徳間書店
定価1900円+税
2012年7月
評者:末永 太(連合経済政策局局長)
労働の二極化と富の集中、このことは、近年米国に限らず、すべての先進諸国においてみられるのが昨今の現状だが、とくに米国では、「市場の力」の働きを緩和するセーフティーネットが十分に存在せず、むしろ「政治の力」で、その働きが富裕層に都合良く増幅されてきた。その結果、上位1%だけが成長の成果を享受する一方で、残りの99%の中下層の人々の生活水準は悪化してきた。こうした現実は、住宅価格バブルによって一時的には覆い隠されてきたが、金融危機後は白日の下にさらされるに至っている。
著者のスティグリッツ教授は、ノーベル経済学賞をとった著名な「行動する経済学者」であり、経済成長の恩恵が上層のみに独占されている現状を「格差の拡大」と「困窮から抜け出せないシステム」として厳しく告発している。本書は主に米国について分析の対象にしているものの、冒頭に「日本の読者へ」とあることをみても、よく似た状況にある日本への警告でもある。日本について「いまは米国より平等で公正な経済と社会がある。しかし、その過去の成功が今後も続くと当然視するな」と著者は語る。米国にしても日本にしても、カギは「政治」にあるとしている。
富が一部に集中し、中産階級が空洞化し、貧困層が急増するといった状態に陥れば、富裕層の足下も崩れるのは当然である。著者は、「不平等は、社会全体を分断し、弱体化させ、未来を危険に陥れる」と語る。そして「従来の経済学は、不平等を減らすには犠牲が伴い、経済の弱体化を伴うと、教えてきた。だが、それは誤りだ。本書ではそのことを明らかにした」とする。その上で「強い経済、経済成長、効率化と平等は両立する」という主張のもとに、緊縮財政に向かう欧米の経済政策に警鐘を鳴らし、不平等を緩和するための提言を行っている。
序章では、「困窮から抜け出せないシステム」として、どのような経緯で社会における不平等が拡大し、機会均等が縮小してしまったのか、アメリカで起こっている現象の一側面に深く切り込んでいる。
第一章では、一部の人間が大金を独り占めにする一方、「市場の力」の働きを緩和するセーフティーネットが十分に存在せず、その他の人々はずるずると所得が下がり続けているといった急速に拡大する所得格差・不平等の実態を示している。
批判対象は規制を緩和した市場主義の小泉改革と同じである。金融の自由化、貿易のグローバル化がむしろ国内総生産(GDP)を押し下げるので、労働者を保護することこそ、景気回復の公共投資とともに経済を健全化させ、発展させると述べており、政府が介入しない方が市場がうまく機能すると言った間違った考え方を正すことが本書を著した目的とする。
第二章では、富裕層が政治・経済のルールを自分たちに都合よく作り上げ、そのことがすべての人々の利益になると大衆に信じ込ませるレントシーキングと呼ばれる手口について、政府からの公然・非公然の資源移転と補助金給付、他社を食い物にすることを許す法律や、企業がコストを社会に転嫁することを許す法律のため、金はどんどん1%の人々に集中していることを説明し、米国では、「トリクルダウン」論が席巻しているが、「トリクルダウン」論は「機能しない」と著者は斬り捨てる。
第三章、四章では、不平等が政治によって形成され、増幅されてきた経緯について説明しており、不平等がアメリカ経済―生産性と効率性と成長性と安定性―を蝕みつづけ、米国経済は長期低迷する懸念がある点を指摘する。99%の人々のニーズは無視され、民主主義が機能しなくなると、市民の間に政治や社会に対する幻滅が生じる。幻滅は人々を過激にする、現に欧州ではファシズムが台頭し、米国でも、茶会党は過激化する要素をはらんでいるとする。
第五章では、無力化、幻滅、権利の剥奪というプロセスが投票率をさらに低下させるという事実について、第六章では、アメリカ人が不平等を十分に認識していない現実について、第七章では、法制度と枠組みでさえ、富裕層に対して有利で、格差をさらに進めている事実について、それぞれ説明する。「真実を偽っても無駄だ。……アメリカという国はもはや機会均等の地ではない」「不平等の階層化が進み、逆転も難しくなってきた。米国が「機会均等の国」といわれるのは、おとぎ話にすぎない」「圧倒的多数のアメリカ人は、国家の成長から何の恩恵も受けていない」し、「アメリカの経済制度に大きな欠陥がいくつもあることはあきらかだが、アメリカの政治制度が欠陥を直そうともしなかったことも同じようにあきらかである」と著者は断言する。
第八章、九章では、緊縮財政は需要の低下や失業率の上昇を招き、経済を下押しすると指摘し、歴史的にうまくいったためしは殆どないと批判する。また、一連のマクロ経済政策が不平等にどのように拡大させてきたかについて語っている。
わたしが注目するのは、最後の第十章の「ゆがみのない世界への指針」についてである。貧富の格差の問題を取り上げた類書は多い。本書が類書と決定的に違うのは、経済理論を駆使して極めて冷静に問題の本質を一つひとつ解き明かし、さらに単なる批判にとどまらず、経済改革の具体的な基本方針を提示していることである。その内容は、金融部門の抑制、競争法とその取り締まりの強化、企業統治の改善、破産法の改革、政府の無償供与の打ち切り、企業助成の打ち切り(隠れた補助金を含む)、法制度の改革。税制改革~所得税と法人税の累進を高める、実効性の高い相続税制の創設、などである。
そして富裕層以外の人々への支援策として、教育へのアクセス権の向上、貯蓄を促す、万人のための医療、社会保障制度の強化などを提起する。さらに、グローバル化をもっと均衡の取れたものとする、完全雇用のための財政政策・通貨政策、貿易不均衡の是正等、いくつもの具体的提言が挙げられている。
鋭く、極めて刺激的な切り口から、万人に報いる経済システムの構築を提言する本書は、時宜を得た著作であり、是非、一読をすすめたい。また、本書を手がかりとして、労働組合や労働者自主福祉事業のなかで活動する人びとが、日本の実情に適合する政策体系の提言に乗り出してほしいと思う。
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