森ます美・浅倉むつ子編
『同一価値労働同一賃金原則の実施システム―公平な賃金の実現に向けて』

有斐閣
4800円+税
2010年12月

評者:金井郁(埼玉大学経済学部准教授)

 本書は、男女労働者および正規・非正規労働者に同一価値労働同一賃金を日本の雇用現場で実施するための実施システムを具体的に検討したものである。具体的には、同一価値労働同一賃金を保障する性と雇用形態に中立な職務分析・職務評価システムを日本の職場慣行等を考慮していかに構築するのか、そのように構築されたシステムや同一価値労働同一賃金の原則自体の実効性を担保するためにいかなる紛争解決システムが必要なのかを探求している。正確な職務評価はそれ自体さまざまな困難が伴うし、かりにそれが実施されても、それだけで、公正・公平な賃金制度が実現できるとはいえないが、本書にみられる実践的な研究がそれに向けての有益な検討であることはまちがいがない。

 本書は3部からなっており、第I部は第1章「正規・非正規労働者の仕事観・賃金観」第2章「医療・介護サービス職の職務評価」第3章「スーパーマーケット販売・加工職の職務評価」第4章「日本における職務評価システムの論点」の4章から構成されている。第II部は、第5章「イギリス平等法制の現時点と課題」第6章「イギリス法・EU法における男女同一価値労働同一賃金原則」第7章「非典型労働者の平等処遇」第8章「実効性の確保に向けて」の4章からなっている。第II部は、第9章「日本の賃金差別禁止法制と紛争解決システムへの改正提案」第10章「日本における同一価値労働同一賃金原則の実施システムの構築―本研究からの提案」の2章から構成され、日本において男女間および正規・非正規労働者間に同一価値労働同一賃金原則を適用し、実行するための実施システムに関する本研究からの具体的な提案となっている。

 「実施システム」を構築することを主眼とした本書の目的に沿って、職務分析・職務評価システムの実際について詳しく紹介したい。まず、職務分析は職務評価の対象となる職種(看護師やスーパーマーケットの鮮魚・水産部門など)について、それぞれ職務内容や1日の職務の流れなどを聞き取った「職務に関するインタビュー」や文献などを参照しながら各職種の「職務項目」を設定している。その際、[1]職務をいくつの職務項目に分解するのが適切か、[2]職務項目の記述の統一化、[3]管理業務をどのように職務分析し職務項目とするのかといったことが論点として挙げられている。[3]については本部機能と店舗での管理業務の程度が企業間で異なっていたことによって、企業横断的に店舗での管理業務をどのように職務項目とするのかという点が議論となったという。
 職務評価の手法は、本研究では職務評価要素を設定し点数を算出する「得点要素法」を採用している。欧米社会において、同一価値労働同一賃金原則を意識した職務評価は必ず得点要素であることを配慮したという。職務評価要素は「負担」「知識・技能」「責任」「労働環境」とし、それぞれの職務評価要素にサブファクターを設定している。特に、スーパーマーケット販売・加工職の「労働環境」のサブファクターに「転居を伴う転勤可能性」を取り込み、日本の雇用慣行の実態を反映させた内容とした点は注目される。

 これら要素間のウェイト配分、各要素の評価レベルと職務評価点の配点は欧米社会のものを参考にしつつ、研究会で議論して決定した。各サブファクターの評価レベルは3段階を基本とし、配点は最低点の約2~4倍を最高点にしている。総計では、最低点の約3倍を最高点とした。しかし欧米社会では、段階数が多く配点差が大きい。例えば、イギリスにおけるNHSの職務評価システムの「知識・教育・経験」サブファクターは8段階の評価レベルで15倍の配点差となっている。このことを考慮すると、本研究での特に仕事関連の知識の配点差が2倍と狭く、この評価基準における評価の差を明確に出来なかったことが検討課題とされている。また、「仕事関連の知識」について、必要とされる知識をどれくらいの期間で習得できるかによって4段階で評価しているが、OJTで得られる知識・技能に限った評価基準のため、学校教育などOff-JTで得られる知識・技能ないし職業資格が評価されなくなってしまい、調査研究終了後、この評価基準は誤りだと振り返っている。

 第2章・3章では、医療・介護サービス職とスーパーマーケット販売・加工職の職場を対象にそれぞれ職務分析・職務評価を行い、それぞれの職種と賃金の関係や正社員と非正社員の職務分担について興味深い知見が示されている。例えば、医療・介護サービス職では、職務評価点の算出方法によって若干の違いはあるものの、おおむね調査対象の職種の中では、看護師、施設介護職員、ホームヘルパー、診療放射線技師の順で職務評価点が高くなっていた。職務の価値に基づく賃金格差の是正では、看護師を基準にした場合、月給換算の時給をもとにすると、施設介護職員は現在の賃金より約26~34%上がった額が、ホームヘルパーの場合は約30%~36%上がった額が、診療放射線技師は26~29%下がった額が妥当という結果となった。現状の診療放射線技師の賃金水準の高さと職務評価点の低さについては、職務価値と賃金水準との相互の関連性がない日本特有の年功賃金制度によってもたらされていると指摘している。

 スーパーマーケット販売・加工職では、「仕事全体の職務評価点」から算出された正規と役付きパートと一般パートの職務評価の比率が「100:92.5:77.6」となり、現在の支給されている月給換算で役付きパートは約31.7%上がった額が、一般パートは約41.5%上がった額が妥当な賃金額であると算出されている。

 本書は、雇用の場での賃金決定システムの研究や実施だけでは十分でなく、実効性を担保するためには、紛争処理という法的枠組みの整備が必要であるという共同研究の設計枠組み自体が、大変興味深い。しかし、賃金格差を縮小させた職務評価の妥当性を担保するためには、4章の論点でも示されていたように、仕事関連の知識が正当に評価できていないなどの問題点を改善していく必要もある。

 さらに、日本においては諸外国と比較すると男女間の水平的職務分離は小さいとされるが、垂直的分離や雇用形態、企業規模間の分布の違いによって日本の男女間賃金格差が大きいと要因となっている。労働市場における男女間のこうした職域分離を考慮すると、この論理だけでジェンダー格差を縮小しているのか、という問題も検討されなければならない。

 (金井郁(2011)「森ます美・浅倉むつ子編『同一価値労働同一賃金原則の実施システム―公平な賃金の実現に向けて』書評論文」『社会政策』第3巻第2号修正加筆の上転載)

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