三浦まり
『私たちの声を議会へ 代表制民主主義の再生』

私たちの声を議会へ 代表制民主主義の再生 表紙

岩波現代全書
2,500円+税
2015年11月

評者:前田藍(連合総研研究員)

 本書は、代表制民主主義の機能不全はなぜ生じるのか。また、どうしたら立て直すことができるのかという問いから出発する。
 最初の手がかりとして、第1章では「代表とは何か」という概念から紐解き、第2章では代表性民主主義を適切に運営していく上で鍵となる政党に焦点を当て、本書のテーマである代表性民主主義の機能不全と再生をめぐる問いを政党政治にも投げかける。そこには憲法をめぐる明確な対立軸が存在した55年体制を経て、新自由主義が台頭した90年代に入り、政党対立軸の消失が分配/再分配の政治を困難なものにしたと指摘している。
 立ち位置を示せず、価値観を対立し合わない政党に、有権者の政治参加への意欲は希薄化していく。第3章では、わたしたちの政治参加の回路も「合意形成型民主主義」から「多数決民主主義」へと縮小したことで、代表性民主主義の機能不全に拍車をかけたと指摘する。第4章では政党間競争の消失や政治参加の縮小による変化が私たちの生活にどのような影響をあたえたのか福祉国家の機能減退から読み解いている。第5章では、これまでの議論を踏まえ、代表制民主主義の再生への道のりとして、選挙とデモ以外の参加の回路が必要としている。具体的には「代表される人」と「代表する人」を隔てる溝を埋めるため、質の高いコミュニケーションによる「代表するべき内容」を発見し、「多様性」を取り込むプロセスが必要であると論じている。

諦観を乗り越える

 本書は、代表性民主主義の概念から入り、政党の変容、政策合意過程のパワーシフトを解説した上で、わたしたちの生活に直結している社会保障がニーズと背反していくのはなぜなのか徐々にスコープを絞っていく。これにより、政治がきわめて身近な存在であることを再認識させてくれる。
 折しも、アメリカでは大統領予備選のまっただなかである。アメリカを始め民主主義に則る先進国の多くにおいて、民主主義の侵食は共通の課題ともいえる。アメリカ大統領選においてもこれまでは考えられなかった異色の候補者が周囲の予想に反して善戦しているニュースに、自国の出来事のように関心を寄せている読者も多いのではないだろうか。11月に誕生する新たな大統領が誰であっても、同様の波はいずれ日本にもくるだろう。あるいは、すでにきているのかもしれない。上位10%の富裕層の声だけが届く「金権主義」が進めば、グローバルで進行する経済格差はより強固なものとなり、社会の不平等はさらに進行するであろう。
 とはいえ、本著のタイトルでもある「私たちの声を議会へ」という叫びに、どれほどの人が希望を見出せるのであろうかと諦観が心を支配する。不安定な処遇で働くことを強いられる非正規雇用労働者の生活や、働く意欲をもちながらも出産退職に追い込まれる女性たち、依然として家族に重くのしかかるケア責任に対して、明確なプレゼンスを発揮している政党があるだろうか。同一労働同一賃金の実現や女性の活躍推進、待機児童ゼロなど、誰もが希求する方針を打ち出しても、有権者の心が沸き立たないのはなぜか。わたしたちは、今日、社会問題として認知されている様々な課題を解決するため政治を諦めてしまってはいないか。

参加回路の開発

 本書を読み進めるうちに確かなものへと変化したのは、それでもわたしたちには民主主義があるという思いであった。民主主義の最大の利点は間違っても見直すことができる点である。安全保障関連法をめぐって一人ひとりの小さな声を届けようと多くの人が足を運び、今なお様々な形で表現され続けていることは確かな希望である。声の大きさを張り合うことが民主主義ではない。声の小さいもの、声にならない声を拾う民主主義の基本に立ち戻るために必要な営みは、不信と無気力の応酬ではなく、本書が指摘するとおり、代表する人・される人、双方が民主主義を軸に歩み寄り、民主主義を磨き上げる覚悟を持つことではないだろうか。たとえ世論調査1%のひとりであっても小さな声を届けるための表現が保障される社会であり続けるには、相応の努力が必要である。
 民主主義社会を実現するには、質の高いコミュニケーションを分断している根源を探る必要がある。本書では、政治学者・綿貫譲治氏の解釈を引き合いに、「日本の政治的対立の本質に影響を与えているのは経済や身分の相違ではなく、価値体系の相違からくる分裂」と指摘している。基本的人権と民主主義という国家の基本的価値観が共有されていないことに現在の混乱の根源があるならば、民主主義の再生をめぐる課題は価値観の共有から始めなければならない。
 本書では、人々に参加の機会を保障し、個々の価値観を集合体としてまとめ代表者へと届ける役割を担う存在として、中間組織(結社)へ再生にむけた期待を寄せている。イギリスでは、社会インフラとして組織の支援・調整を超えて地域社会のニーズを開発する中間支援組織が社会基盤として機能している。政権交代による政策変動の影響をダイレクトに受けながらも、したたかに事業形態を変えながら地域の連帯基盤として生き残っている姿に学ぶべき点は多い。

労働組合は何を展望するのか

本書では、労働組合の活動のひとつでもある労働政治に焦点をあて、労働政治が民主主義の成熟と衰退に深く関与してきたことを時系列に整理している。従来から連合は政権との直接的な政策協議を通じて政策実現を探る活動(インサイダー戦略)を重視し、2009年に誕生した民主党政権下においてはより特化する路線をとった。著者の三浦まり氏は、2013年に連合総研がまとめた「民主党政権3年3ヶ月の検証-政策と政権運営を中心に-」において、民主党政権下における連合の政策活動についての緻密な論稿を寄せているので、本書と合わせて手に取っていただきたい。
 一方で、世論喚起や大衆行動を通じた外側からの政権に対するプレッシャーにより政策実現を図る活動(アウトサイダー戦略)は抑制的になり、その後、自公政権の復活により脱原発や反政権などさまざまな層が政治に対する表現方法としてデモへの参加が増えるなか、連合のアウトサイダー戦略は回復したとは言えず、社会的存在意義をむしろ後退させたと本書では指摘している。インサイダー戦略とアウトサイダー戦略、どちらかに偏重することなく常にバランスを取り合い、双方が双方の受け皿としての機能を果たすことが、連帯社会の基盤を作りには欠かせない。わたしたちには政権交代の実現と失敗という忘れがたい反省体験があり、それを糧により深く民主主義の再生を展望していかなければならない。
 まだまだ稀有な存在ではあるが、既存の組織に包摂されない層が、ソーシャルメディアを駆使し新しい組織化が芽吹き始めている。既存の組織に包摂されている者たちに必要なことは、内部において対話に基づく民主主義の深化をはかるとともに、時に己の利害を超え社会の対立軸をなくし広く連帯の条件を整えていくことではないだろうか。一人ひとりの小さな抵抗や違和感を集約する新たな回路を切り開いていくことは、わたしたちにとって身近な営みから始まることを気付かせてくれる一冊であった。


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