小池和男
『なぜ日本企業は強みを捨てるのか-長期の競争VS短期の競争』

なぜ日本企業は強みを捨てるのか-長期の競争VS短期の競争 表紙

日本経済新聞出版社
2,800円+税
2015年2月

評者:金井郁(埼玉大学経済学部准教授)

 本書は、長期の競争を促しそれを確保する諸条件を明らかにしようとする。その前提としてなぜ短期ではなく長期の競争を促す必要があるのかについて吟味する。真の競争力向上の源泉はイノベーションであることは共通認識だといえよう。このイノベーションには「突破型」と「改良型」があるといわれており、シュンペーターのいう「非連続な」イノベーションにあたる「突破型」に注目が集まる。しかし、筆者はむしろ改良型の方が「経済的成果をもたらす革新」であり、改良型革新こそ注目されなければならないという。「突破型」は少人数の英雄たちの手によるものだが、「改良型」は組織の中の大勢の人たちの働きによる。競争を左右するのは生産性の向上であり、それを高めるのは改良型技術革新であるという認識だ。

 そこで本書はまず、様々な産業についてa.その産業のイノベーションを生み出すにはどのようなプロセスが必要か、b.どれを担う人材をいかに形成するか、それらは短期の方の効率が高いのか、それとも長期の視野を持たないと無理なのかを検討することで、真に生産性をあげ、競争力をあげるには、どのような人材が必要か、その形成には長期を要しないのか、長期の視野が欠かせないのかを探る。具体的にはコンビニエンスストアの革新(2章)、ソフトウェア開発(3章)、生産ラインの設計と構築(4章)についてである。
 そのうえで、それを壊そうとする動き、短期を重視するファイナンスの仕組みと人材形成(第5章)と企業統治の議論(6章)を検討する。これらを踏まえて、終章で長期の競争を促しそれを確保する諸条件を明らかにする。

 本稿では事例検討から「コンビニエンスストアの革新」を取り上げ若干の考察とコメントをし、長期の競争を促しそれを確保する諸条件についての筆者の提案を紹介したい。そのために筆者独自のとらえ方をする企業統治の利害関係者論についても紹介する。

 本書では、日本のコンビニについて、小口、多頻度仕入れ、非廉価販売という最も革新的なビジネスモデルを作り上げてきたと指摘する。これを効率的なビジネスモデルにしたのが「共同配送方式」であり日本のセブンイレブンが成し遂げた「改良型革新」だという。日本のセブンイレブンは先行する事例から多くを学んでいるにもかかわらず、なお相当の独創、工夫を要し、1974年の1号店発足以来15年近くを要して共同配送方式が確立した。このプロセスを筆者は「改良型革新」とし長期を要する例だという。コンビニの企業活動を支えた中核人材の形成を検討すべきだが先行研究がないということで、スーパーマーケットの人材形成の国際比較研究で代用する。しかしこれでは、日本のセブンイレブンの改良型革新には長期を要することは示されたが、筆者自らスーパーマーケット産業は「改良型革新」を生み出しているわけではないと指摘しており、それを担う人材については検討されていないと言わざるを得ない。
 スーパーマーケットの人材形成についてもコメントをしたい。筆者は、日仏比較をした先行研究から本部への集権化か店への分権化かによって、スタッフの人材形成方式に大きく影響しているといい、特にキャリアの幅について仏の管理職候補出身者が最も広く、次いで日本の大卒、最後に仏の一般従業員のように整理する。そのうえで、店の特性、店の商圏に合わせた対応をより上手にこなせる人材が日本の店ではより多いと指摘する。しかし、それを指摘するには、なぜ他地域などの経験が店の特性や商圏に合わせた対応をより上手にこなせるようになるのかについての考察が必要ではないだろうか。
 さらにグローバル競争の中では、店の権限を多少とも認めることで個々の商圏の特性に対応していく方向が必要となり、日本流通企業の中堅層を重視する動きは、おそらく海外でも推進されるという。しかし、各企業間で違いはあるものの、おおよそ8割以上が店舗間異動のないパートとなった現在、日本のスーパーマーケット産業が中堅層を重視する人材育成を行っているといえるのであろうか。近年のGMS産業の業績の落ち込みは、筆者の解釈では、この中堅層重視を放棄したからということになるのかもしれないが。

 企業統治の議論を検討するのは、株式会社をどのような人が運営しているのか、長期の視野なのか短期の視野なのかそれを見なければいけないからであるという。企業統治論には大きく株主主権論と利害関係者論があるが、利害関係者論に立ちながら筆者は独自の考え方を披露する。それは、企業の運営への発言力は、その重要な利害関係者の企業の長期業績への貢献の大きさとその業績が悪化し衰退はては消滅したときの損失の大きさに基づくという。このような視点に立ち、株主については、小株主は出資額のみの損失だから少なく企業業績が悪いと見るやすぐに株を売り払うから重要な株主とは言えず、大株主はそうはいかないために大株主については重要なステークホルダーだとする。顧客・地域、資材・部品の供給者についても貢献と損失という面からは重要なステークホルダーとは呼べないという。一方、職場で発言力のある従業員となれば長期勤続者が多く技能も高く会社への貢献が大きく企業の成長が遅くなると大きな損失を被るため重要なステークホルダーだという。経営者は戦略を構想し推進していく重要なステークホルダーとする。総じて、企業の長期の競争力を高めるためには経営者、大株主、従業員の中堅層、この3者の発言を尊重することが必要だと指摘する。
 そのうえで、長期の競争をいかに確保するか、その要件、そしてそれを実現する方策については、マイケル・ポーターの議論を下敷きに吟味する。対策1として長期の株主重視策を示す先行研究に賛同しつつほとんどの国に先例がないため、対策2の役員会へ従業員代表を送るという提案をより重視すると結論づける。長期の業績にもっとも直接影響するのは、それぞれの企業資金配分で、短期の業績を重視し当期の配当をふやすか、それとも長期の競争力の礎、研究開発や設備投資に費用を投じるか、それを決めるのは企業の役員たちである。まさにその決定の場に従業員代表を少数ながら送り込むことが肝要だという。長年その企業に働き、そこに職業的生涯をかけてきた人たちは長期の競争力を希求し、競争力向上の具体的な方策にそれなりの知恵を持っている人も多い。従業員代表は社長に選ばれるのではないため、現状の役員とも異なる存在である。また社外取締役のように外の人間は事業の知識に乏しいが従業員代表はよく企業を知り経験、知識も豊富でメリットがあるという。
 長期の競争を促していくための具体的な提案として従業員代表を役員会へという議論は非常に興味深く読んだ。ただし、現在の日本の職場レベルでの非正規従業員比率の上昇や要員削減などは、特に大企業で労働組合があるところでは、労使協議など組合との協議を通じてきめられ促進されてきた側面がある。これはコスト削減圧力に対して労働組合も短期の視野から承認してきたケースが多いといえるのではないか。このことを踏まえるならば、従業員代表を役員会に送る際、従業員の中堅層が長期の競争力を希求し発言するにはどうしたらいいのかも検討されるべき課題といえる。


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