戸室健作
『ドキュメント請負労働180日』

岩波書店
定価1,800円+税
2011年2月

評者:松井千穂(連合大阪 総務・広報・国際グループ 局長)


 派遣労働の不安定性や、間接雇用の問題が語られるとき、ともに社会的課題としてそのあり方が問われるのが「請負労働」だ。「請負労働」の制度としての問題点だけでなく、請負で働く人々がなぜその働き方を選び、どんな思いでそこにいるのか、その息遣いが聞こえてきそうな現場の実態を私はこの本から知ることとなった。

間接雇用の問題点
そもそも「請負労働」とはなんなのか?筆者は最初に「派遣労働」に代表される「間接雇用」の問題点を指摘しながら、その働き方の定義を解説している。
派遣労働者は派遣会社に登録し、そこから実際に仕事を行う派遣先の事業所に派遣をされて働く。派遣労働者にとっては、派遣会社が雇用主であり、派遣先の事業所が使用者であるというように、「雇用主」と「使用者」が別である。このような雇用と使用が分離されている雇用関係のことを「間接雇用」と呼ぶ。「請負労働」は、請負会社が発注者から請け負った仕事を、自社独自の手法で完成させるために請負会社で行われる労働を言う。このため、請負労働者は請負会社からの指揮命令で業務を行うことになる。その限りでは「直接雇用」ということになる。したがって労働統計では請負労働者は非正規従業員には分類されない。しかし、「構内請負」などのように、発注者の敷地内で請け負った仕事を行う際に、発注者から直接指揮命令を受けて働くなど、派遣労働者となんら変わらない働き方をさせられているという実態もあり、これが「偽装請負」として社会問題となっている。この場合には実質的に「間接雇用」ということになる。
会社が派遣労働や請負労働を利用するのは、会社の経営上必要な場合にはすぐにその労働をやめさせることができるということが前提となっている。継続的に働くことが想定されていないという、「雇用の不安定性」が間接雇用の問題点の一つであると著者は説く。さらにその雇用の不安定性から、間接雇用の労働者は雇用契約の更新を期待するあまり、使用者からの要求を断りにくくなり、常に弱い立場に立たされる。労働条件や仕事への不満を口にすることはできず、正社員よりも従属した働き方となってしまうことから「労働者の人権侵害の危険性」も指摘される。そして三つ目の問題点として著者が指摘するのは「中間搾取」だ。実際に派遣労働者が行った労働、生み出した利益に対して、派遣先事業所が派遣会社に支払っている金額から、著者の計算では平均31.2%が派遣元事業所の懐に入り、残りが派遣労働者に支払われる。これに対して、著者は「求職者に職を紹介したという一時的な事柄を理由に、その労働者が生み出す利益の一定部分を継続的に取得し続けるという形態が許されるのか」と提起している。

請負労働の実態
本書の著者は、自身が大学院生であった2002年から2005年の間の180日間、請負労働を実際に体験し、その雇用労働条件、業務内容、管理方法などを克明に記録している。また、同じ請負労働を行っていた人たちへのインタビューも織り込みながら、「請負労働」の問題点を指摘している。
私が本書から強い印象を受けたことの一つは「請負労働」のその非人間性だ。本書では著者が請負労働を行った二つの製造業の現場が紹介されている。生産ラインで行われる請負労働者が担う労働は分単位、秒単位で管理される単純労働だ。1日の生産目標数をクリアすることに神経をすり減らしながら、恐ろしく単調な業務を延々と続ける。その様子はまさに機械の歯車のようでもあり、全くスキルアップや仕事を通しての自己実現などを望めないそれらの労働は、働く者から気力を奪い、時には精神を病むこともある。こうした単純作業の苦痛と雇用条件の低さから、離職を選択する請負労働者も多いという。
その一方で、一般的には単純作業しか期待されない請負労働者でありながら、正社員とともに生産管理業務を担うこともある。低賃金のまま正社員が担うべき作業管理・指導業務の一翼を担い、それら業務にまつわる困難と責任を背負わされる。
本書から読み取るこのような請負労働の現場は、機械の一部のように働くことを求められる非人間性、雇用の調整弁であり、簡単に使い捨てられる労働力として扱われることなどの精神的な厳しさを労働者に与えるものだった。
ただ、そういった厳しい側面だけでなく、本書に登場する請負労働者が様々な人生を歩んできている一人の人間として、どんな生活を送っているのか、請負労働者のネットワークの中で力強くたくましく厳しい社会を生き抜いていることにも触れられており、少しの安堵の気持ちを見出すことができたのは救いだった。

「居場所」のある社会を作るために
冒頭にも記載した、2008年、多くの日本企業が年末や年度末に行った「派遣切り」によって働く場を追われ、住む場所さえなくなった多くの労働者の姿がテレビなどで報道されたことは記憶に新しい。その後、雇用労働政策が改善されたのかと言えば、先の改正労働者派遣法の内容を見ても、労働者保護の強化がなされたとは言いがたい。法律があったとしても「派遣切り」のように違法な手段で労働者を解雇や雇い止めにする例は後を絶たない。請負法制はといえば、派遣法の規制強化を求める声が高まる一方で、規制緩和が進み、発注会社の指揮命令が一定の条件下で認められるようになってきている。企業が雇用責任を逃れるために増加している非正規労働が、ますます拡大再生産される土壌が作られているのである。
著者は最後に語る。これらの厳しい雇用労働状況を改善させるには様々な社会政策が必要であり、「こうした政策プランを実現する主体として最も力を発揮すべき組織として考えられるのは、やはり労働組合であろう」という。労働組合は困難を抱える非正規労働者の「居場所」としての機能を果たし、ネットワークの接点となることが必要で、様々な困難を負って生きている人々と結びつき、彼らの築き上げようとしている新しい生き方を保障する取り組みが、「従来の企業中心社会を変革する確実な一歩になる」と説く。
日本社会の厳しい現実を知るとともに、労働組合活動に携わるものにとって、その重要な役割を再認識させる一冊である。
なお著者は新進気鋭の社会政策学者で山形大学専任講師。教育文化協会が協力し、連合山形が2012年度後期から開設する、山形大学への「連合山形寄付講座」受け入れの中心となっている。


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