岩波新書
780円+税
2015年7月
評者:柳宏志(連合総研研究員)
興味深い数字がある。過去3回の国政選挙の比例区で自民党に投票した人は、全有権者の2割にも満たないという。にもかかわらず、安倍政権は、衆議院で3分の2、参議院で過半数の議席を確保し、根強い反対論がある特定秘密保護法、集団的自衛権、原発再稼動などの争点で強硬な姿勢を取り続けている。日本の政治は、なぜこのようなことになってしまったのか。
短期的な観点では、民主党が挫折し、権力をチェックするバランスが崩れたことや、投票先の受け皿がなくなって投票率が低くなれば自民党が勝てる選挙制度の問題などがあげられよう。しかし本書は、もっと長期的な観点から、過去30年にわたって日本政治が右傾化を続けてきた帰結であると説く。いまやその終着点として、首相官邸に集中した権力は抑制が効かなくなり、立憲主義をはじめとした自由民主主義の制度やルールを切り崩し、個人の自由や権利をむしばむ「反自由の政治」になってしまった。
かつてないほどに政治バランスが崩れた現状から、右傾化に対するカウンターバランスを再構築するためには、リベラル勢力と左派勢力が再生して連携をはかるほかない、というのが筆者の考えであり、「リベラル左派連合」の再生に向けた3つの条件を提示する。
上述のように、本書は、日本政治の右傾化という観点から、いわゆる55年体制の成立以後、今日にいたるまでの政治を概観し、中曽根、小沢、橋本、小泉、安倍といった政治リーダーが右傾化を主導してきたこと、言い換えれば、世論の右傾化に政治が追従したわけではなかったことを示す。
むろん、右傾化は単線的には進まず、振り子のように揺り戻しを重ねた。土井たか子が率いた社会党の躍進、村山首相を擁した自社さ政権、民主党政権などがそれにあたる。だが、揺り戻しは限定的なものにとどまり、再び振り子が右に振れるたびに振り子全体が右にずれるようにして、いっそうの右傾化が進んでいった。
こうした右傾化は、旧来の右派がそのまま強大化したのではなく、新しい右派へと変質していくなかで生じた現象であるというのが本書の特徴的な視点である。筆者のいわゆる「新右派転換」は、おおまかに言えば、「政治の自由化」として始まり、自由主義的な国際協調主義の高まりで幕を開けながら、いつしか「反自由の政治」をもたらし、偏狭な歴史修正主義を振りかざすパワーエリートによる寡頭支配へと帰着してしまった。本書が、「新右派転換」という切り口で戦後の日本政治を端的に整理し、その変質のプロセスを追うさまは、じつに明解で読み応えがある。
筆者によれば、「新右派転換」による政治の右傾化は世界的な潮流であり、日本に限った現象ではないのだが、民主党の挫折によって、新右派勢力を抑制する政治勢力を欠く日本の現状は、諸外国に比べていっそう深刻である。
民主党政権について、筆者は、政権与党に反対し競合する政治勢力を許容し、ひいては政党間競争を常態化させる「政治の自由化」に資するものであったと評価する一方で、新しい政権党を支える民衆的基盤の交代や拡充の面で進展があったわけではなく、「民主的刷新なき政権党交代」にすぎなかったとして、そこに失敗の原因をみいだす。民主党が強固な民衆的基盤をもたなかったために、官僚や財界の抵抗を受けると、「国民の生活が第一。」という指針を守りきれず、「柔らかな支持」を一気に失った、というわけである。
右傾化の歴史と民主党の蹉跌を踏まえると、リベラル勢力と左派勢力が再生して相互連携をはかり、民主的刷新と自由化の二兎を追うほかにオルタナティブの形成は望めない、というのが筆者の結論である。本書では、「リベラル左派連合」再生への道筋を詳細に論じてはいないが、その基礎条件として「小選挙区制の廃止」「新自由主義との訣別」「同一性に基づく団結から他者性を前提とした連帯へ」の3つをあげる。
とくに、3つめの新しい連帯のあり方については、「個人の自由と尊厳にもとづく社会運動を基盤としてはじめてリベラル左派からのオルタナティブの構築が現実のものとなる」と述べたうえで、かつては競合した運動体が過去の経緯を乗り越えて共闘する事例などをあげて、左派運動のあり方の転換を求めている。これは、労働組合にとっても傾聴すべき示唆深い指摘だと思う。
筆者が考える「リベラル左派連合」再生の3つの条件は、制度や組織にかかわる部分も大きいが、結局のところ、政治のあり方を決めるのは、わたしたち一人ひとりの投票行動であるのはいうまでもなく、2014年衆議院選挙の投票率が戦後最低にとどまったことが、現在のような著しくバランスを欠く政治状況をもたらした一因とみることもできる。本稿掲載後まもなく参議院選挙が行われる。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられてから初の国政選挙だ。本書は、日本政治の過去を振り返り、現在を考え、将来を展望するために、今こそ、ぜひ手にとってほしい1冊である。
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