ただし、これはとっかかりにすぎない。これで満足してはいけない。大切なのは、その次の段階として労働組合の組織のあり方、運動スタイルをどう変えるかをしっかり議論することだと思われる。 |