榊原英資
『「通貨」で読み解く世界同時恐慌(2時間で未来がわかる!)』

アスコム
定価952円+税
2012年1月

評者:小島光明(教育文化協会ディレクター)


<本書の意義>
 本書は、2011年3月、8月と、円の対ドル相場が相次いで戦後最高値を更新する中、2012年の「世界同時恐慌」の可能性を示唆した書である。米国、欧州における金融危機を引き金に、中国やインドのバブル経済が急激に弾けると、世界同時不況を超えた世界同時恐慌になると警鐘を鳴らしている。本書刊行1年後の現在、世界経済は小康状態を保っているとはいえ、アメリカの「財政の崖」など、世界経済をめぐる問題は山積しており、本書で示されている論点はいぜんとして大きな意義をもっている。
 著者の榊原氏は本書の中で、現在、経済の中心が欧米からアジアの中国やインドに移る歴史的な移行期にあると指摘。さらに、95年当時に為替介入を行った当事者としての経験を踏まえ、通貨や為替の基本的な解説とともに、現在の円高・ドル安のメカニズムや「効果的な為替介入」についても紹介している。そして、現在の円高は欧米経済危機を反映したものであり、決して「悪い円高」ではないと説く。「円高は日本の国益」との発想に立ち、攻めの円高戦略や成熟国家としての成長戦略を描いた上で、力強い一歩を踏み出すべき時がきていると強く主張している。
 
<米国型金融資本主義の終焉とヨーロッパ統合の構造的問題>
 本書ではまず、現在、世界経済の中心が米国から中国やインドに移行する過渡期にあると指摘する。米国経済の現状については、サブプライムローン破綻からリーマン・ショックに至る過程を解説しつつ、リーマン・ショック以降のドルの下落の背景に「バランスシート不況」があると指摘し、日本の轍を踏んで「失われた10年」に突入していると断言している。また、仮にバランスシートが改善しても、製造業の影が薄く、金融も一度大崩壊したことで、かつての強い米国には二度と戻らないと断じている。
 さらに、欧州経済について、ギリシャの財政危機に端を発した「ソブリン危機」が南欧諸国に飛び火し、欧州全体に大混乱が生じる可能性を示唆している。そして、大国・小国が入り交じった中での通貨統合には、そもそも無理があり、構造的な問題を抱えていることから、解決するには長い時間がかかるとしている。
 その結果、世界の通貨は「ドル基軸」から「無極化」へと向かい、無極化状態の中で経済が極端に悪化すれば「世界同時恐慌」に突入してしまうと懸念している。
 
<「リ・オリエント」-世界経済の中心が中国、インドへ回帰>
 著者は、欧米の経済が危機的な状況にあり、日本も円高で景気回復の先行きが不透明な中、高成長を期待できる地域はアジア、特に中国やインドに限られると断言し、世界人口の三分の一以上が住む両国に世界経済の重心が移ることは、長い歴史的に見て普通の状況に戻ることだとしている。
 しかし、両国ともにバブル経済への対応が懸念される中、現状において欧米の危機的な状況を救うほどの力はないとも指摘する。
 
<現在の円高は「ドル安」「ユーロ安」による円高>
 円高に苦しむ日本経済について、著者は、現在の円高の基本的原因は、欧米の経済が悪いことにあると指摘する。米国も欧州も輸出競争力をできる限り強くするために、通貨安を維持しておきたいと考えており、円高ドル安を是正したくとも、欧米との思惑が一致しないことから、為替介入をしても効果はないと断言している。そして、自らの経験を踏まえ、2011年8月と10月に実施された為替介入について「効果はなかった」として、何もしない通貨当局に対するマスコミ批判を逃れる政治家の判断であったのだろうと批判している。円高の背景に欧米の経済危機という状況がある以上、これを阻止する実効性のある手段を講じることはできず、日本は、現在の円高に対して「覚悟」を決める必要があると主張する。
 
<日本がすべき「覚悟」とは?>
 円高を是正する有効策がない以上、日本の進むべき道はどこにあるのか。著書はまず、政府・企業・個人のそれぞれが、円高を前提にそのメリットをどう生かせばよいかという発想に転換すべきと主張する。そのためには、円を国外で使うこと、すなわち、円でドル価格のものを買うことと、企業の海外進出を促している。そして、後者の大きな懸念材料である国内の産業空洞化に対しては、欧米先進国との対比による日本の失業率の低さ(非正規労働者の問題は、別途解決策の必要性を指摘)、人口減少社会(生産年齢人口の減少)の到来、日本経済における輸出企業のウェイトがそれほど大きくないこと(経済全体の70%程度がサービス産業)等を理由に、「心配する必要はない」と断言している。
 
<日本が"ギリシャ"になる可能性は?>
 本書では、日本の財政問題にも若干触れている。これは、日本がギリシャ同様に、ソブリン危機に陥る恐れはないのかとの懸念に応えるもので、日本の資産・負債のバランス(資産が負債を上回っている状況)や日本国債の国内保有比率の圧倒的な高さ等を理由に、「日本がソブリン危機に陥る可能性はゼロではないものの、今のところその恐れはない」と結論付ける。したがって、中期的な増税の必要性は指摘しつつも、2年程度は増税すべきではなく、当面は財政再建を棚上げし、国債発行による大型予算を組んだ上で、経済成長への舵を切るべきだと主張している。
 さらに、これからの「国のかたち」についても持論を展開している。日本はフランス型の高福祉社会をめざすべきとの認識に立ち、民主党政権に対して福祉の徹底的な充実をはかるよう提言している。
 
 円高対策としての海外進出といった記述、産業空洞化に対する認識等、労働組合として組合員とその家族を守る観点から見た場合、果たしてどうなのかとの疑問が湧く記述もあるが、そうした点も含めて、自身の考えを再点検、再認識できるばかりでなく、大きな歴史的視点で経済をみるのに有益な書である。
 


戻る