岩波ブックレット
500円+税
2012年12月
評者:遠藤和佳子(教育文化協会ディレター)
2011年に行われた大阪市長選挙では、「非正規労働者層」の過半数を大幅に超える人々が橋下市長を支持したという。本書は、「『改革』によって、賃金が切り下げられたり、職場を奪われたりするかもしれない非正規労働者がなぜ、橋下市長を支持するのか」について、非正規労働者へのインタビューを中心に考察している。これは、大阪という限られた場所の公務員の周りだけで起きている事象ではなく、日本全体で起きていることと考えられるのではないか。少なくとも結果として、日本全体が政治面でも社会面でも悪い方向に向かってしまっている1つの原因が労働組合の活動のあり方にあるという警告が、現場からの声として聞こえてくる。労働運動への叱咤激励として受け止めることができる一冊である。
「持てる側」への「加罰感情」
公務職場に働く非正規労働者や委託労働者が、正規職員(=公務員)との格差や理不尽な扱いに直面すると、その公務員を「やっつけてくれる」橋下市長が容易にヒーローに変貌する、と著者は推測している。著者が橋下市長を支持した非正規労働者との出会いをつうじて得た結論である。中には「非正規と正規の足の引っ張り合いになるだけ」という見方をする非正規労働者もいるが、それはごく少数で、「誰かに現状を変えてほしい」と思い、「自分たちよりも恵まれた公務員を、橋下さんに叩いてもらうことで満足する」のだという。たしかに、「業務内容は原則、正規と同じ」で賃金は半分以下のケースワーカーや雇止めされた非常勤嘱託職員らのインタビューを読んでいると、公務員を叩く橋下市長を英雄視する気持ちが伝わってくる。同時に、なぜ、正規職員の労働組合は彼らに手を差し伸べなかったのか、という著者の強い警告が伝わってくる。あるいは、労働組合は手を差し伸べているのに、彼らが気づいていないのであれば、なぜ気づいてもらえないのだろうか。
一方、民間企業で働く非正規労働者が橋下市長を支持する背景は、高齢者福祉政策の見直しから日の丸・君が代強制まで、様々だという。しかし、高水準の年金を受給している高齢者も、日の丸・君が代強制に反対する日教組も、彼らにとっては「不当な既得権者」であり、「持てる側」への「加罰感情」という点では、公務職場で働く非正規労働者と共通していると述べている。
非正規労働者や未組織労働者に比べれば「持てる側」である労働組合が、彼らに手を差し伸べない(あるいは差し伸べても気づいてもらえない)としたら、労働組合が「不当な既得権者」と見られ、労働組合を「やっつけてくれる」勢力がヒーローに変貌してしまうことを著者は強く警告する。
労働組合がするべきことは
それでは、労働組合は何をしたらよいのか。著者は、「労働組合は『非正規は認めない』との建前にこだわるあまり、非正規の待遇改善を怠り、結果的に大勢のワーキングプアの出現を許してしまったのではなかったか。」と指摘する。つまり、同じ職場で働く非正規労働者を認めないのではなく、仲間として労働組合に迎え、その処遇改善に取り組むことに尽きるのではないか。例えば、広島電鉄の労働組合は契約社員の導入提案には反対したものの、実際はユニオンショップを契約社員制度導入の条件とし、時間をかけて正社員化、処遇改善を行っている。おそらく広島電鉄の契約社員は、労働組合や正社員に対して「不当な既得権者」という見方はしていなかったのではないだろうか。連合でもこの間、非正規労働者の組織化や処遇改善に取り組んできているし、すべての職場で集団的労使関係を構築することをめざして取り組んでいる。こうした取り組みが、労働組合のすみずみまで行き届いていない現状こそ、橋下現象の大きな要素となっているというのが、著者の主張であろう。
一方で、著者は、ここ10年余りの閉塞感に自力で対峙するだけの多様で複雑な理念や価値観があれば、こうも安易に、一人の"英雄"に期待が集まることもなかったのではないか、とも指摘している。同時に、働くことに関しては、労働組合はその必要性や団結権が権利であることを伝えてこなかったと述べている。これまでも労働組合は、労働者の権利や労働組合の重要性を伝えてきたはずである。それが伝わっていなかったのであれば、伝え方を工夫しなければならない。労働組合の主張がきちんと理解されれば、安易に一人の"英雄"に期待が集まることは止められるのではないか。
なおこの点では、マスコミの付和雷同的な報道や論評についても責任があると思われるが、この点については著者はあまり触れていない。
すべての働く人のために
著者は、第6章「労働運動の転換への模索」で「今ほど、労働組合の助けを必要としている働き手が大勢いる時代はないのだ」と述べている。メンバーシップを超えたすべての人のための運動が、労働組合を必要とする人たちにきちんと届けば、労働組合は「不当な既得権者」ではなくなり、巡り巡ってメンバーシップのためにもなるという著者のメッセージである。
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