全国労働基準関係団体連合会
定価1,600円+税
2011年1月
評者:松井千穂(連合大阪 総務・広報・国際グループ 局長)
現代につながる過去の出来事や歴史を知ることは、時代の流れの中での、今、私たちの立つ場所やその意義を明確に認識させる力がある。本書は、社団法人 全国労働基準関係団体連合会の月刊誌「らいふ」の2006(平18)年4月号から2010(平22)年3月号まで連載された記事「労働関係のルーツを訪ねて」を加筆修正し、新たに二編を加えて編纂されたものだ。章立ては「賃金・労働時間」、「雇用」、「労働法制」、「労働運動」、「労働関係組織」、「安全衛生」の各分野にまとめられている。
戦前、戦後から現代に至る日本社会を振り返るとき、人々の生活の中で重要な位置を占める「働く」ということ、そこに連なる人々の営みが本書から生き生きと伝わってくる。
労働時間
労働時間といえば、私たちの労働条件の根幹を成すものの一つであり、現在のルールがどのように形成されてきたのかを本書から改めて知ることができる。
例えば労使で結ぶ時間外労働協定である「三六協定」。1947(昭22)年に成立した労働基準法の作成に携わった当時の厚生省労働保護課長 寺本廣作は、8時間労働制について「労働者のための余暇を確保し、その文化的生活を保障するために必要な最長労働時間として規定されるもの」とし、労働者がそれを自覚して初めて有効にその利用がされる制度である、としている。その上で三六協定の創設の狙いを、「特に労働者の団結による開明された意思に基づく同意を要件とすることが労働時間制に対する労働者の自覚を促進し、8時間労働制の意義を実現するために必要な方法」と考えたとしている。
低賃金を補うために残業を行うということではなく、8時間労働制を定着させるためにも労働組合の“開明的な”意思による規制力を期待していたということが語られている。
日本は年次有給休暇の取得率も諸外国と比較しても最低レベルであることや、ILO(国際労働機関)の労働時間に関する条約を日本は1本も批准していないことなど、「労働時間」に関しては未だ後進国と言われる。
1日10時間労働、12時間労働という時代から、人としての文化的な生活を保障するための8時間労働制へ移行してくるその取り組みは、先人達の学びや努力によって成し遂げられてきたものであることがわかる。長時間労働や過労死が問題となっている現代の日本社会を翻って、私たちは自らの生活や人生の大きな時間の過ごし方を考えるなかで、労働時間問題の原点を改めて認識しなければならないだろう。
労働組合法
労働組合の権利擁護や労使関係のルールを規定する「労働組合法」は、戦後に制定された労働法規の第1号だ。これは労働組合の結成促進・育成が民主主義的基礎になるとの考えでGHQ(連合国軍総司令部)が推し進めた占領政策であったため、短期間で制定された。しかし、労働組合法の制定の動き自体は、大正、昭和初期にまでさかのぼる。
明治憲法は結社の自由を認めていたが、それによって団結やストライキの自由を保障したものではなかった。しかし、第一次世界大戦後に活発化した労働運動への対応のために、労働組合法の制定の動きが政府内で具体化したが、政府部内での調整がつかないことや、産業界からの激しい反対などにより、大正9年から昭和6年にかけて何度も議会に提案されたが、審議未了のまま頓挫していた。
第二次世界大戦の終戦後、労働組合法は1945(昭20)年12月22日に公布、1946(昭21)年3月1日から施行された。労働組合法の制定に先立ち、労働組合運動を弾圧してきた治安維持法と治安警察法は廃止され、日本の労働運動は初めて公然と自由な活動ができるようになった。労働組合法の制定は、労働組合の結成を飛躍的に促進した。
しかしその一方で、労働争議の過激化の傾向もみられた。これらの過激化する闘争に対し、政府は労働組合の民主的な運営ルールを確立し、健全な労使関係の助長政策が必要と考え、1948(昭23)年から労働組合法と労働関係調整法の改正に着手、1949(昭24)年4月に改正法案が国会に提出され、成立、6月10日から施行された。これが現在の労働組合法である。この改正の中で暴力の行使は正当な行為ではないこと、組合員の平等権、公正な会計監査や役員選挙、ストライキの無記名投票などを規約の必要記載事項として、労働組合の民主的で自主的な運営が強調されたものとなった。
労働組合の組織率の低下が激しい今日、労働組合活動はともすれば、形骸化したものと見られることもある。労働組合の法的意義を認めないような言動が公的地位にある人から聞かれることもある。しかし一方で、労働組合の地道な活動により救われる労働者が多数存在することも事実である。労働組合が存在することで初めて民主的な労使関係が形成されることの重要さを改めて認識し、既存の労働組合もその活動をより一層発展させなければならないことを教えくれる。
歴史から学ぶもの
本書に掲載されている事例から「労働時間」「労働組合法」を引用したが、他の項目もルーツにもどって本来の意義を示している。労働にかかわる法制度やルール、組織や様々な事象は、その時代の社会情勢を変革しようとする多くの人々の闘いや努力によって勝ち得られたものが多い。私たちが現在当然のように行使できる権利も、先人達の努力の上に存在している。それらが今ある形になるまでの背景を知ることは、そのものの持つ重要性を私たちに再確認させるとともに、私たちがその権利の上に眠るのではなく、それを行使してこそ意義があるということに気づかせる。
長期に渡る経済不況の中、非正規労働者の増大やワーキングプアの問題など、“労働”の価値が低下させられている今日こそ、労働につながる史実を原点に戻って知り、そして誰もが働くことによって安心して生活ができ、自己実現ができ、それが社会貢献につながる、そんな社会の構築をめざさなければならない。
労働組合関係者だけでなく、働くすべての方に本書をお勧めしたい。
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