朝比奈あすか
『天使はここに』

朝日新聞出版
1,500円+税
2015年4月

評者:遠藤和佳子(連合 広報・教育局次長)

 この本は小説で、小説は本コーナーで初めて紹介する分野だ。小説なので気軽に手に取れるが、読み終わった後、いろいろなことを考えさせられる。なぜなら、本書はファミレスで働く契約社員の真由子が主人公で、彼女の働きぶりを読んでいると、このファミレスに労働組合があったら、と思わされることが何度もあるからだ。

 舞台は全国チェーンのファミリーレストラン「エンジェルズ・ダイニング」(通称エンジェルズ)、真由子はそこで高校生の時にアルバイトとして働き始め、今では契約社員として働いている。いろいろな人物が登場し、働くことを中心に物語が進む。ここでは、真由子の上司にあたる店長に注目したい。登場する3人の店長によって、真由子の職場環境は激変するからだ。
 一人目の店長は真由子がアルバイトとして働きはじめた当時のアルバイトの先輩で、真由子に仕事を教えた桜井。彼女はアルバイトから正社員へ登用され、店長となる。桜井は真由子に自分を重ねていたのか、半期ごとに正社員登用希望書を出すように言い続ける。そして「おかしいと思う働き方をさせられたら『おかしい』と、あなたがちゃんと声をあげないといけない」と真由子に言う。
 二人目は桜井の次に店長としてやってきた大卒2年目の正社員、十亀。彼は店長に昇格するのと同時にやってくるが、同じタイミングで真由子はアルバイトから契約社員になった。十亀はことあるごとに真由子に「もう時給で働くアルバイトではないんだから」と、正社員の自分よりも早く出勤し準備することを求め、アルバイトの指導ができていないと責める。
 三人目は十亀の後任で、ハーフのジョシュア。中途採用で入社したばかりの彼は、よくいえば人当たりがいいのだが、周りからどう思われているかを気にしすぎる。悪く思われたくないからか、アルバイトの休みやシフトの変更を笑顔で了解し、自分や真由子にしわ寄せがいくようになってしまう。

 このままでは店が回らなくなる、と危機感を持ったのは長く勤める真由子の方だった。ジョシュアからアルバイトの管理を引き受け、アルバイトに対する注意などのいわゆる嫌な役回りは真由子が担った。「自分が嫌われることで店が回るならそれでいい」と思っていた。真由子が仕事を好きなこと、エンジェルズを好きなことは、読んでいれば伝わってくる。しかし契約社員の彼女がそこまでしなければならないのか、と私は思う。真由子の仕事を好きな気持ちと責任感にエンジェルズは甘えているのではないか。
 もし、エンジェルズに労働組合があったら、真由子の働きはもっと報われるのではないか、と思う。契約社員だから、と残業しても給料が変わらず、アルバイト時代よりも時給が下がるような働き方にはならないだろうし、正社員登用の道も開けていたかもしれない。
 物語の最後に、出産した桜井が子どもを連れて店にやってくる。そしてジョシュアに真由子を正社員に推薦するよう頭を下げる。このままでいい、と言う真由子に桜井は「やってることと、その報いがちゃんと比例した世の中じゃないと、この子を育ててく自信が持てないから」と言うのだった。
 桜井の言葉のとおり、おかしいことをおかしいと声をあげ、真由子のような若者たちが報われる社会にしなければ、と改めて思う。

 なお、著者の朝比奈あすか氏は、連合結成25周年記念書籍『ワーキングピュア白書』や「月刊連合」での神津会長との対談にも登場いただいている。


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