文春新書
770円+税
2012年11月
朝日新書
760円+税
2013年11月
星海社新書
840円+税
2013年4月
評者:前田佐恵子(連合総研主任研究員)
"ブラック企業"という言葉はあまりよい印象をもつ言葉ではないが、昨年の流行語大賞となるほど普及した。ただ、それほど身近になった言葉ながら、その確固たる定義が示されるということはない。この曖昧模糊としながら、じんわりと浸透している企業像やその問題が何かを人は知りたいと考えるだろう。若者の働き方の問題に取り組むNPO法人POSSEの代表を務める今野氏は、この疑問に答えるべく筆をとり続けている。この3冊は、著者が遭遇した相談事例を軸とした連作となっており、そのままどうしたらよいかといった解答にはなっていないが、日本の働き方、そのなかでの労働組合のあり方に大きな示唆を与える。
『ブラック企業-日本を食いつぶす妖怪-』
明確な答を求めていた人には残念かもしれないが、これらの一連の著書の中でも"ブラック企業"とは何であるかという説明や確固たる定義が得られるわけではない。定義づけにこだわることで却って問題の本質を見失うことが指摘されている。著者はそれぞれの著作の中で視点を変えて説明することで、多角的な全体像を浮き彫りにすることを試みているといえる。
まず、その書名も『ブラック企業』だが、ずばりそのもののネーミングで反響の多い書となった。みんなが知りたい"ブラック企業"の実態を説明する書籍である。ここではブラック企業の実態にまつわる相談事例を切り取ったコラージュ(切り抜き画)として表されている。要するにブラック企業は、生命そのものを含めた労働者の人間性を破壊してしまう働かせ方をしてしまう企業であるということになる。その働かせ方は、明確に法令等で規制できるようなものではなくて網の目をすり抜けて存在するようなものであること、そして、本書を構成するコラージュの中に示された諸症状がみられる、企業の症候群のようなものであるということであろう。
また、著者は、労働環境が劣悪であることは労働者個人の生活を浸食するというだけで問題なのだが、このすり減らされた労働者がやがて労働できなくなってしまう状態を生み出すことを指摘し、その帰結が見通せることから社会問題として扱う意義を掲げている。そのため、定義云々よりも、なぜブラック企業はそのような症状を訴えるようになったのかということに目を向けて、日本の雇用制度全体から考え直すことを本書のまとめとしている。そして、この症状に対する処方箋を唱え、処方箋の実施を阻害するような要素が『ブラック企業ビジネス』において説明され、日本の雇用制度との関係に対する思索が『日本の労働はなぜ違法が生じるのか』に受け継がれる。
『ブラック企業ビジネス』
『ブラック企業ビジネス』は企業が事業を進める上でブラック企業と呼ばれる症状を起こすような雇用慣行を奨励したり、ブラック企業から逃れることを希望する労働者等を企業側に引き戻したりといった行為を行ってしまう、弁護士や社会保険労務士などの周辺ビジネスや関係者のことを示している。『ブラック企業』とともに、本書においてはその事例が紹介され、いわゆるブラック企業そのものだけが悪ということではなく、社会ぐるみで醸成した環境であることが説明されている。
『日本の労働はなぜ違法が生じるのか』
著者によれば日本型雇用慣行といわれるものが、ともするとブラック企業に変質する素地を持っているとされる。『日本の労働はなぜ違法が生じるのか』では、プラック企業の仕組み・構造を解き明かし、この病が日本全体に蔓延する可能性を指摘する。これからブラック企業化を進ませないためには対症療法を勧めるのではなく、労働者の意識改革や戦略的思考が求められるということには賛意を表したい。また、この社会構造に組み込まれている主体の一つとして労働組合を取り上げ、労働者の環境改善をするための相談先として、企業と対等に交渉を行う主体として重要な存在と位置づけられている。いってみれば出発点としては労働組合がない企業は少なくとも潜在的にはすべてブラック企業だということになる。ただ、労働組合は労働条件改善の取組を進める存在であるにもかかわらず、企業側との調整の結果、企業のブラック化を促す慣行を作り上げてきたという側面も指摘している。
実際、連合総研が行っている勤労者に対するアンケートで、職場で違法行為と思われる状況を見聞きする人は3割もいるとの結果があるが、そう答えている人の100%が自らの勤める企業をいわゆるブラック企業だとは考えているわけではないし、労働組合に加入している人であっても違法な労働行為を職場で目にすることがあるとの結果が得られている。このことからも著者の見解をすべて否定することはできないだろう。ただ、本書では企業別労働組合の結成と雇用慣行の創設という歴史の説明にとどまり、今後のための具体的な変革に対する提言がないのは若干物足りなさを感じる。そのため本書は、労働組合の組織に詳しい実際の所属員が各自の組織の弱点を見直して日本全体で意識改革を進めていくための手法を考えるための材料として活用するべきだろう。
まとめ
以上の3つの書物は視点をブラック企業そのもの、ブラック企業を取り巻く外縁的な視点、歴史を含めた日本全体の様相からと大きなベン図を描く分冊となっている。著者のフィールドとなっている「若者からの相談」がいずれも起点となっていることから、相談事例の紹介やその解説に紙幅を割いていることもあり、読み進めていくなかで若干の重複を感じるかもしれないが、一貫して「働き方を変える」という方向性は示されている。ただ、一連の著作からこの方針に向かうパズルが埋まった感覚を得ることはできるだろうが、決してマニュアルは得られるわけではないので、あくまで読み手が自らの立場から各自独自に何ができるかを考えるためのきっかけを作るためのものとしてとらえるよう薦めたい。
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