宮本太郎・BSフジ・プライムニュース編
『弱者99%社会-日本復興のための生活保障』

幻冬舎新書
定価780円+税
2011年12月

評者:村杉直美(教育文化協会チーフディレクター)


[問題意識]
これまで依存してきた日本型雇用に揺らぎが生じた結果、現在の日本では社会の危うさが一挙に露呈し、今や誰でも、普通の生活が立ち行かなくなるリスクを持っている。しかし、生活を立て直すための公的支援はきわめて弱く、多くの人がいつ「弱者」になってもおかしくない。多様な不安が現代の私たちを取り巻く「同時多発不安」ともいえる状況の中、安心をささえてきた仕組みが根本から揺らいでいる。
本書は、上記のような問題意識から、BSフジのシリーズ企画「提言"安心社会・日本"への道」(2010年12月~2011年2月、計6回)の放映内容をもとに、政府の「社会保障改革に関する有識者会議」の座長も務めた宮本太郎北海道大学教授をコーディネーターとして、12人の多様な立場の論客の議論をまとめたものである。
序章の課題提起を受け、第1章から第6章は、宮本教授とそれぞれ2人の専門家との鼎談により、経済成長と社会保障、現役世代への支援、つながりの再生、子どもの未来、財源、政治という多様な視点から、人々の安心を高め格差や貧困の少ない活力ある社会として日本を復興させる方策を論じている。

[全員参加型社会]
本書で中心的課題となっているのは、「現役世代の弱さ」である。それは、少子高齢化が進む中、人口規模の小ささに加え、安定雇用の崩壊による経済的弱さ、つながりの弱さに由来する。頼みの社会保障は、依然として高齢世代向けの支出に集中して、現役世代への支援はきわめて弱いままであり、今日求められる役割を果たすものとはなっていない。
現役世代を元気づけ、安心に基づく活力を回復するにはどうしたらよいか。現役世代が主として安定的な雇用をつうじて社会に参加し、能力を発揮できる「全員参加型社会」への支えを充実することがその答えである。例えば、正規雇用と非正規雇用の中間的な働き方である「ジョブ型正社員」の導入、パーソナルサポートによるきめの細かい個別支援の充実、家庭に過度に集中していた負担を分散するべく職場、家庭、福祉の3つのバランスの組み替え(「ワーク・ライフ・ウェルフェア・バランス」)により、雇用を分かち合い、経済力をつける。さらに、雇用創出など需要拡大機能の大きい医療・介護分野のイノベーションで、サービスの高付加価値化を図り、経済成長の機動力につなげていくことが提言されている。

[全世代対応型セーフティネット]
機能不全に陥っている社会保障については、「全員参加型社会」のセーフティネットとして、誰もが社会サービスを頻繁に利用できる「全世代対応型」へと組み替える必要があると提言される。同時に、財政健全化を社会保障の充実と車の両輪として実施する必要性を指摘する。そのため、消費税の増税は避けられないが、低所得者への対応は別途手当てすることとしつつ、負担が増えるとしても、税を「第二の貯金」として納税者にとってより見返り感のあるものにすることが、安心社会への道を開くのだと強調する。
雇用環境の悪化が主因となって現在では無縁社会が進行し、人と人とのつながりが弱体化しているが、これに対しては、伝統的な地縁、血縁と行政、NPOなどの異なったセクターの多重的、多層的な連携をはかり、緩やかなつながりのコミュニティを再構築することが必要だし、また可能であるとされる。

[次世代育成]
安心社会再設計の最も重要なポイントであり、社会保障改革の「肝」であると強調されるのは未来への投資としての「次世代育成」である。子育て支援は、子どもの立場を第一とすることは当然だが、子ども自身の能力を高め、将来的な生産性向上の条件を広げると同時に、母親の就労拡大や経済活性化、出生率向上を可能にするなど、生産年齢人口を強化する上で決定的に重要であると指摘する。とどのつまり、知識経済における人的資本への投資という点で国家戦略である、と発想の転換を迫る。

[政治をどう変えるか]
これら「全員参加型社会」「社会保障と経済の相乗的発展」「つながりの再構築」「次世代育成」という回路がきちんと成立することにより、活力の中の安心、安心の中の活力が生まれ、経済と財政の安定に結びつく。さらにフィードバックされて、社会保障を支える財源ともなり改革の推進力になる。こうした構図と循環が、たどり着いた戦略として提示されている。
最も重要な点は、このような戦略を実行する次の一歩を踏み出すために、政治をどう変えるかということであろう。最終章では、この点が2人の重鎮政治家を交え議論されている。社会保障改革には党派を超えた議論が必要だが、今直面している課題を政府が一つ一つ解決して実行力を示せば、政治への信頼は回復できるという。逆に言えば、政治が信頼を獲得できるかどうか、が社会保障改革の突破口ともいえる。
そのためのアクターとして、あるべき社会の仕様書や設計図をきちんと描ける政治家と、そうした政治家をきちんと評価する報道のあり方とともに、最終的にはそうした仕様書が読める有権者の判断に委ねられる。この三者が三位一体となって「安心に基づく活力」を作っていくことが求められている。

[東日本大震災とのかかわり]
本書の元になった放送自体は東日本大震災の前であったが、もともとの日本社会の「脆弱さ」が大震災の打撃を大きくし、復興を困難にしているという意味で、日本復興と生活保障の再構築は別物ではなく、一体不可分の関係にあるというのは正鵠を得た指摘である。

[労働組合の役割]
本書で示された基本的な方向性は、連合の提起した「働くことを軸とする安心社会」とほぼ重なるといえるだろう。今の日本社会を覆っている閉塞状況を打ち破り、将来に向けて希望が感じられる社会をどう実現していくのか、まさにその構えが問われている。すでに選択肢も限られつつある中で、労働組合は重要なアクターの一人であることを自認し、その実行力を着実に発揮していかなければならない。1つ1つの論点や各論者の主張についてはさらに厳密な検証が必要であるが、文章も読みやすく、「安心社会実現」の意義についてさらに理解を深める上でも、本書を是非一読されることをお勧めしたい。


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