『私の提言』

優秀賞

LGBTQ+の包摂をリードし、職場を変えられる実感のある労働組合へ

久保 明日香

1.はじめに

 歴史的に、労働組合は労働者や社会的弱者の声をすくい上げ、しばしば政府や企業に先立って反差別や人権を訴え、議論をリードしてきた。しかし、現代において大きな課題となっているジェンダー平等やLGBTQ+(注1)の包摂に目を向けた際、労働組合が果たすべき役割を全うできているとは言い切れないのが現状だろう。
 たしかに、日本労働組合総連合会(連合)も誰ひとり取り残されない社会を目指し、2017年には「性的指向及び性自認(SOGI)に関する差別禁止に向けた取り組みガイドライン」 iを発表した。2024~2025年度運動方針の重点分野にも「ジェンダー平等をはじめとして、一人ひとりが尊重された『真の多様性』が根付く職場・社会の実現」を掲げている。ただ、多様性の重要性を理解し、労働組合の要求がなくても、前のめりに取り組みを進めている企業も増えており、労働組合の役割も再考せざるを得ない状況が生じているといえよう。一方で、企業の経営者中心の取り組みには課題があり、労働者の声を直接集めることができる労働組合だからこそ解決できるポテンシャル(潜在能力)があると考える。
 本稿では、上記の問題意識に基づき、連合を含む労働組合がLGBTQ+の包摂をリードすることを提言する。具体的には、現状のLGBTQ+に対する経営者中心のアプローチの課題を述べたのち、労働組合が本来持つ役割をもとに具体的なアクションを提案する。
 なお、本稿では下記2点の視点から議論を進める。第一に、LGBTQ+に関する議論は、当事者に対象を限定するものではない。すべての人に関わる問題であり、とりわけこの問題に関心の高い若年層に労働組合の役割を認識してもらう上で重要なテーマである。第二に、法律や政策ではなく職場単位の課題に注目する。労働組合にとって政策提言の重要性は言を俟たないが、個々の組合員や労働者が実際に行動することができるよう、日々の労働現場である職場から変えられることを中心に議論する。

2.企業のアプローチと課題

 2017年、経済団体の日本経済団体連合会(経団連)は、「ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて」を発表し、LGBTQ+への対応例を示した。2019年には、電機大手のNECが同性パートナーや事実婚の配偶者を法律上の配偶者と同等の扱いにするため労働協約書と社内規定を改定するなど、外資系企業のみならず日系企業でも対応が進められている。さらには、一般社団法人work with Pride によるLGBTQ+に関する取り組みの評価指標であるPRIDE指標(2023年)への応募企業・団体のうち、中小企業は22%を占め、企業規模を問わず取り組みが進められている。
 また、各企業内のLGBTQ+の当事者や支援者が集まり、情報共有や意見交換を行う場として「従業員リソースグループ」と呼ばれるEmployee Resource Group(ERG)を結成する事例も見られる。こうしたERGは、属性などの共通点をもとに従業員が集まり、経営者に意見を伝える役割も果たしている。保険大手のアクサのERGを紹介した記事では、「日本の場合、従業員の声を経営者に伝える機能を担ってきた代表例は労働組合」だが、労組の組織率低下を受け、「ERGが労組に代わる意思疎通のルートにもなる」と指摘されている。ただ、ERGには後述するように組織としての限界があり、労働組合を代替する存在になると一概には言えない。
 企業主導の取り組みはLGBTQ+の労働環境を実際に改善している点で大きな意義を有している一方で、以下のような課題も指摘できる。
 まず、経営者や人事部門主導のアプローチでは、当事者の参画が制度的に保障されているわけではなく、トップダウンの施策に陥る可能性がある。その結果、当事者の抱える困難が解決できないことが想定される。企業側にとってもニーズが把握できないという問題が生じている。実際、2021年に国内の主要100社を対象としたアンケートでは、70社が 「当事者のニーズや意見を把握するのが難しい」と回答している。こうした問題を解決すべく先述したERGが結成されている場合もあるが、ERGは労働組合と異なり、法的な位置づけが与えられていないため、各企業の意向によって目的や権限を左右されてしまうという点で限界も明らかである。本来、人権は誰にとっても保障されるべきものであるにも関わらず、経営者の考えや経営状況に依存しているのが現状である。
 そのうえ、企業では上司と部下という業務上の指揮命令系統があるため、上司がLGBTQ+に無関心であったり、理解がなかったりする場合は、制度が存在していても利用しにくい実情がある。もちろん、そうした事態を防ぐために、研修を実施している企業もあるが、研修でよく用いられるe-learningや有識者の講演のみでは意識を変えることは容易ではないだろう。仮に上司がLGBTQ+に寛容であったとしても、業務命令を下し、自身の評価を決定する相手に対して、セクシュアリティや性自認といったプライベートなことを開示することに抵抗を覚える当事者も多いと考えられる。法律で保障された労働者のそのほかの権利であっても、実際に行使するまでのハードルが高く、労働組合への相談が絶えないことを考えれば、企業の社内規定や担当者の個別判断に頼るしかないLGBTQ+の権利保障は極めて脆弱な基盤の上に成り立っている。
 こうした状況を打開できるポテンシャルを有しているのが、労働組合である。労働組合法等で権利が法的に保障されている労働組合は、当事者からの意見集約および経営者への要求の両方を行うことができる主体である。労働組合は、実際に労働環境を改善するノウハウと人員を有している点も強みである。特に、ナショナルセンターである連合は、企業の枠を超えた連携や事例共有も可能であり、これまでの労働運動で蓄積した経験をLGBTQ+の取り組みに応用する素地をすでに備えている。
 以上の議論を踏まえ、次節では、具体的なアクションを提示する。

