藤林敬三(ふじばやし・けいぞう)
1900年~1962年。大阪府出身。26年慶応大学経済学部卒。同学部助手となり、ヨーロッパに留学、32年同助教授。34年教授。専攻は社会政策、経済心理学で『労働者政策と労働科学』などの著書がある。戦後、神奈川地方労働委員会委員、中労委委員などを歴任、57年、新発足した公労委会長に就任した。いわゆる藤林あっせん案などで国鉄政府側の見解に沿った収拾案をまとめた。60年、中山伊知郎会長辞任後の中労委会長に就任。同年の三井・三池争議では、労働組合側にきびしいあっせん案で最終的に収拾した。慶応大学教授、中労委会長の現職のまま病死した。