1990年代に入って、次々に、新たな開発理念が登場した。すなわち、持続的開発、社会開発、参加型開発、グローバル・パートナーシップ、などがそれである。
だが、世界の現実は、急激なグローバリゼーションやメガコンペティションの進行、さらには、国際金融面の投機がここに加わって、南北格差をはじめ、国内外のあらゆる格差が著しく拡大している。こうした時にこそ開発協力を本格化すべき先進国は、「援助疲れ」に陥ったり、ODAに対する国民の支持の低下に見舞われたりしている。その結果、自国に都合がよいときにだけ、開発支援をどんどん拡大し、都合が悪くなれば早々に撤退するといった事態すら起こりはじめている。ODA活動が始まって約半世紀を経たいま、このような曲がり角に立たされているODAについて、歴史的にも、国際的にも、原点からその実態を見直しておく必要がありそうである。
また、NGOについてみると、いまでは、開発協力におけるNGOの果たす重要な役割は十分に認知されている。だが、ここでも、NGOの人々が故郷を遠く離れ、僻地で汗を流していることだけで賞賛されるわけにはいかなくなっている。というのも、各国を襲っている経済危機や財政難のもとで、NGOは組織的にも財政的にも苦境に立たされ、いわばリストラの波にさらされているからである。
そこで、ODAとNGOの現実と課題を、現時点で、できるだけ簡潔に確認しておこうというのが本書の意図である。とはいえ、最近、ODAやNGOに関する書物はかなり多い。いまや、「開発論多くして、開発の道、ますます遠し」というべき状況すらみられる。ここにまた、一書を加えることになるのだが、あえて本書を執筆した意図を、以下で簡単に述べておくことにしたい。
筆者は現在、労働組合が設立した開発協力の専門機関であるNGOで働いている。このため、開発途上国の現実を知見する機会も多く、また、内外の多くのNGOと交流する機会もしばしばである。さらに、この組織がODAからの支援を受けているため、その運用にもそれなりに習熟する必要に日常的に迫られている。こうした手探りの経験のなかから浮かんできた、ODAやNGOの実像は、洗練された開発論や公式的な文書で描かれているものとは、率直にいってかなりの距離があることを痛感させられた。そこで、開発協力に関心をもつ人々や、活動を始めようとする人々が、最低限、知っておくべきだと思われるODAやNGOの現実をまとめておくことにした。
その際、本書では、具体的に以下の点に留意した。第1に、できるだけODAの骨組みを明らかにすることである。率直にいって、ODAは、目下、いわばジャングル状況にある。特に、日本のODAは、開発協力が始まった時代の、経済成長支援型の構造を根強く残したままであり、そこに世論や国際的動向に配慮して、社会的視点や参加型開発支援などが、次々に「接木」されてきているといえる。したがって、開発協力にアプローチしようとする者にとって、ODAの実像がまことにわかりがたくなっている。そこで、こうした日本のODAの骨組みと特質を国際的な観点から探ることにした。
第2に、NGOの実像と意義を明らかにすることである。今日、NGOの活動はめざましい。これまでの途上国での活動だけにとどまらず、たとえば、国境を超えてインターネットで結び合い、従来の国益にしばられた開発協力活動の領域を超えて活動している。NGOが、21世紀の開発協力活動の、新たな地平を築くとまでいわれている。だが他方で、NGOは目下、組織的にも、財政的にも、かなりの逆境にあるのも現実である。そこで、こうした内外のNGOの実像を探り、それに基づいて、今日的な意義についてみておきたい。
第3に、以上の分析のうえで、ODAとNGOの関連を検討しておきたい。というのも、これまでは概して、ODAはODA、NGOはNGOという扱い方の文献が多いからである。この両者の関係の鍵となる理念こそが、開発において、人間や社会的視点を重視する社会開発戦略であるというのが筆者の考えである。
第4に、NGOの重要な一翼をになう労働組合による開発協力活動の実態にかなりのスペースをさいた。それは、欧米諸国では、労働組合が開発協力活動をおこなうことは、歴史的にも、社会的に当然のこととされている。だが、わが国では、こうした認識がなお確立していない。その一因は、世界の労働組合の開発協力活動が、わが国ではほとんど知られていないからである。
以上のような観点から、本書は、まず第I章で、開発協力を考える出発点となる、途上国の社会的現実をアジアについてみて、そこでのNGOの活動にふれておく。つぎに第II・章では、ODAの歴史を、社会開発の視点から追ってみた。第III章は、日本のODAの現実について、国際比較を中心にみておくことにする。第IV章では、欧米と日本のNGOの現状と、NGOに対するODAからの支援制度を概観した。第V章の冒頭では、労働組合の開発協力の意義を考え、ついで欧米の労働組合の開発協力活動をみた。最後の第VI章で、日本の労働組合がおこなっている開発協力活動の概況を紹介した。はたして以下の分析のなかで、以上で述べた意図がどこまで満たされたかは、率直にいって心もとない。ぜひとも、本書を読まれた方々のご批判を期待したい。 |