奥井禮喜『だから、組合に行こう-自分と社会の未来のために-』

ライフビジョン出版
定価900円+税
2010年9月

評者:松井千穂(連合大阪政策・男女平等・広報・教育グループ)

 「だから、組合に行こう」。労働組合のあるべき姿や現代社会の労働運動のめざすべき方向を模索している私にとって、とても興味をひくタイトルである。
著者の奥井禮喜さんは、現在の電機連合傘下の、労働組合の中央執行委員を経験した後、独立し「人生設計」や「新・大衆運動論」などをテーマに執筆・講演活動を行ってきた。1981年に出版された『労働組合は倒産する』(総合労働研究所)は先見性に富んだ著作として著名になった。毎週月曜日「週間RO通信」としてネット配信されている時評も有益な示唆に富むものが多い。
その著者が職場の最先端リーダーを中心に、現役の労働組合リーダーや組合活動に未だ足を踏み入れていない人に向けて、社会的団体である労働組合の役割や本質を詳細に解説したものが本書である。著者の長年の研究と経験からくる「労働組合論」は、「人間とは?」という人類学的、哲学的問いに始まり、様々な歴史を経てその時代の人間が形成する社会、その中での労働組合の誕生とその存在意義と価値について、現代の労働組合のあり方に問題意識を投げかけながら説くものである。

 

人間論と基本的人権
本書全八章のうちの第一章から第三章までは、労働組合を論議する前提として「人間」、「幸福」、「社会」、「職業」、「基本的人権」といったキーワードについて解説が行われている。
そもそもこの社会に存在する「人間」はいかなる存在で、いかに生きるべきか?歴史上の様々な偉人の言葉を紹介しながらその在りようについて述べられている。フランスの数学者であり思想家であるパスカル(1623~1662)の有名な「人間は考える葦である」という言葉、さらにパスカルの研究者である哲学者の三木清(1897~1945)の「『虚無』におかれた人間は、何かをなさねばならない存在である。つまり、人間の本性は『運動』にある」という思想から著者の考える人間論の一端を展開する。前述の三木の言葉は、「運動体である人間は運動対象としての未来を考える存在であり、現在を手段(運動)として目的的に生きよう」ということを言っており、著者は「人間は『かくありたい』という目的・目標を掲げて行動するときに、『実存』する人間となる。人生に意味を感じ、主体的挑戦的に生きるようになったとき、人間は『自己を回復する』のであり、これが『ライフワーク』の本質である」と説く。
世界中の様々な哲学者などの言葉をわかりやすく著者流に換言し、解説するスタイルは各項目個別に見ていくと非常に興味深い。
そして現在、日本国憲法に規定される「基本的人権」も労働運動につながる民主主義を考えるうえで重要なキーワードとして詳細に解説されている。
人は生まれながらにして「生命・自由・平等」の権利を有するという「基本的人権」は現代法における最高最大にして崇高な権利である。しかし、この権利を人類が獲得するまでに世界中で様々な決して平穏なだけではない、時に辛い歴史が辿られてきた。日本においては明治初期の自由民権運動に始まり、第二次世界大戦終結後の日本国憲法が登場するまでの間、封建主義や国粋主義の台頭により現代の私たちが当然のように手にしている基本的人権は存在しなかった。世界を見渡してもアメリカの独立宣言やフランス革命以降、「権力に対する抵抗権」としての基本的人権が規定されていく。著者は、過去の歴史を学び、歴史の歯車を逆転させることなく民主主義と基本的人権を守り、「人類理想を掲げて『崇高な国』を本気で追及しよう」と力強く説いている。

 

労働組合の社会的責任
続く第四章から第八章までは「労働」、「雇用」、「労働法」などの労働組合につながるキーワード、そして「労使対等」、「経営参加」など労働組合のあり方や役割についてそれぞれの項目ごとに論じられる。
労働組合の歴史を振り返ると、普通選挙権獲得運動、平和運動、1960年代後半の公害問題、最近では企業不祥事の内部告発など、その運動は一企業の中に留まるものではなく、社会的意義を持って広く取り組まれている。まさに民主主義社会を体現する組織としての社会的役割が労働組合にはある。そしてその労働組合運動の本質は「参加者が知恵と力を結集することにある」、「組合の力は『連帯』である。『連帯』は自然発生しない。創造するものである」という、組合に集う一人一人の存在の価値、連帯と団結の価値を著者は提起している。
昨今の自分さえよければいいという自己中心主義の風潮や、年々下がる労働組合組織率、組合員の無関心や組合離れといった状況に対して、本来の労働組合の価値を説くとともに、組合というシステムへの関心を深めてもらい、あるべき労働組合の姿、運動を取り戻したいという著者の思いが本書から伝わってくる。文化・文明、科学技術が進歩した時代にあっても、労働組合運動を通して、“人間らしさ”が公共的、社会的なもののなかに息づいていることを望む著者の言葉に大いに共感した。

 最後に本書の構成や内容について、あえて一言付け加えるとすれば、労働組合の存在そのものを知らない人にも読んでもらえるような労働組合の基本情報が盛り込まれていれば、読者層の拡がりがあったかと想像される。そして文章全体を俯瞰した際のまとまりがより明確であれば、理解もさらに深まりを見せることと思われる。全体としていえば、初級の入門書としては難解と思われる部分もあるが、「組合運動が、組合員の知性・理性の高揚を目的とせず、学ぶことを本気でやらなかったから、今日の停滞につながった」(179ページ)という著者の感懐からすれば、「労働教育」としては、ここまでおこなうべきであるという水準をも示していると考えられる。
 著者は言う、「働く人々が、目的意識的に、力を組み合わせて、もっといい社会を作ろうと考え行動するようになったら、どんなに素晴らしいだろうか」。
 本書を読み、著者の思いに共感し、労働組合運動の活性化に取り組むリーダーが多数現れることを心より願う。


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