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横山源之助 |
岩波文庫 評者:高木郁朗(日本女子大学名誉教授) 働く人びとを労働者というなら、日本でもさまざまなかたちで古い時代から存在した。雇われて働くというあり方に限定しても、江戸時代には広範に存在していた。しかし、近代的な雇用関係が社会の中心を占めるようになるのは、明治維新後、とりわけ1890年代の産業革命以降のことである。産業革命期に、各種の職業で働き、暮らしをたてていた労働者たちは、現代の働くものの直接の先輩である。新聞記者であった横山源之助が描いた『日本の下層社会』は、まさにこの時期、すなわち1890年代の後期から1900年代はじめにかけての先輩労働者たちの赤裸々な姿を描き出している。ここに描かれている姿には、昔はこんなに惨めな状態だったと回顧するための素材ではなく、日本の雇用社会の根底に今日にまで引き継がれている内容がある。そうであるからこそ、第二次大戦後に岩波文庫に収録されてからでも今日にいたるまでに数十刷を重ねたいわば隠れたロングセラーとなって読み続けられている。若い世代の人びとにも本書を読みついでほしいと心から願う。 本書の構成はとても興味深い。「第5編・小作人生活事情」を除くと、「第1編・東京の貧民」、「第2編・職人社会」「第3編・手工業の現状」「第4編・機械工場の労働者」となっている。つまり、日雇い労働者から、はてはこそ泥にいたるまでの都市雑業層とも細民ともいってよい都市の貧しい人びとにはじまり、腕に覚えのある職人層、伝統的なものではあるが、機械を取り入れた機織りなどで働く人びとをなかにおき、最後に綿紡績工場と鉄工場の、いってみれば産業革命が進展するなかでの機械制の大工場の労働者たち、という順序で組み立てられている。おなじ貧しい人びとといっても、古い時代に起源をもつものから、新しいタイプの働く人びとの実態へと、みごとな構成上の展開をみせている。 この展開のなかで共通することは、貧しさを社会問題としてとらえる意識である。横山は、都市細民の状態を描いたあと、「読者よ」と呼びかける。「貧民をみて一に懶惰のためとのみいうべからず」。貧困は怠けのせいではないという。いったん貧民の列に加わってしまうと、一生懸命働いても、なんらかの事情で高利貸しの餌食となり、やけになって酒に溺れ、「一生平和の境遇に出ずることをえざるなり」。 |