社会政策学会本部
(ミネルヴァ書房)
定価2500円+税
2010年6月
評者:金井郁(埼玉大学経済学部専任講師)
社会政策学会では、第118回大会(2009年)において「福祉社会の変貌と労働組合」を共通論題とした。本学会誌該当号は、学会報告を踏まえた論文集となっている。禹論文によると、共通論題の趣旨は「日本の労働組合は、多様な労働者の生活の安定や公正さの確保を実現していくという点において進化しうるのか、その条件は存在するのかを議論」することである。本論文集は、組合員一人一人が労働組合の役割について真剣に考え、行動していくための必読の書といえる。
学会では、労働組合の役割について、4つの切り口から検討を試みた。第1に、富田論文において労働運動として限界が指摘され補完する機能を強化することが必要とされているものの、なお「基底性」は依然変わらないとされる企業別組合の基本的役割、第2に、橋元論文において論議されている非正規雇用に対する企業別組合の役割、第3に社会保障制度等の政策に対する労働組合の役割、第4に正義と公正を追求する社会運動としての労働組合の役割、の4点である。
富田論文によると、日本の企業別組合は、労働市場での取引に力を注ぎその成果を企業レベルに及ぼし、同時にそれらを社会的レベルでコモン・ルール(労働基準)化することを基本とする欧米の組合とはかなりの隔たりがあるという。日本の企業別組合の活動原理は、“生産主義に支えられた分配機能”の追求だと主張する。生産主義とは、組合も職場における生産活動の維持に責任を持つことを指す。生産維持については、組合であっても予定される生産量と品質の実現に一当事者としての役割を果たすこととし、そのためには生産管理や職場管理の一端を担うこともあるという。
一方、分配機能は生産主義に主たるエネルギーを注ぎ込んでおいて、公正な分配という標語に基づいてその果実を出来るだけ多くとることを基本とすることとされる。しかし、この方法は労働市場での取引にあまり力が注がれない分、ひ弱さがつきまとうと指摘される。
その上で富田は、こうした企業別組合の活動原理が、グローバル競争や市場主義の深化に伴って、どのように影響を受けているかを検討している。具体的には、(1)モデルチェンジが連続するような多品種職場の生産維持、(2)職場組織の変更問題、(3)長時間労働問題への対処、(4)非正規労働者の増大と生産維持、といった領域を分析している。その結果、組合が生産管理の隙間を埋めることによって、要員問題や長時間労働問題の改善、管理の個別化の行き過ぎを是正するなどしていたことを明らかにする。
一方、非正規雇用問題については、非正規の習熟と定着を進め、少しでも長期の雇用が展望でき、その中に正規登用される人材を作るといった方針がとられていた。そういった意味では、非正規労働者の処遇改善は企業別組合によってある程度取り組まれているが、あくまでもその目的は、「生産維持」である。その目的が貫かれているため、スキルが内部化しない者の組織化はしないし、彼(女)らへの影響は限定的であることを明らかにしている。
橋元論文では、より非正規化の進んだ企業における非正規雇用問題に対する企業別組合の対応を分析する。橋元によると、非正規雇用が増大し、その多数あるいは一部が基幹労働力化したことで、正社員との格差が大きく、非正規労働者の能力や意欲をいかせず、正社員との職場のコミュニケーションが不足するなど、企業の存続や競争力に関わる事態が生じているという。こうしたことを背景に、企業別組合は基幹的労働力を改めて全部組織化することによって、企業の存続・発展を図り、賃金・労働条件を改善していこうと、企業別組合の役割としてその機能を再生しようとしている。
つまり、橋元論文では、企業別組合の原理的機能を、職業生涯を通じた職務能力の形成と処遇を有利なものとするために、企業内労働市場の供給独占を行って、企業発展に寄与することと整理する。そのために、基幹労働力化した非正規従業員を組織化して基幹労働力全体で構成する組合となりつつあるという。
その上で、2つの大きな問題があると指摘する。1つは、従来の雇用と賃金のあり方を抜本的に問うものであり、「終身雇用」と「年功賃金」を基礎としてきたシステムに変容を迫ることになるという。第2に、補助的臨時的な労働力は、企業別組合に組織することは困難としつつも、これらの非正規雇用の存在なしには、企業内労働市場の安定は困難だとする。そのため、産別組織やナショナルセンターの役割が極めて重要になるという。これらの組織が連携しながら、景気変動に対応する雇用変動に対処しつつ、雇用改善を図ることのできる仕組みを構築し、加えて、セーフティネットなどの社会政策によって下支えする仕組みを作っていくことが重要であると述べる。
禹は、これらの論文を踏まえて、企業別組合の「改革」のために、「生産主義」にあまりにも傾倒しているその考え方を変え、階層的に多数の利益を代弁し、機能的に労働市場規制へよりシフトしていく必要があると主張する。そのための方法として、「上から」の試みで「連合評価委員会」のような活動を体系的に組織すること、また「下から」の試みで職場の中で「異議申し立て」の可能な環境を作ることを提案している。
細部においては重点の置きかたに違いがあるものの、この3論文に共通するのは、大きな状況変化のなかで、企業別組合の役割の再構築と社会的運動としての産別・ナショナルセンターの役割との連接という問題意識という点である。この点は、3論文の具体的な内容とともに、労働組合の実践者たちが、どのように考えるかをぜひ聞きたいものだとおもう。
筆者としては、3論文ともに、とくに多くは女性であるパートタイム労働者の組合の意思決定への参加の問題が十分にとりあげられていないという不満がある。このような不満はあるが、学術的な論文集とはいえ、きわめて実践的な示唆に満ちているこの学会誌が広くよまれることを期待したい。 |