人文書院
1,500円+税
2011年3月
村杉直美(教育文化協会チーフディレクター)
学生にとって、「シューカツ」の正否が一生を左右しかねない死活問題と捉えられているが、晴れて就職したとしても、実際に働き出すと、「こんなはずではなかった」というような様々な問題に直面することが少なからずある。そもそも「働く」とはどういうことか、どのようにとらえるべきなのか。本書は、こうした疑問をもつ若い世代に、社会に出る前にこれだけは知っておいてほしいということで、“働く”ことの意義を示し、雇用関係・労使関係を中心課題として展開されてきた産業関係学の視点から“働く”ことをめぐるルールと、働き方をめぐる考え方、学び方を提案している。
本書は全7章から成っており、同志社大学社会学部産業関係学科の教員全員が、それぞれの専門分野を活かしながら各章の執筆を担当し、最後に、石田光男教授と学生等との座談会を収録している。
第1章「就活で燃え尽きないために」(浦坂純子)では、“働く”ことの第一歩である就活(就職活動)に注目し、今なぜ“働く”ことがこれほど不安で、働き始める前から疲弊してしまうのか、学生、企業、大学それぞれの視点から論じている。そして、三者の行動や思惑から生じる悪循環ともいえる状況を断ち切るため、学生は本分をまっとうすることで社会でも通用する骨太な力を身につける。大学はそのために最大限の努力を惜しまず、企業に対しても毅然とした態度を示す。そして、企業は社会的責任やコンプライアンスと同じ文脈で採用も考えるべきである、と提案している。
第2章「非正社員にとって優しくない国」(三山雅子)では、雇用の特殊なあり方として正規労働者・非正規労働者の区別とそのことが持つ意味を解明し、この格差によって働く側の内部に厳しい競争が強いられている事情を示している。また、非正規労働者の増加を反映して労働組合の関わり方にも変化が生じていることを示し、非正規労働者の処遇改善と正規労働者のワーク・ライフ・バランスの実現の両方が、現在の日本に求められていると結論づけている。
第3章「女性が活躍する職場づくりとは」(冨田安信)では、男女雇用機会均等法施行から25年がたち、職場で活躍する女性が確実に増えているにもかかわらず、男女間賃金格差は依然として大きくなかなか解消しない現状を説明して、その理由を分析する。そして、格差を解消する方策として女性が活躍する職場の好事例からポイントを探り、女性だけでなく、男性にとっても働きやすく働きがいのある職場をつくるという視点の必要性を強調する。
第4章「資格ってなんだろう」(阿形健司)では、職業資格の性格を概観し、データを用いて労働市場における資格の効力を検討した結果、資格が有効に働くのは限られた集団の中のことであり、労働市場ではほとんど効力を持たないと結論づけている。このため、せっかくの学生生活において資格取得のために多大な時間を費やすのは有効な戦略ではないこと、そして、常識にとらわれずに資料やデータをていねいに読む込む力を身につければ、現実の社会をよりよく知ることができるようになると指摘する。
第5章「「働く」に関わる法的ルール」(寺井基博)では、日本社会は、就業者の87%が企業に雇われて働く「雇用社会」、逆から見れば「企業社会」であることを前提として、働く条件が法的にどのように決定されるのかを中心に、労働法の基本的な仕組みについて説明している。とりわけ、法的には、労働者が積極的に行動しなければ望ましい労働条件を実現できない仕組みとなっていると説明しつつ、労働組合の組織率が低迷している現状との乖離について、法理念の根幹に関わる問題であると指摘する。
第6章「賃金制度は企業社会を観察する<鏡>」(上田眞士)では、賃金を労働サービスの対価としてとらえ、経営者と労働者という双方の取引当事者にとって、いかに重要な意味を持つのかについて説明する。そのうえで、賃金制度は経営者と労働者、従業員相互が企業や職場で展開する日々の労働生活をめぐる社会関係の具体的な凝固物に他ならないということ、また、そうした賃金制度の分析を通じて、時間や空間によって異なる多様な企業社会の姿を映し出すことができると指摘する。
第7章「より良い転職を行うためには」(森山智彦)では、転職行動を取り上げ、これまでの日本の転職状況を確認し、雇用流動化の可能性について考察している。そのうえで、自ら能動的にキャリアを築いていかなければならない今日、満足度の高い転職をするためには、まず自分の転職理由、ビジョンを明確にすることが重要であり、それを前提に情報収集を行うことでミスマッチを回避できる。そして、とりあえずはがむしゃらに働いて、多少辛くてもすぐに放り出さず我慢してやってみることが大事である、と指摘する。
座談会では、雇用関係とりわけ労使関係を中心に“働く”ことを学ぶ学問=「産業関係学」について、ベテランの石田教授、若手の森山助教、現役学生が語り合い、学問と働くことの意義、そして両者のつながりを、教員・学生の目線から見つめ直している。
本書でも述べられているとおり、働くということは一度働いてみないと分からないというのが本当のところだろう。そうであるからこそ、本書では、最小限の働く現場の実態を示しつつ、学生に対して、“働く”ことに不安を抱かずにはいられない世の中で、あふれんばかりの様々な情報に踊らされるのではなく、働く意味、ひいては生きる意味について、まずは立ち止まって自ら考えてみてはどうか、そして、そうすることが次の力強い一歩につながるのではないか、と提案している。社会に出るという目的だけのために貴重な大学時代を費やし、消耗するより、学生としての本分をまっとうし、4年間の大学生活を「味わい尽くす」ことが何にも勝る武器であり、そうすることによってこそ道は開け、チャンスも引き寄せることができるのではないか、ぜひ、そうあってほしい。
教育文化協会では2005年4月から、日本女子大、同志社大、一橋大、埼玉大で「連合寄付講座」を開講しており、これまでの受講生はのべ4,200人を超えている。同志社大学では、毎年春学期(4-7月)に連合寄付講座「働くということ」を開講している。講座では、労働領域における今日的課題について、第一線で活躍する労働組合役員を講師に、組合活動の視点から現実的な課題を提示し、その課題解決に向けた具体的取り組みについて講義しており、本書で述べられている「働くこと」をリアルに見つめ、考える機会を多少なりとも提供できているのではないかと自負している。これまでの講義録は同志社大とILEC両ホームページに掲載しているので、あわせてご一読いただければ幸いである。
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