エイデル研究所
2,700円+税
2015年10月
評者:山根木晴久(連合 総合組織局長)
本書は、労働組合を取り巻く今日的課題に対応し、中小企業や非正規雇用(雇用形態の多様化)、企業のグループ化、M&A等による企業再編などに直面する産業別労働組合や連合それぞれの立場からの現状報告と実際の取り組み、さらには問題提起に対して、研究者は蓄積されたデータや研究の成果をもって応えるという構成となっており、数多くの示唆、ヒントが読み取れると思う。
集団的労使関係がただ労働者を守るためだけのものではなく、職場をまとめる機能、経営方針の現場における歪みを伝える機能の発揮により企業経営を支えることで労使双方にとって意味のあるものであることも実例を通じ改めて理解できる内容となっている。
日本ほど法的に労働組合を結成しやすい国はないと思う。勤労者の団結権を定めた憲法第28条、労働三法の中で戦後最も早く制定された労働組合法によって、労組設立が強力に担保されているからだ。しかしながら法的担保が十分であっても労働組合をつくることがなかなか進まない現実がある。
NHK放送研究所による「日本人の意識2013報告書」において、団結権が憲法で決められた国民の権利であることを理解している割合は、1973年調査開始時の39.4%から低下傾向にあり、2013年は21.7%と僅か5人にひとりという状況になっている。同じ調査では労働条件に強い不満を抱いた時に労働組合をつくるという割合も31.5%から16.5%にまで低下している。
連合の労働相談をみても組合潰しの不当労働行為は日常茶飯事である。働く者の正当な権利が周知されていないことに加えて(教育の問題も大きいと思う)、組合をつくるなどと言うと経営者から睨まれ、場合によっては失職するリスクもあって断念する。「会社を潰す気か」「赤旗で会社を囲まれては困る」などという偏見を持っている経営者も未だに少なくない。他方、連合総研の勤労者短観では職場がブラック(何らかの違法状態がある)と認識している人ほど労働組合の必要性を感じている。ブラック度は小規模企業ほど感じる人が多く「99人以下」では39.0%に上る。従業員数99人以下の小規模企業の労働組合組織率は2015年12月の厚労省調査でわずか0.9%。労働組合が無いことに加えて、チェックの視線が少ないこと、声を上げにくいことなども指摘できる。
集団的労使関係を広げていくためには、労働組合をつくることは正当な権利であるということを知ること、問題を認識した時に労働組合をつくろうと決意すること、そして最初の一歩を踏み出そうとしている労働者が以降の歩みについてのロードマップを描くこと、この3つの点において傍でサポートできる伴走者の存在がなくてはならない。
職場においては、非正規労働者に対して同じ職場で働くパートナーとして連帯を呼びかけるのは、単組や職場のお世話係の役割ではないか。同じ企業グループで働く未組織企業の組織化は、親会社の労組や企業連が担う。地域においては、地方連合会や産別地方組織が労働相談をはじめとする様々に発せられるシグナルに敏感に反応しアシストする。現在の組合役員、組合員の多くは先輩が築き上げてくれた職場コミュニケーションや労使関係があるから今がある。だからこそ労働組合の無い職場で働く仲間を思い、労働組合の輪を広げるためにひと汗ふた汗かこうという思いをひとりでも多くの労組の仲間に持ってもらいたいと心底思う。
特に連合の過半を占める大企業労組においては、企業内非正規労働者やグループ企業などまだまだ役割発揮できる領域はかなり残っている。労働組合の組織率低下を受け、従業員代表制の法制化が指摘される中、2014年に連合は「過半数代表制の適切な整備等に関する考え方」をまとめたが、そこで「集団的労使関係の中核的・中心的担い手は労働組合である」としたのは、過半数代表制を機能強化しても、「組合費を支払い運動に参加する」当事者自治の労働組合でなければ、対等な労使関係を築くのは困難であるだけでなく、「仲間のために」「職場を守る」「働きがい・生きがいの追求」などといった労働文化は生まれず血の通ったものにならないと考えたからである。組織拡大を通じた集団的労使関係の拡大は、こうした当事者自治の文化を守ることにもつながるのである。ここでのカギは何より集団的労使関係である。
本書は、連合が2012年春に設置した「集団的労使関係研究会」での成果をまとめたものである。副題に「現場と研究者の対話」とあるように、各章は実践家の問題提起と、研究者の論文で構成されており、各章の構成と執筆者はつぎの通りである。
序論 これからの集団的労使関係を問う 仁田道夫
1 労働者代表のあり方(労働者代表制、過半数代表制)
問題提起:新谷信幸 論文:濱口桂一郎
2 企業別労働組合の組織的基盤
問題提起:宮本礼一 論文:後藤嘉代
3 賃金決定の個別化と集団的労使関係
問題提起:逢見直人 論文:仁田道夫
4 解雇等の紛争解決と集団的労使関係
問題提起:村上陽子 論文:神林 龍
5 就業形態の多様化と集団的労使関係
問題提起:松井 健 論文:水町勇一郎
6 産業基盤の確保と集団的労使関係
問題提起:郡司典好 論文:首藤若菜
7 企業組織のグループ化・ネットワーク化と集団的労使関係
問題提起:春木幸裕 論文:竹内(奥野)寿
8 M&A等による企業再編と集団的労使関係
問題提起:小畑 明、工藤智司 論文:呉 学殊
あとがき 逢見直人
これらの論文には、さらに論点をつめなければならない部分もあるが、いずれも問題提起としてはすぐれた内容を持っている。
なお、本書の出版を記念して2015年9月30日に都内でシンポジウムが開催されたが、その模様を『月刊連合』2015年12月号(No.332)で紹介しているのでこちらも参考にして頂ければ幸いである。
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