山下祐介/金井利之
『地方創生の正体―なぜ地域政策は失敗するのか』

地方創生の正体―なぜ地域政策は失敗するのか 表紙

ちくま新書
900円+税
2015年10月

評者:山根正幸(連合企画局次長)

 本書は社会学、行政学の立場からの対論を中心に展開していく。これまでの国による地域政策がなぜ「失敗」してきたのかを考察しつつ、今の「地方創生」「震災復興」のいずれも同じ轍を踏みかねないと警鐘を鳴らす。
 地域の再生を願う住民の思いとは裏腹に、経済の低成長化や財政問題を背景にした国の「選択と集中」方針のもとで自治体が巧みに競争させられ、自治体の機能が低下していく。そうした構造的な問題が議論によって浮き彫りにされていく。
 本当の危機は「人口減少」ではなく「ガバナンスの消滅」にこそある。地域におけるガバナンスをいかに守るか。地域で働き生活する者の当事者意識を問う一冊だといえる。

 本書は、行政学者の金井氏と社会学者の山下氏の対論を中心に、「地方創生」「震災復興」に関わる政策の考察・批判を通じて、国・自治体・市民の関係性、さらには地域社会で生きる人々は、国の地域政策にいかに対応すべきかを考える視座を提供している。
 本書は4つの章で構成される。第1章では、双方からの論点提起がなされる。金井は、「震災復興」と「地方創生」における自治体の計画策定を批判的に考察する。「地方創生」では、人口減少下での財政制約を背景に、国は自ら政策を提示することなく、自治体に出させた数値目標を交付金のコントロールのために使い、自治体間の「共食い」を煽ろうとしている。まちづくりの成功例の多くは地域・自治体内からの内発的なものであり、それらに便乗した国の方針に従うだけではうまくいかない。自治体にとって必要なのは、国が決めた土俵に上がることより、人口減少を前提にした地域社会のあり方を住民が主体的に考え、自治体や首長を後押しすることだという。
 山下も、地域崩壊、人口減少の原因は過度な競争にあり、「地方創生」は「選択と集中」路線かつ排除の論理であり、中央目線で地方だけに変化を求めるものであると指摘する。そのうえで、地域の自治・協働・多様性を保障することが大切だという。
 この中で2人は、現住人口だけを評価するのではなく、地域が果たしている様々な役割を評価軸にした交付金の配分が必要と指摘している。

 第2章は、なぜ、国による地域政策は失敗するのか、各当事者間で生じる「ズレ」について議論する。震災復興において、住民の意向は刻々と変化し、計画との間にズレが生じる。しかし、市町村や県は、計画を策定しないと国からの補助が受けられず、交流人事による国や県の影響も受けながら、たとえ実態に合わないとしても、その意向に沿って絵を描かざるを得なくなる。このように国、県、市町村、住民の当事者間に存在する思惑のズレが調整されないまま、ある方向からの政策意思が強く働き、本来住民のためであるはずの趣旨から、縁遠い政策が進められてしまうことを指摘する。

 第3章では、なぜそのような構造になるのか、地域社会と国家や政治の関係について議論が進む。山下は、「地域連携」「活性化」の名のもとに、地域が国や市場のために利用されはじめているのではないかと疑念を示す。それに対して金井は、戦災復興や災害対策など、公共事業の構造に一貫して流れる問題だと応じる。そのうえで金井は、地域では建設業の縮小や高齢化で公共事業の消化余力を失っているのに、中央レベルでは従来型の「土建国家型」の政策に代わる処方箋を持っていないことに問題があるという。また、高度成長から安定成長に移行する中で、財政硬直化と国民の租税抵抗が地域間競争に拍車をかけるとも指摘する。
 ここで金井は、地方創生の真のねらいは地域間格差の是正ではなく、国の政策を切り捨てられる側の地方圏によって支持させることで、選択と集中、地方切り捨てをカムフラージュすることであり、それは支持基盤を地方から大都市圏に移そうとする自民党の戦略ではないかとさえ指摘する。
 山下は、このままでは国、自治体、住民間の相互不信から、道州制などの自治体再編論が再燃すると懸念し、金井も、自治体再編は住民に近い意思決定の主体を失い、「特定の私利私欲」の肥大化を許すだけになると危惧する。

 第4章では、それまでの議論を踏まえ、自治体は誰のために存在するのか議論している。2人は、自治体は「住民のため」にあるという概念は、一見当然のようにみえて、実は非常にもろいものだと指摘する。金井は、いまの「地方消滅」論は、自治体が住民のために存在するという前提を無視した東京からの目線であり、地方の中枢都市だけが生き残っても地域住民には何の意味ももたないと批判する。山下は、自治体には自己決定権と国の統治機構の末端の両面があるが、「地方消滅」論議で国のコントロールが強化され、自治体が本来持つ機能が顧みられなくなることに懸念を示す。
 そのうえで権力やガバナンスのあり方へと議論が移る。金井は、権力分立によるチェック・アンド・バランスやコンセンサス形成の重要性を再認識すべきだと説く。この間の内閣の権限強化や市町村合併が、時間をかけて自治体の国に対する異議申し立てを困難にしており、それがリバタニアリズムの台頭・強者のための国家の暴走につながるおそれがあると述べたうえで、それを抑えるためにも国と地方の多元的な権力バランスが必要だと説く。山下も、地域・自治体を尊重する国家統治でないと国がもたないと応じ、ガバメント(政府)なき社会は持続せず、市民によるコミュニティ・ガバメントを追求することが各自治体に求められていると述べる。

 両者の立場が近いこともあり、時折同じ議論が繰り返されるように感じられる点や、処方箋が必ずしも具体的に示されていないことには物足りなさが残る。とくに、全体を通じて批判の対象が中央サイドに集中しているように見受けられるが、一方で、地域や住民の側にこそ考えなければならない課題はないのだろうか。あるとすればどう克服すればよいのか。この辺りについての問題提起や深掘りした議論も望まれる。
 いずれにしても、国からの政策だけに頼るのではなく、住民みずからの意思で課題を発信し、解決のサイクルを回していかない限り地域再生は画に描いた餅で終わる。そのためにも自治体首長のリーダーシップと、それを後押しする住民が自らの問題としてフォロワーシップを発揮することが求められる。これは「言うは易し」の課題であり、地域で働き生活する当事者の集団である労働組合としても考えなければならない。そのことを再認識させる本である。


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