チャールズ・ウェザーズ
『アメリカの労働組合運動:保守化傾向に抗する組合の活性化』

昭和堂
定価3800円+税
2010年12月

評者:鈴木玲(法政大学 大原社会問題研究所教授)

 本書は、アメリカ労働組合運動の歴史と現状を包括的・多面的にカバーした学術書であるが、非常に読みやすい本である。本書はアメリカの労働組合運動が1980年代に陥った危機的状況から再生の道を探る過程と、それに伴う困難および可能性について論じておりきわめて興味深い。
第1章は労働組合運動の歴史を概観して「社会運動ユニオニズムとビジネス・ユニオニズムがサイクルとなって循環し、この二つが交互に現れている」と特徴付ける。具体的には、労働騎士団(1880年代)、AFLの時代(1890年代~1930年代前半)、CIOの結成と発展(1930年代後半~1940年代)、CIOの脱左傾化とAFL-CIOの時代(1950年代~1970年代)という展開である。この最後の段階は経営者との妥協によるビジネス・ユニオニズム・サービス提供機能重視の時代とされる。 1980年代に入ると、共和党政権の露骨な反組合政策や全国労働関係法による組合組織化の行き詰まりから労働組合運動が弱体化し、再び社会運動ユニオニズムの必要性が認識され始めた。
第2章は、80年代末以降社会運動ユニオニズム的戦略を導入し、運動を再活性化した事例を紹介する。この源泉は1960年代~70年代の農業労働組合(UFW)で、UFWは「組織拡大と政治活動の戦略やコミュニティーとの連携の手法」を生み出すとともに、後に労働や政治の分野で活躍する数百人におよぶ人材を輩出した。つぎに社会運動ユニオニズムを牽引したのは、サービス従業員国際組合(SEIU)であった。SEIUの「ジャニター[ビルの清掃・管理をする労働者]に正義を!」(Justice for Janitors)キャンペーンは、「社会運動の手法を組合活動に応用するお手本」であり、とくに移民労働者が多くを占めるロサンジェルスのジャニターの組織化で成功を収めた。SEIUはその後、警備労働者や訪問介護ヘルパーの組織化にも成功した。また、同章はホテル・レストラン従業員組合(HERE)によるラスベガスのホテルやカジノで働く労働者の組織化も紹介する。
第3章はAFL-CIOの分裂について論じる。本章は、「勝利のための変革」(CTW)が2005年にAFL-CIOから分裂に至る過程、SEIU会長のアンディ・スターンの分裂劇の「立役者」としての役割を検討する。AFL-CIOは、1995年にジョン・スウィーニー(当時SEIU会長)が新会長となると、基本的姿勢を「左派寄り」に変えて、組織化への財政的・人的資源のシフト、AFL-CIOの地方組織の活性化、新たな政治キャンペーン手法の導入など、革新的政策を導入した。しかし、SEIU、HERE、衣料産業従業員組合(UNITE、04年にHEREと合併してUNITE-HEREとなる)など組織化活動に熱心な組合は、AFL-CIO執行部の方針が「生ぬるい」と批判をし、執行部に対して本部機構の大幅削減や傘下組合の整理統合などの大胆な改革を迫った。そして、2005年にAFL-CIO組合員の30%を擁する5組合が脱退してCTWを結成した。ただし著者によれば、AFL-CIOとCTWの分裂は「執行部内の人間関係の行き詰まり」である。またCTW内部でもSEIUとUNITE-HEREの対立が激化し、AFL-CIOとの再統合への動きが強まっているとしている。
第4章~第7章は、アメリカ労働組合運動が直面する諸問題について論じる。第4章は、既存の全国労働関係委員会(NLRB)制度による組合承認選挙・労働協約締結が経営者優位の力関係の下で機能不全に陥っているもとで、既存の制度の制約を克服するために組合員動員と教育、コミュニティーの指導者との連携による社会的アピール、企業の経済的不正義な行為の暴露などを取り入れた「包括的」組織化戦略が注目されていることを指摘する。新しい組織化戦略でとくに重要なのは、複雑な規則に縛られた組合承認選挙を避け、「カード・チェック方式」(承認カードに過半数の従業員がサインした段階で組合が承認される方式)を経営者に認めさせることである。第5章は、「組合運動復活の前に立ちはだかる最大の障害」であるウォルマート社の組合結成阻止の強硬政策および同社に対する組合や社会運動団体の闘いを描く。UFCWは同社の店舗を何とか組織化しようとするものの、同社はさまざまな不当労働行為の公然・計画的な実施、組合に組織化された店舗の閉鎖、さらにNLRBに対する同社の政治的工作などにより、組合結成阻止にほぼ成功している。
第6章は、サービス部門の低賃金労働者の積極的組織化以外の社会運動ユニオニズムの諸側面を検討する。具体的には、労働組合と低所得者層を支援する社会運動団体の連携を通じた生活賃金運動(日本でも「公契約条例」運動として取り組まれるようになった)や、国境を超えた労働組合の協力関係の形成などである。国際連携では、SEIUが中国に進出したウォルマート社の店舗を組織化するため、中華全国総工会(ACFTU)に対して実践的な支援を行った事例が紹介されている。第7章は、1995年のスウィーニー体制以降のAFL-CIOの政治活動スタイルの変化について論じる。95年以前の政治戦略は、「民主党議員なら誰でも支援する」という方針であったが、95年以降は組合を支援する候補に政治サポートを集中させた。さらに、組合員やその家族の投票を呼びかける投票推進運動に重点を置き、多くの組合員ボランティアを動員した。これらの草の根の政治活動により、これまで共和党を支持する傾向にあった白人男性の組合員が民主党支持に軸足を移し、同時にAFL-CIOの民主党に対する影響力も強まったとされる。実際、オバマ政権は成立直後労働組合に有利な重要施策を実施した。しかし、組合運動が最も重視しているカード・チェック方式を完全合法化する従業員自由選択法(EFCA)の成立は大幅な妥協なしには厳しい状況である。
終章の「結論と提言」は、組合が取り組むべき3つの課題を提言する。第一に、組合の組織化を実質的に阻害する現在の労働法を改正してEFCAのような組織化を容易にする法律の制定、第二に、医療保険改革などの社会的セーフティネットの構築、第三に、組織率が極端に低い南部諸州での組織化である。
日本の労働組合運動もアメリカと同様に組織率の低下や、政治的影響力の低下に悩んできた。組織・運動形態および政治・社会的文脈は異なるものの、本書で描かれているアメリカの事例は、日本の労働運動の再活性化を模索するうえでも参考になると思われる。
なお著者は、日本での研究歴が長く、日本の労働組合に対する造詣も深い。


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