岩波書店
800円+税
2013年1月
評者:山根正幸(連合総務局部長)
財政社会学者である筆者は、人間を所得の多寡で区別しないユニバーサリズム(普遍主義)の視点で、人間の尊厳確保と社会の信頼感や連帯感を高める観点からの税財政改革の必要性を論じている。日本の財政赤字が増大した歴史的・社会的・政治的背景を分かりやすくたどり、社会が抱える問題の解決なくして財政の改善はあり得ないとの立場から、すべての人びとが尊厳を持って生きられ、そのための負担をいとわない社会づくりのための税財政改革の処方箋を提示する。昨今の経済学に偏った議論に陥ることなく、今後の社会・経済・財政の関係を総合的に考える上で示唆に富んだ一冊である。
第1章で筆者は、中間層の「受益なき負担感」が租税負担に対する抵抗を生み、財政制約を強めた結果、財政均衡のための選別主義的政策によって必要なサービスが必要な人びとに届かず、社会の格差拡大、政府に対する不信、租税抵抗の悪循環を生んでいると指摘する。筆者は、低所得層の救済・尊厳確保のためには、中間層の負担と受益のバランスを確保する必要があり、選別主義ではなく普遍主義によるサービス提供と、そのための負担が必要であると主張する。
第2章では、公共投資と減税を政策の中心に据えた利益配分システム、いわゆる「土建国家」について、その成立過程を日本財政の政治的・社会的経過とともに概観している。「土建国家」システムについて筆者は、高度成長期においては、小さな政府の下で地方の余剰労働力を吸収するなど一定の役割を果たしてきたとする。しかし、高い経済成長を前提としたこのシステムが石油危機以降その限界があらわとなっても、その見直しができないまま減税と歳出増の財源を公債に依存せざるを得ず、巨額の財政赤字を積み上げる結果になったと指摘する。
第3章では、日本の地域社会、企業、統治構造の変容を詳述し、「土建国家」システムの限界、財政赤字との関係を検討する。筆者によれば、かつては「土建国家」システムと企業の福利厚生は、地域の雇用とコミュニティ維持、男性の所得安定(と性別役割分業にもとづく女性の家庭内労働)による中間層の受益感を生んでいた。しかし、その後の社会変動(地域社会の希薄化、女性の就労拡大、企業行動の変化、汚職、都市人口の多数化など)によって財政ニーズが公共事業から社会保障へと移行したにも関わらず、依然として大規模公共投資と減税を続けたためにミスマッチが生じ、これが中間層の受益の不足感、社会に対する不信を引き起こしたと断じる。同時にそれは財政赤字をもたらしたが、その対応で、人びとのニーズを満たすことで増税の可能性を高めるのではなく支出抑制の方に注力したため、状況をいっそう悪化させたとも指摘する。
第4章では、悪化した日本財政の処方箋のヒントを探るべく、他の先進諸国(アメリカ、ドイツ、フランス、スウェーデン)の事例との比較を行っている。各国では、財政健全化に取り組む中で、大胆な制度改革による予算配分の柔軟化、富裕層増税など租税負担の公平性確保、ワークフェア政策への転換、社会保障の税方式移行などの政策をパッケージで議論していること、現物給付シフトと普遍主義化により、より多くの人びとに社会保障を提供していることを指摘する。これに対して日本では、総枠締め付け型の予算編成が支出構造の横断的な見直しを難しくすると同時に負担の押し付け合いを惹起し、政府自体こそムダであるとの印象を与え、租税抵抗につながっていると指摘する。
第5章では、それまでの議論を踏まえ、新しい財政改革のグランドデザインを提起している。筆者はまず、財政は、社会の構成員を等しくあつかい、税を徴収し、人びとに共通するニーズを満たすことで人間として望ましい状態を実現することで、公正な競争のための基盤すなわち勝者に惜しみない拍手を送れる社会、低所得層が他者から承認され尊厳をもって生きていける社会、そのための負担を中間層がいとわない社会をつくるためにあるとした上で、そのための改革として、国と自治体の役割、社会保障、公共事業、再生可能エネルギー促進、入札制度の見直し、職業訓練・技能教育への投資、そして意思決定への住民参加などについて幅広に提言する。
第6章では、受益感の少なさとともに租税抵抗の背景である課税の不公平について、その是正に向けた提言を行っている。所得税の累進性強化と消費税の逆進性相殺、担税力に応じた法人税負担、資本所得への課税強化など、消費税だけでなくバランスのとれた税制改革の重要性を説く。地方税財政については地方消費税の拡充と配分ルール見直し、偏在度が高い地方税と国税との税源交換などを提起、社会保障における税と保険料の役割分担については、人びとのニーズがあり生存保障に関わる領域は税を通じてすべての人に保障すべきと主張する。この中で筆者は、企業における受益と負担の衡平に関する議論の中で、職業訓練や高等教育など人的投資の拡大による労働者の質向上と、高付加価値産業への労働者移動を含む構造転換支援策の整備に言及している。また、予算総則における公共事業の概念を根本的に見直し、人への投資の財源として国債を位置づけ直すことを提起している。
いま、金融緩和と成長戦略で財政再建をはかろうとする流れが加速し、消費税率の引き上げも直近の課題として耳目を集めている。いわゆるアベノミクスには、本書で論じられているような過去の亡霊の再現としての側面も持っている。そのなかにあって、本書は、地域の雇用創造、コミュニティ再構築、負担と受益の均衡、人びとの政府に対する信頼など、社会・経済・財政の複雑な連立方程式をいかに解くかを考える上で有益な示唆を与えてくれる。むろん個々の論点についてはさらに検討を深めなければならないし、説得力に富む本書のような主張がなぜ日本社会の主潮流とならないのかも検討しなければならない。これらのことは、筆者だけでなく、労働運動、社会運動にかかわる人間が協力して推進すべき事柄である。
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