子どもの貧困白書編集委員会編『子どもの貧困白書』

明石書店
定価:2,800円+税
2009年9月

 本年(2010年)4月より、民主党が衆議院選挙の政権公約で掲げた給付型の施策「子ども手当」が実施されることになった。また、今まで母子世帯にしか支給されてこなかった児童扶養手当が父子世帯にも支給されるようになる。従来、同じ低所得家庭であっても、性別のみを理由に男性は支給対象から除外されてきた。これらの新たな施策は、同じ費用を使うなら保育所政策を抜本的に強化すべきだという主張も充分ありうるが、とりあえずは親の性別に関係なく、(低所得家庭で育つ)子どもへの支援という視点が強化されたといえよう。
子どもに対する支援の強化という背景には、政権交代という政治的理由も大きいが、貧困率の上昇とともに、貧困世帯で育つ子どもの存在に注目が集まるようになったということが挙げられる。2009年10月に民主党政権が公表した、2006年の子ども(17歳以下)の貧困率は14.2%であった。子どもの貧困率とは、全体の世帯の中央値の半分に満たない世帯にいる子どもの割合で、その割合の高さが世の中に衝撃を与えた。しかし、こうした数字の内実、そもそも貧困家庭で育つ子どもにはどのような特徴があるのか、どういった問題があるのか、といったことはあまり知られていない。
本書は、子ども・若者・保護者・援助者・研究者たちの多様な声をもとに、子どもの貧困の実態を多角的な視点から見えるものにし、貧困をなくすための方策を具体化させるため、当事者、支援の現場、政策といったそれぞれのレベルに焦点を合わせながら、現状・課題・提言を描いている。本章の構成は以下のようになっている。
第1章「現代日本の子どもの貧困」では、子どもの貧困を定義したうえで、データを使いながら実態を紹介している。第2章「子どもの暮らし・育ちと貧困」では、乳幼児・小学生・中学生・高校生といった発達段階とともに子どもがどういった現実に直面しているのかをみるとともに、乳児院・児童養護施設等から見える問題や外国籍の子ども・障害児といった低所得世帯の子どもの中でもさらに周辺化されている子どもたちを取り上げる。第3章「学費・教育費と奨学金問題」では、義務教育の場合でも教材費やクラブ活動費など関連費用がどのくらいかかるのかを詳しく掲載し、たとえ授業料が無償化されても低所得世帯の子どもにとって厳しい現実を描いている。第4章「テーマで考える子どもの貧困」では、健康・医療問題や暴力・虐待、不登校、非行・少年事件、性・10代での出産など多岐にわたるテーマについて子どもの貧困とのかかわりから事例を交えながら検討している。第5章「若者の貧困」では、子どもの貧困が若者の、特に、就業問題といかにつながっているのかを取り上げている。第6章「貧困と地域 沖縄から」、第7章「外国に学ぶ イギリス」ではそれぞれ沖縄における子どもの貧困の実態やイギリスでの子どもの貧困対策について、具体的事例を紹介している。最後に、第8章「なくそう!子どもの貧困 私たちのとりくみ」は、諸団体・諸地域における具体的な事例を挙げながら、子どもの貧困をなくす取り組みを紹介している。このように本書は、多角的な視点で、様々な子どもの貧困に関わる人々・当事者が現実に即しながら、子どもの貧困を可視化するという丹念な作業を積み重ねたものとなっている。
ここではとくに、子どもの貧困がその後の本人の就業に及ぼす影響について、本書から得られた知見を中心に紹介したい。
本書は、子どもの貧困を「子どもが経済的困難と社会生活に必要なものの欠乏状態におかれ、発達の諸段階における様々な機会が奪われた結果、人生全体に影響を与えるほどの多くの不利を負ってしまうこと」と定義し、子どもの「いま」と同時に将来をも脅かす重大な社会問題としてとらえている。貧困の中心は、「お金がない」という経済的困難であるけれども、そうした経済的困難が様々な不利(衣食住、いのち・健康を守るための医療、余暇活動・遊び、日常的な養育・学習環境、学校教育などの側面における不利)をもたらすという。これらの不利は、連鎖・複合化し、子どもの能力の伸長を阻み、低い自己評価をもたらし、人や社会との関係性を断ち切るといった作用にまで発展する可能性を持つ。また、年齢とともに貧困がもたらす不利は蓄積され、子どもの様々な可能性と選択肢(高校卒業や大学進学、正社員としての就職)を制約し、その結果、不安定な労働・生活に陥り、大人になってからも継続して貧困の中におかれることを示唆している(p10)。
このように、子どもの貧困が大人になった時の不安定な労働・生活へとつながっていく様について、大人の貧困状態の入り口として若者問題を捉えているのが5章である。そして、子どもの貧困を若者の貧困へとつなげる回路が、職業選択の場面で働いていると指摘する(p258)。キャリア意識を持ってより有利な職種に就かせようとする誘導は、とりあえず生活が成り立つよう働かなければならない状況にあっては非現実的で役立たない。働き方の貧困へと誘導する生活環境・家庭環境の貧困が存在していること、すでに高校時代のアルバイトで働き方の貧困を経験していることが、卒業後の貧困につながる就業をスムーズに「選択」させる、と鋭い洞察を行っている。それが「僕は中卒フリーター」「無法地帯に押しやられる新聞奨学生」という当事者からの声や「厳しい労働市場に追いやられる高校生アルバイト」といった5章の他の節の展開によって裏づけされている。
では、いったい子どもの貧困をなくすにはどうしたらいいのであろうか。本書では、イギリスでの取り組みが紹介されているものの、本書としての統一見解を出しているわけではない。社会福祉と教育が主要な位置づけであることは読み取れるが、「子どもの貧困の現状を可視化する」ことに力点が置かれている。本書を踏まえたうえで、子どもの貧困を撲滅するための施策を深く検討するのは今後の課題といえよう。

(金井 郁)


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