笹島 芳雄『労働の経済学 ~少子高齢社会の労働政策を探る~』

中央経済社
定価2,800円+税
2009年3月

評者:鈴木祥司(生保労連局長)

<本書のねらい>
労働政策の目標は、すべての労働者が充実した職業生活を送れるようにすることにあり、その政策のあり方は、社会・経済環境の変化に応じて絶えず見直しが求められる。本書は、本格的な少子高齢社会を迎え、労働をめぐる諸問題がどのように変化しているのか、どこに問題の所在があるのかを明らかにしたうえで、解決の方向性を探ることを目的としている。

<本書の内容>
第1章(就業構造の変化と要因)では、就業構造の三次産業化、ホワイトカラー化、高学歴化が、労働の各側面におよぼしている影響を論ずる。とりわけ、三次産業化を背景に非正規労働者が増加するなか、終身雇用慣行の枠から外れている当該労働者とその慣行下にある正規労働者の間で、労働条件面や雇用安定面の格差がさらに拡大するおそれがあることに警鐘を鳴らす。
第2章(就業形態の多様化と非正社員問題)では、企業主導による非正規労働者の増加の抑制やその公正処遇が求められるとし、とりわけ労働組合による取組み強化の必要性を強調する。また、育児に手がかからなくなった女性の再就業機会が依然として単純労働を主体としたパート労働となっている現状に対し、女性の能力の活用という観点から、同じパート労働でも高度な技術・技能や知識を生かす分野において就業機会が拡大するよう、企業の創意工夫を促す。
第3章(女性労働者の雇用問題と男女雇用機会均等)では、男女間の雇用機会均等を実現する条件として、女性、企業、社会それぞれが対応すべき点を指摘する。女性に対して長期勤続への努力を促す一方で、こうした女性の努力を妨げるような企業行動の改善(女性に対する業務配分の見直し、女性の能力発揮の場の拡充など)や、社会環境の改善(伝統的・固定的役割分業意識の排除など)の必要性を説く。
第4章(高齢労働者の雇用問題)では、高齢労働者の問題をたんに60歳代の問題としてではなく、50歳代ないしそれ以前からの問題として捉える。50~60歳代の課題として、継続的な能力開発、仕事や能力にもとづく賃金体系への見直しを挙げているが、いずれも高齢労働者向けとしてではなく、若年時からの一貫性のある人事・賃金管理が必要であるとの考え方にもとづいている。
第5章(失業構造の変動と雇用調整)では、景気変動以外で懸念すべき失業の主な要因として「規制改革」と「非賃金労働費用」を挙げる。前者については、日本経済の発展のためには避けて通れないが、労働需要の低迷期では雇用創出的規制改革に限定すべきであるとし、後者については、労働需要の減退につながる、賃金以外の労働費用(社会保険料、退職金など)の増加を抑制すべきと提言する。
第6章(賃金制度、賃金水準と賃金格差の現状と課題)では、仕事内容に応じた賃金、労働の対価に見合う賃金といった観点から「公正な賃金」実現の重要性を説く。とりわけ、賞与および退職金については、非正規労働者の賃金を不公正に低くする一つの温床の役割を演じているとし、さらに退職金については、労働者の積極的な労働移動を阻害している側面も無視できないことから、その年功性の見直しが必要であるという。
第7章(最低賃金と生活保護問題)では、最低賃金制度の整備・充実の方向性を示す。一方で、最低賃金制度だけでは低所得世帯の生活を守ることができないことから、住宅政策や教育政策、手当政策など、当該世帯を支援する各種政策の必要性を説く。
第8章(労働時間の短縮と弾力化)では、労働時間短縮に向けた政策の方向性を示す。残業時間については、割増率の引き上げ、総量規制の強化、EU加盟各国で法制化されている休息時間の導入などをつうじてその削減をめざすとともに、年休については、ILO条約水準である年3週間(最低付与日数)の実現、勤続年数に応じた日数差の修正と、消化率の向上に向けた労使の体制づくりが必要であると提言する。
第9章(労使関係)では、経済活動水準に比べて低いわが国の生活水準の改善に向け、労働組合の果たす役割は大きいとして、影響力の発揮に向けた一層の組織化努力を促す一方、労働組合に参加することの魅力を高めていく必要性を指摘する。また、今後もわが国の労働組合の基本的形態であり続けるとみられる企業別組合の短所(労働条件面での企業間格差が生じやすい、企業を超えた労働者共通の諸問題に対する取組みが弱くなりがちなど)をできる限り小さくしていくうえで、産業別組合やナショナルセンターの役割に期待を寄せる。

<労働組合として学びとる視点>
そこで、労働組合は、本書からどのような点を学びとることができるだろうか。
一つは、公正な処遇のあり方についてである。著者は、その実現に向けた要件として、仕事や能力にもとづく体系への見直し、年功性の見直しを挙げているが、これらは、労働者個々の自己責任にすべてを委ねることを意味しない。公平・公正な評価・登用システムの構築、均等な機会の提供(とくに女性)、能力開発・キャリア形成支援など、労働者一人ひとりの「自立」を促す各種の支援制度・ルールがあってはじめて公正な処遇は実現するということを、労使でしっかりと確認・共有する必要がある。
著者は、労働組合が長年かけて勝ち取り守ってきた賞与(一時金)や退職金さえも、非正規労働者と正規労働者の間の労働条件格差や不公正の温床になっていると指摘している。労働組合として慎重に判断・対処すべき指摘であるが、非正規労働者と正規労働者の間の多様な格差については、著者の問題意識を真摯に受け止め、公正確保さらには職場コミュニティ維持の観点からも絶えずチェック・改善していく必要がある。
もう一つは、労働組合の役割についてである。「職場にかかわることはすべて労使で決める」のが民主的な職場運営の基本である。企業別組合が個々の職場に十分目を配り、職場で働くすべての労働者の声を代表していくこと、そのための力をつけていくことが、あらためて問われている。そのうえで、産業別組合・ナショナルセンターもみずからの存在意義を不断に問い直しながら、企業別組合に対する支援と社会的役割の発揮に一層注力していく必要がある。

本書は、労働政策の主要な論点ごとに問題の背景や経緯が丁寧に論じられ、その要点と全体像がつかめる内容となっており、個々の論点には異論がありうることは前提として、労働政策を体系的に学びたい人に一読を薦めたい。労働経済学といえば、ミクロ経済学の応用ということで、労働組合の役割を無視あるいは敵視するものが多いが、本書は労働の経済学の中に労働組合の役割を積極的に取り込んでいるからである。欲をいえば、労働をめぐる主要課題の一つとなっている「若年者労働」についても取り上げたらより体系的になったのではないか思うが、いずれにしても、労働政策の最良のテキストであることに変わりはなく、多くの人に読まれ、労働政策の具体的な前進につながることを期待したい。


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