白波瀬佐和子『生き方の不平等-お互いさまの社会に向けて』

岩波新書
定価800円+税
2010年5月

評者:山根正幸(連合非正規労働センター部長)

 本書で著者は、人生における4つのライフステージ(子ども期、若者期、就業期、高齢期)ごとに、選択肢が様々な不条理によって限定されている構造に注目し、それによって発生・蓄積される不平等を様々な研究結果を紹介しながら分析している。その上で、ライフステージごとにある不条理さを一連のものとして捉え、世代を超えて共有し、その解決策を提示している。
子ども期については、親の経済状況によって規定されることを明らかにした上で、若年カップルや母(父)子家庭の貧困率が高いことを挙げ、育ちの過程における不平等を是正するには、子育ての全てを家庭に委ねるのではなく、多様な主体が介入すること、職業教育だけでなく教養教育も重要であると指摘する。
若者については、非正規雇用が増加する中で親との同居が長期化していること等を指摘する。過渡期で蓄積が少ない中でマクロ経済の影響を受けやすい存在であるとして、職業教育やキャリア教育の複線化、最低賃金引き上げ、若年層への住宅支援策等を通じて、つまずきを将来に引きずらせないことが重要であるとしている。
就業については、性別役割分業規範を前提とした雇用慣行を見直し、同一労働同一賃金、平等な昇進機会を保障することを提起している。
高齢者については、それまでの生き方が蓄積されることを前提に、標準的なライフコースに沿わないことを踏まえた制度設計が必要であるとし、介護保険の社会化をより明確に打ち出すことをはじめ、世代間、世代内の再分配政策が求められているとしている。
これらの指摘をした上で、著者は3つの提言をしている。一つは再分配政策であり、中間層を含めた累進性強化等の税制全体の見直しを行うこと、二つ目は負担と受益が循環する形での子育てや就労に対する支援策、そして三つ目は就労を通じた参加型社会の実現として、多様な就労時間・就労形態の保障や最低生活保障制度の整備、である。
こうした論点は、本書に限らずこれまでも様々な研究者が提起してきたものでそれほど目新しいものではないが、本書で注目すべきは、これらの論点や提言に通底する形で著者が提示している価値観、すなわち、本書のタイトルである「お互いさまの社会」である。
バブル経済の崩壊以降、企業による雇用保障が崩れるとともに、社会における格差が表面化し、男性一人働きモデルと企業や家庭におけるリスク分担を前提とした社会保障、税制、最低賃金の限界が明らかになっている。著者は、こうした状況を前に、「誰もが不条理・不平等・貧困の当事者になりうる可能性を持っている」として、子どもと親、若者と親、夫と妻、雇用主と労働者、高齢者と家族といった特定の関係を超えて、個人の存在を社会で共有すること、一人ひとりが社会の構成員として助け合いの関係、「お互いさま」の関係にあるという共通認識を持つことの必要性を提起している。自分の子どものみならず「他人」の子どもの育ちや就労を支えることは、やがてはその子らが社会保障を通じて他者の就労や老後を支え、さらにその次の世代の育ちを支えることにつながる。空間的・時間的に、こうした「お互いさま」の関係を広げることで、社会全体でリスクを分かち合うことが互いに利益をもたらすと説く。
著者はまた、「お互いさま」の社会を担うべきわれわれに対して、「敏感な他者感覚」と「社会的想像力」を養うことを提起している。世の中には圧倒的に「見えない他者」の方が多い。だからこそ他者感覚を鍛えることで、見えない他者との間にある「お互いさま」の感覚を磨くことが必要であるとする。
ここでいう他者感覚とは、当事者でない自分が当事者の立場を完全に理解することの限界性をも認識した上で、当事者と当事者でない者の存在を相対化して認識することである。社会的想像力について著者は、当事者でない「われわれ」が貧困を完全に追体験することの限界を認識した上で、そのことを受けとめながら他者をおもんぱかること、他者を他者としつつ、他人事としてではなく社会の問題を捉える想像力が重要であるとする。当事者にのみ注目し過ぎると、それが当事者だけの問題であると錯覚してしまう。社会における様々な問題は、すべてわれわれ自身につながっている、そのことを認識した上で、みんなで問題解決の方法を考えていこう、という筆者はそのように呼びかけているように感じる。
それぞれの職場や地域で、ともに働く人に関わる不条理について、「敏感な他者感覚」と「社会的想像力」を持って感じ、その改善に向けて行動する。このことは、本来労働組合が持っている機能であるはずであり、その意味で本書はあらためて労働組合の活動の原点をも示しているといえる。ただ、「お互いさま」が、個人と個人の意識の問題としてだけ理解されてはならないだろう。「お互いさま」を育むことができるような制度や組織のあり方があらためて論議される必要があると思われる。
また、より掘り下げた議論が必要と思われる点もある。例えば、正規雇用が受けてきた雇用保障などの「恩恵」や「既得権」の分かち合いについて触れている点については、正規雇用の解雇規制が本当に厳しいのかどうか実態を踏まえた議論が必要であるし、正規・非正規を含めた労働分配全体の問題についての議論も必要であろう。
いずれにしても、労働組合に対しても多くの課題をつきつけているという点でも、一読に値する著作である。

(著者の白波瀬佐和子氏は、東京大学大学院人文社会系研究科准教授)


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