OECDでは、創立50周年(2011年)という節目に「よりよい暮らしイニシアチブ(Better life Initiative)」に着手し、各国において比較可能な包括的幸福度指標を国際的なレベルで提示するという試みに取り組んでいる。本書は、そこでの議論をまとめ、「幸福度」を示すための指標に関する主な考え方やデータを網羅したものである。なお、本書に示された各指標について、それぞれの側面の重みなども加味しながら、「よりよい暮らし指標(Your Better Life Index)」として各国比較ができる仕組みとなっている。
本書の構成は以下のとおりである。はじめに、幸福度指標の全体像について述べている。ここでは、一般的な経済指標として用いられているGDPの特性とそれ以外の指標の比較、幸福度測定における課題(指標の選択や全体的な傾向、統計上の問題点等)に触れている。続く各章において、物質的な生活状態を示す所得・資産、仕事、住居のほか、生活の質を示す健康状態やワークライフバランス(時間)、教育、社会とのつながりや市民参加等の地域社会活動、環境、安全、それから主観的な幸福といった幸福度を測定するに必要な側面をとりあげている。各側面(指標)については、それぞれ「幸福であるためにこれらの側面が重要となるのはなぜか」という根本的な問題に言及し、評価の方法や具体的な指標、各側面における格差の状況などを示している。もちろん、これらの指標を示す統計上の問題も言及をしている。ただし、本書でも触れているが、自然や経済等の資本に支えられる「持続可能性」については、議論の対象とはなったもののまとめられてはおらず、概念的な整理や環境等の項目に補足されているにすぎない。本報告書発行後も続いている議論に基づき、改めて後年の報告書においてまとめられるものと考えられる。
これまでは一人当たりGDPを用いて経済的な豊かさを示すことが普及しているが、本書で取り上げている「幸福度」とは、経済的成果に関する指標だけでは表せない社会的な指標を表すものである。この議論はGDPを算出する国民経済計算を創設する際にも交わされたものであり、国民経済計算でも環境や家庭における家事労働等を取り入れたサテライト勘定等の作成などの工夫もなされてきた。その後、2000年代に入ってからも各国において幸福度に関する議論に取り組む動きがある。特に有名なものとしては、フランスのサルコジ大統領(当時)のイニシアチブにより設けられた「経済パフォーマンスおよび社会進歩の計測に関する委員会(通称スティグリッツ委員会)」であろう。著名な学者をメンバーとしたこともあり、この委員会の報告書は各国の幸福度指標測定に大きな影響を与えている 1。具体的には、[1]GDP統計を用いるとしても、消費や可処分所得を評価すべきこと、[2]グロスではなく、ネットで見るべきこと、[3]政府サービスの質の推計を改善すること、[4]帰属計算の範囲を拡大すること、[5]持続可能性の観点も含めてストック指標を充実すべきこと、[6]分配面の統計を充実すべきことなどを提案されている。また、この視点に則り、GDP指標に準拠した形で国の豊かさを示す指標として「家計純所得」を目安とすることなどを提案している。OECDのまとめた本報告でも、幸福を評価するための指標の整理や視点に関する方針について、この委員会報告書を参考としている
日本では、政府により1970年代以降、暮らしに関する指標(社会指標や国民生活指標など)が発表、検討されてきた。さらに、最近の国際機関や各国の動きも反映して2010年12月に幸福度に関する研究会(内閣府)を設置し、11年12月には幸福度指標試案を公表している。そこでは、OECDの報告書の区分けとは少し異なるが、主観的幸福度を上位概念とし、経済社会状況、心身の健康、関係性を三本柱とする指標群の案を提案し、持続可能性を別に議論を行っている。また、主体的幸福度についても、OECDにおいては国際的な比較の問題から生活の満足度と肯定的な感情を持つこと(感情経験)、格差などから測定することが試みられ、我が国独自の取組として、理想・将来の幸福感や人並感などが加えられている。また、それぞれの指標は示すものの、一本化した指標は作成しないという方針が示されている。
OECDの本報告書において示された幸福度を測定するための各指標については、それぞれに議論があり、統計上の問題もある他、ウェイト付けによってその評価も変わってくることも留意する必要がある。そのうえで、本報告書における各国比較において、日本では安全・安心、学生の技能にかかる指標が上位にきているものの、それ以外の指標については中程度となっている。総じて、我が国では示されていない一本化された「より良い生活指標(Better Life Index)」でも、中位(34か国中19位)となっており、これが原書公表時に新聞報道等においても話題となったことは記憶に新しい 。
前述のように、OECDでも幸福度の測定に関する議論は現在進行中のものであって、本書もその一次報告としての位置づけである。しかし、各論点において具体的な事例も含めて議論のポイントがまとめられ、残された論点についても現在の議論の過程を示す良書であり、「国民が幸せに生きられる」ことを示すという、各国の基本的ではあるが野心的な取組の指針を示す重要な資料であることは間違いない。2
1 Stiglitz,J.E., A.Sen and J.-P.Fitoussi(2009) Report by the Commission on the Measurement of Eco- nomic Performance and Social Progress/Stiglitz,J.E., A.Sen and J.-P.Fitoussi(2010) Mismeasuing Our Lives: Why GDP Doesn't Add Up(The New Press)を参照。この邦訳については「暮らしの質を測る―経済成長率を超える幸福度指標の提案」(福島清彦訳 2012年金融財政事情研究会)があるが、訳者注が付されているものを含めて訳者による独自の表現がみられるため、報告書の記載内容確認や引用については原書を参考にされたい。
2 なお、2012年の同指標で表した日本の順位は36カ国中21位となっている。