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金子良事 |
旬報社 評者:末永太(連合経済政策局長) 本書は、高齢化に伴う介護の問題など、労働者の生活にかかわる問題の範囲が拡大する中で、かつて最重要のテーマであったはずの賃金が議論の中心にのぼらなくなったことを残念に思う著者が、賃金の重要性を再認識するための答えを歴史のなかに求めるという一つの試みである。明治以来の歴史的背景にまでさかのぼって、賃金の多様な考え方について多数紹介し、その背景にある企業の経営思想や労働者の生活観にも踏み込みつつ、日本の雇用構造についても併せて論じている。賃金政策と賃金決定機構、生産管理や家計調査、賃金の在り方といった視点に至るまで本書が扱っているテーマは多岐にわたる。 なかでも興味深かったのは、報酬には、「感謝報恩」と「受取権利」という二つの考え方があり、これらは今では、前者が「給与」、後者が「賃金」となり、英語では、それぞれ「salary」「wage」に対応するとか、身元保証人制度のルーツは江戸時代の期間奉公にあって、そこでは奉公人の衣食住を保証する一方で、貨幣的な報酬はもっぱら保証人に支払われていたこと、「社員」という名称の起源や「賞与」の系譜、「人事部」や科学的管理法の登場などについても記述している。「賃金の決定方式や基準、体系はその時代の社会背景や労使関係、人事労務管理と密接に関連して形成されてきた」と著者は語る。 本書の構成は、「二つの賃金」「工場労働者によって形成される雇用社会」「第一次世界大戦と賃金制度を決める主要プレイヤーの登場」「日本的賃金の誕生」「基本給を中心とした賃金体系」「雇用類型と組織」「賃金政策と賃金決定機構」「社会生活のなかの賃金」の8章となっている。 賃上げだけを求めていた時代は終焉し、バブル崩壊以降、日本経済の低迷と長引くデフレの中で、賃金が議論の中心になることは少なくなり、その関心は薄まってきた印象がある。しかしながら今年がそうであるように賃金の重要性が減じているわけではない。 最後のコラムで著者は、「賃金はしばしば思想をともなう」とし、「私は自分の正しさのみを追求するよりも、完全な正義は実現できないという前提に立って多様な考え方を数多く認識することが重要だと考える」と語っている。そして「現実に実現しようとするとき、しばしばあちらを立てればこちらが立たぬという不均衡な正義しか実現できない」それは「自分が正しいという結論は相手の否定に繋がり、人間関係を壊してしまう。しかし、その不完全さこそがチャンスである」とする。そして、「現実に折り合いをつけながら、よりよい答えをみつけていくそういう地図を一枚でも多く手に入れたい」という文章で締め括る。 |