日本経済新聞出版社
定価1,000円+税
2011年9月
評者:末永 太(連合労働条件局局長)
本書は、JIL-PT統括研究員の傍ら、法政大学社会学部で非常勤講師として「雇用と法」を講義する著者が、そのためのテキストとして他の労働法のテキストのように条文の解釈を逐条的に掲載するのではなく、領域ごとに日本の「雇用システム」と「労働法制」との相互のつながりを歴史と判例をおり混ぜながら解説した労働法の入門書である。
前著『新しい労働社会』は国際比較の観点と歴史的視点の両方から解説したものであるが、本書は後者の日本の雇用システムの歴史的形成過程の叙述に特化しつつ、記述している。月給制のホワイトカラーは戦前には、もともと労働時間規制の適用除外だったという話など、雇用と労働法に関するhamachan先生らしい皮肉とユーモアに富んだ鋭い洞察と蓄積が窺える著作である。
本書は、「ジョブ型労使関係法制のメンバーシップ型運用」という著者の持論に沿って労働法全体を独自の新しいアプローチから描いている。日本の雇用契約のほとんどは「職務の定めのないメンバーシップ型」であり、日本型雇用システムの特徴とされる長期雇用慣行、年功賃金制度及び企業別組合(いわゆる「三種の神器」)も、すべてこの本質から派生している。しかしながら、労働法の規定は、民法の雇用契約を引き継いだ欧米型の職務中心主義を前提としたものであり、正社員中心のメンバーシップ主義には立っていない。その法律と現実の隙間を判例法理とそれを前提とする政策立法が埋めているというわけである。
このことが分かりやすい形で顕在化するのが、企業による労働者の解雇のケースである。日本の労働法においても使用者による契約の解除たる、解雇権は当然認められているが、運用においてはかなりの制約がかかる。70年代のオイルショック以降、信義則や権利濫用法理といった法の一般原則を駆使した整理解雇を制約する判決が頻繁にだされた。こうした判例が積み重なって整理解雇法理という、「司法による事実上の立法」が形成されたのである。
著者は、こうした判例法理が確立することで日本の労働社会を規律する原則は法律ではなく、個々の判決文に書かれたメンバーシップ型の雇用契約の原則になっていったとしている。同時に、行政も政策立法によって雇用維持を目的とする雇用調整助成金や企業内教育訓練を促進させ、企業行動をメンバーシップ型に誘導した。そしてそのことはそれまで必ずしもメンバーシップでなかった中小企業など社会のさまざまな分野に対しても、メンバーシップ型雇用契約を規範化する役割を果たしていったと著者は語る。定期昇給と一時金、新規学卒者の定期採用、配置転換、企業別労働組合といったものも、一種の部分システムとして相互補完性をもちつつ、機能していると言える。
整理解雇四要件に代表される雇用保護規制が現実と齟齬を来し、経済を非効率なものにしているといった使用者側の主張が正しいのであれば、日本では判例法理が法律の建前と社会の現実との隙間を埋める役割を果たしている以上、過去に出された判例は、とっくに修正されているはずのものであるが、実際には、そうはならず、逆に2007年の労働契約法によって実定化された。著者は判例が出された背景にある「社会の仕組み」を理解することなしには説明しきれないと語る。
しかし、現実をみると、至るところで軋みが生じていることは確かである。2000年前後の政府の総合規制改革会議において金銭賠償方式が提起され、その後、労働審判などの個別労働紛争処理システムにおいてはもっぱら金銭補償による問題解決が図られている。そういったなかで、金銭解決を原則認めない裁判例と行政とのかい離が大きくなっている。
また、新規学卒者の定期採用制、ジョブ・カード制度やそれを進化させた日本版NVQといった職業認定システム、求職者支援制度を含む広義の公共職業訓練などをみても、日本の雇用システムが変化の過程にあることを示すとともに、これまで可能にしてきた柔軟性を失わせかねないやり方のように思われる。
著者は、今後の動向については、今の社会状況の変化のなかでは、もはや旧来のメンバーシップ型雇用システムは維持できなくなるのではないかと考えており、経済社会の変容とともに、それが徐々にジョブ型の方向に変容していくと予想している。
そして、メンバーシップ型雇用システムが形成されてきた歴史の重みを重視するものの、ジョブ型の方向へと徐々に修正していくべきという労働法政策を本書は含意しているように思われる。ただし、過度に保守的にならず、過度に急進的にならず、慎重にかつ虚心に見極めようというスタンスである。
今までにないアプローチから労働組合に対して、いつにもまして切れ味鋭く課題を突き付ける内容で一読に値する著作である。
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