明石書店
定価4200円+税
2011年9月
評者:麻生裕子(連合総研主任研究員)
本書は「講座 現代の社会政策」シリーズの第5巻にあたり、7人の専門家による共著である。「市民社会」、「労働」、「公共空間」という3つのキーワードの関係性を視野に入れつつ、「社会的公正」を基調とする社会システム推進主体の再構築の現状と課題を明らかにし、新たな活動主体の形成を展望することが、本書の主題である。
このなかで具体的に取りあげている活動主体は、NPO(2、3、8章)、公益法人(2章)、市民組織(4章)、生活協同組合(5章)、労働組合(6、7章)、ワーカーズ・コレクティブ(8章)である。各章において、これらの主体がどのような現状にあり、どのような制度的課題を抱えているかを整理している。
ここでは、本書の全体にかかわる2つの論点を示したい。
第一に、「講座 現代の社会政策」シリーズのなかでも、本書はきわめて特異な位置を占める。中村圭介はこれを「違和感」と表現する(第9章「新たな活動主体の出現と政策課題」)。その理由は、従来の社会政策の教科書には「新しい活動主体を理解することが何ゆえに社会政策を学ぶことになるのかが明示的に述べられていないから」である。つまり、運動主体に焦点をあてて論じることは、社会政策の範疇を超えるということを意味する。
そこで中村は、社会政策のなかに新しい活動主体を位置づけるために、各章の事例を紹介しながら、つぎの3点に言及する。
1つめは、新しい活動主体が地域住民の潜在的なニーズを掘り起こしていき、政府による政策の対象外であった生活問題を解決するための相互扶助にもとづくしくみを普及、定着させてきたということである。2つめは、新しい活動主体は地域ニーズにもとづくサービスを供給する、あるいはそうした活動を資金面、情報面で支援する、さらには地域生活に影響をおよぼす政策の形成過程に参加するというように、さまざまな活動内容を展開しているということである。3つめは、資金、人材、情報といった面で新しい活動主体を支援する政策体系が必要であることである。
社会政策における新たな領域の創造は、逆にいえば、従来の社会政策の限界でもあり、現実の社会問題に追いついていないということを示す。そうした社会の隙間を埋めてきたのが、労働組合を含めた自発的に組織された運動であったといえるだろう。このように社会政策を推進する運動主体を社会政策学の体系に取り入れたことは、学問上重要なことであるだけでなく、労働運動・市民運動のあり方にとっても重要な意義をもつといえる。
第二に、本書のタイトルにもある3つの言葉、すなわち「新しい公共」、「市民活動」、「労働運動」をどのように結びつけるのか。
坪郷實は、民主党政権とくに鳩山内閣のもとで強調された「新しい公共」の背景を整理し、上述した主体がどのように市民社会部門を形成してきたか、1970年代以降の運動の諸潮流を概観する(第1章「新しい公共空間と市民社会の強化の課題」)。
ここでいう市民社会部門は、「政府部門でも、市場部門でもない、これまで別々に論じられてきた市民活動の多様な流れ、NPO、国際協力のNGO、生活協同組合や多様な協同組合、ボランティア活動や福祉事業、労働組合や労働者自主福祉事業などを、地域の実態に即して相互に関連づけ、連携させ、まとまりのある新たな部門」として位置づけられている。
そして坪郷は、市民社会部門の強化のために、NPO・市民組織のアドボカシー活動、地域における市民活動の複合的ネットワークの形成の必要性を強調する。
この論点は、社会運動、とくに連合がめざす「働くことを軸とした安心社会」を実現する主体を構築するうえできわめて重要であり、今後、積極的に論じられていく必要がある。
しかし、残された課題をあげるとすれば、「新しい公共」と「市民活動」、「新しい公共」と「労働運動」の関係性は1章のみならず、本書全体をつうじて理解できるが、「市民活動」と「労働運動」の関係性を論理と実態の両面でどうとらえるかという点については、なお論ずべきことがあると思われる。両者が対立しあう場面も少なからずあり、その関係は一筋縄ではないからである。
「あとがき」では、「1970年代までの「古い社会運動」である労働運動と、1970年代以降の環境・福祉・ジェンダー・都市文化・国際協力など新しい社会的テーマをめぐる多様な市民運動を含む「新しい社会運動」の連携の議論が行われたことがある。しかし、この連携の議論は、依然として可能性の領域にとどまっている」と若干触れてはいるものの、十分には解明されていない。市民活動と労働運動の連携の議論が不十分なために、本書全体の統一感にやや欠けるようにも思われる。
本書で取りあげた活動主体はいずれも、市民社会部門において重要な位置を占めるアクターであることは間違いない。市民活動と新しい労働運動が連携し、市民社会部門をどのように再形成するかということが、「社会的公正」の実現度合いにも大きく影響するであろう。こうした連携の議論は可能性にとどまらせず、今後のさらに深い追究が望まれる。
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