竹信三恵子『女性を活用する国、しない国』

岩波ブックレット
定価500円+税
2010年9月

評者:末永太(連合労働条件局次長)

 著者は『朝日新聞』の編集委員で、署名入りの記事のほか、『ワークシェアリングの実像』などの著作でもよく知られている。『朝日新聞』も、他のメディアとおなじく政治・経済・社会の記事では、表面的な事象に追われて、世論をミスリードする役割を担うことが多くなっているが、そのなかでは異彩を放つジャーナリストである。本書はそうした著者のジェンダーについての、いわば中間総括とでもいえる好著である。
「日本の男女平等はもう十分だ」。そう思っている人は少なくないかもしれない。確かに1985年の「男女雇用機会均等法」をはじめ、その後も男女平等を実質的なものにする法律は相次いで生まれている。しかし、そういった法律上の整備に対して、実際の家庭や職場、政治の場で、女性はのびのびと活かされているのだろうかと著者は疑問を呈する。
このブックレットは男女平等度の国際的な指標ランキングである国連の「ジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)」を通じて日本における女性の活用の実態を明らかにし、なぜ女性の活用が進まないのか、そしてそのことが社会の活性化を阻害している実態を示している。
「女性の社会進出」「女性の活用」というと、ともすると、「女性のため」と思われがちだが、そういった女性か男性かの二元論ではなく、現実の変化に対応できる男女関係へ、女性を都合よく活用するための活用ではなく女性が自身をよりよく活かすための活用へと発想を転換する必要があると著者は訴える。
70年台から80年にかけて欧米を中心に起こったグローバル化とそれに伴う空洞化、現在の日本が直面している厳しい状況を欧米は既に体験し、それを賃金の「時間比例の原則」、安定雇用の保障など、働き手を女性にまで広げる施策をとることで乗り切ってきた。
しかし、日本ではむしろ逆になっている。女性の社会進出に対し、議員や識者、団体などから男女共同参画批判が叫ばれ、むしろ足を引っ張るような言動も目立ってきている。その結果、日本のGEM順位は1995年には116カ国中27位だったものが2009年には57位と低下する情況にある。
世界からとり残される男女平等にとって最大の障害となるのは過去の成功体験である。日本はかつて高度成長期に女性を無償の家事や育児に回し、その支えで男性を長時間働かせて人件費を抑え込み、同時に福祉に使うカネを産業振興に回すことで世界第二の経済大国にまでこぎつけた。そうやって生まれた成長の分け前は男性の世帯主に配分、世帯主からその妻子に分配されて消費は活性化し、景気も拡大した。
著者はそういった過去の成功イメージへの依存から脱し、厳しい状況を乗り切るためには、むしろ多様な女性の活用を進めることで男性中心の働き方を見直し、女性の経済力を高め、新しい納税者を育てることが実は重要なのではないかと主張しており、そのことは、国際社会の激変に社会を適応させるためのポイントともなると提言している。
今の女性の活用は、男性並みの長時間労働に耐えられる働き方ができる女性だけを正社員メンバーとして認めるというものにすぎず、昇進や抜擢を受ける女性のなかには男性と同じかそれ以上に既存のルールを発言する例も多く、それでは女性が登用されても女性の活用の広がりといった点では何も変わらないとしている。
こうした事態を乗り越えるには女性自身が「こうすれば私は働ける」「こうすればもっと安心して暮らせると生の声をあげられる発言の場を広げていくことが不可欠であると著者は言う。そのためには女性の現実を知る人がもっと国会や自治体の議会、労働組合、マスメディアなど社会の仕組みづくりに大きな影響を与える場に参加しなければならない。男性中心にできあがったルールを変える。そのことではじめて女性が活かされる社会をつくることができるとしている。
本書に対して不満がないわけではない。まず、すべてというわけではないが、登場する女性は会社役員・管理職や高級官僚などいってみればエリート女性が圧倒的に多く、ふつうの働く女性の実態や意識に光があてられているわけではない。また、これまで自民党政権のもとで創られてきた女性が「働かないことを有利にする」諸制度(3号被保険者制度や配偶者控除など)の改革の緊要性が十分指摘されていないこと、最後に、といっても実はもっとも重要と思われることだが、状況を突破するうえでの労働組合の活動の必要性が強調されていないこと、などがその例である。また、国際比較の面でも、スウェーデンをめぐっての論議にあるような性別職域分離の状況にはふれられていない。著者は、こうした点は、小さなブックレットとしての限界を超えていると考えているのかもしれない。
こうした不満はあるが、社会を活性化し,生活を豊にするために必要なことは何か、そんなことを考えさせてくれる一冊である。


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