道幸哲也『労働組合の変貌と労使関係法』

信山社
定価8,800円+税
2010年7月

評者:末永 太(連合労働条件局次長)


 本書は、組織率の低下と、職場における影響力も弱まりつつある労働組合の実状を見据え、適切な集団的労働条件決定の観点から、労働組合法をめぐる現在の問題点を的確に析出し、あるべき法理論を提示した労作である。

著者の道幸哲也北海道大学教授は北海道労働委員会の公益委員を長く務めておられ、連合北海道とも関わりが深い。評者も労働委員会改革の議論の際にお会いし、和解の重要性を強調されていたことが記憶に残っている。
著者の問題意識は「はじめに」のところで明確に述べられている。2009年の政権交代は、会社と労働者の取り分の割合の是正、つまり、労働分配率を高め、格差を是正するために国民が選択した結果であると言える。そして、それを実践する端的な方法は、労働組合を強化し、労働者サイドの交渉力を高めることである。にもかかわらず、この点の議論は政党レベルにおいてまったくなされていないばかりか、労働組合の存在は公務員制度改革の障害とさえみなされている。著者は、労働組合の弱体化の原因の一端は、現行の労働組合法の不備によることが大きく、政権が交代した今こそ労働組合を強化するため、法改正を行うべきと主張している。

全体としては就業形態・就業意識の多様化に伴う労働条件決定の個別化の進展や経営環境の急激な変化に対応する迅速な労働条件変更の必要性の増加という労働契約をめぐる状況変化のなかで、労働法学全体が個別法に傾倒し、集団法的な観点が、いささかおろそかになりがちな風潮になっていることに対し、著者は警鐘を鳴らし、集団法の整備による労働者の集団的な発言システムの整備・強化の必要性を促している。

内容について簡単に紹介する。本書は3部構成で、第1部では「労働組合法の行くえ」として適切な集団的労働条件決定の観点から労働組合法が全体としてどのような特質を持ち、また課題を有するかを検討している。第2部は「危機に瀕する団結権法理」として団結権の保障のあり方を行政救済と司法救済の双方の観点から、第3部は直面する諸課題として具体的な立法と関連付けて提起された労働組合法の課題を取り上げている。具体的には、「労働契約法制と労働組合」「企業組織再編と労使関係法」「労働協約締結過程における労使の利害調整」「公務員労働法における団交・協約法制」をとりあげ、それぞれの課題に関する論点について著者の見解を含め、記述している。

私がとくに関心をもったのは、第3部第4章の労働契約法制にかかわる部分である。
労働契約法第10条は、労働組合の組織率が低下し、集団的な労働条件決定システムの機能の低下が指摘されるなかで、労働条件の変更という本質的には集団法的な中身を、就業規則変更法理をいかに法文化するかという、個別法の枠組みの中で取り扱おうとしたものと理解している。
そもそも、労働条件の変更というのは、集団法の装置、すなわち労働協約でなされるべきであり、本来、個別法の枠組みといった裏口からでは解決できない。著者は、正面からの労働者の集団的な発言システムの整備・強化のための方法、つまり、労組法の見直しによる労働組合の強化の重要性を強調する。

終戦直後に制定された労働組合法はその後あまり改正がなされなかったため、実態に合わない多くの規定を有している。にもかかわらず、過去には見直しに関する本格的な議論はなされていない。しかも、労働契約法の成立以降、集団的労使関係法理の整備の必要性を求める声はトーンダウンしてきてさえいる。
著者は、労組法制定当時重要な課題であった、労組法第2条(労働組合)や第7条(不当労働行為)に係る労働組合の自主性や民主性に関するもの、つまり、管理職は組合員資格がないとか、経費援助はだめだとかいった問題は、60年経った今では、さほど重要ではなく、逆に、そのことによって労働組合の力が削がれていることの悪影響の大きさを指摘する。この状況を少しでも改善し、労働組合の力を強め、交渉力をつけることで使用者との格差を是正し、労働者への分配率を高め、労働者の処遇改善につなげていく必要があると説く。

また、著者は集団的労使関係法理においても従業員代表制の整備が浮上している点について疑問を呈している。企業別組合がもつ機能不全を手当し、職場における労働者の「声」を実現する新たな仕組みを作り上げるという考え方は、全体的に言えば、従業員代表制のアイデアと結びつきやすい。しかし、そういった議論はあり得るとしても、従業員代表制のもつ、組合結成や運営への悪影響についての指摘をそのままにしておいて従業員代表制の拡張というのは少し安易すぎる考え方ではないか。むしろ、組合員資格や経費援助など現行労組法が設定しているような組合モデルを時代に合ったものに転換するなど、逆に労働組合の方を拡張するやり方の方が適切なのではないかと著者は主張する。

しかしながら、労働組合法見直しに関する、著者が言う方向での社会的コンセンサスを得ることは直ちには難しい。
むしろ、法の改正を求めるためにも、まず、現行法のなかで、労働組合としての存在感を回復し、高めていくことが、まずもって求められているのではないか。労働契約法にしても従業員代表制にしてもその問題点については充分に検討すべきであるが、組織化を進め、労働組合の力を強めていく要素もありうる。個々には議論すべき点はあるが、労働組合に対しても多くの課題をつきつけているという点でも、一読に値する著作である。


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