3.提言

(1)LGBTQ+に関する職場の課題を解決する

 労働組合が労働環境を改善するために行ってきた取り組みを、LGBTQ+に関する領域にも適用するべきだ。すなわち、組合員へのニーズ調査、意見集約、経営側への提言・要求、解決に至る一連のサイクルを回す必要がある。給与や職場環境に関する調査時にLGBTQ+に関する項目も質問項目に盛り込むことがまずは一歩目になるだろう。
 LGBTQ+に関する相談窓口を設置している労働組合もあるが、当事者からの連絡を待つだけではなく、プッシュ型で自らニーズを調査するべきだ。ERGによる意見収集に限界がある点と共通しているが、自分から声を上げることは心理的負担も大きく、相談するほどではないと思いとどまってしまうリスクがある。早めに相談できなかった結果、トラブルが深刻化し、休職や退職を決断せざるを得ない状態にまで発展するケースもあると予想される。一方、組合員全体を対象としたアンケート調査なら答えやすいという人もいるだろう。必要であれば、事前の許可を得て追加でヒアリングを実施すれば、詳細を確認することもできる。
 また、このような調査は対象を当事者に限定しないことが重要である。非当事者からもLGBTQ+に対するハラスメントや差別を目撃したことがないかを聞き、職場環境を把握することが必要である。また、性暴力やセクシュアルハラスメントの抑止にアクティブ・バイスタンダー(行動する傍観者)の役割が注目されているが、調査を実施すること自体が非当事者の意識変革につながり、職場環境の改善に貢献する。こうした調査を実施すること自体が、労働組合がマイノリティの問題にも関心を有していることを知らせるメッセージにもなる。
 困りごとを含むニーズを把握できれば、次に意見集約を実施するべきだ。当事者がニーズを的確に言語化できるとは限らないため、時として本人も気づいていない潜在ニーズを発見する必要がある。具体的な困りごとの背景には、ハラスメントや組織の風通しの悪さなど、そもそも関係性や職場環境に問題がある場合も想定できる。労働組合としては、個別の問題の背景にある社会構造や労使関係の視点から位置付けることも必要だろう。この点もERGにはない労働組合ならではの意義がある。
 集約した意見をもとに、労使交渉等の場で経営者に提言・要求することも労働組合に求められる役割の一つだ。連合ビジョンでは、「一人ひとりを守るには集団的労使関係の確立と拡大が重要となる。働く一人ひとりは弱い存在であり、個別の課題をバラバラに要求しても解決が難しいことが多い」と述べている。この点は、まさにLGBTQ+に関する問題にもあてはまる。現状の企業中心のアプローチや個別相談だけでなく、集団的労使関係のもとで解決を図ることも検討されるべきである。
 改善が約されれば、実際に改善されたかを継続的にフォローすることも大切だ。これまで労働組合が給与や労働環境の改善に対するチェック機能、ルールの周知・徹底の役割を果たしてきたように、LGBTQ+に関する問題も「やりっぱなし」ではなく、フォローおよび次回のニーズ調査へと一連のサイクルを回し続けることがより大きな効果をもたらす。性的指向・性自認による差別禁止を明文化する企業も増えているが、実際に守られているかどうかの調査まで企業側で手が回っていない場合も少なくないと考えられるため、職場に根を張る労働組合こそ実態を検証するべきである。
 企業側で社内規定が定められていない場合は、担当者が変わると対応が変わることも考えられるため、労働組合へ個別の対応事例を蓄積し、ノウハウが失われないようにする役割も考えられる。

(2)若手と経験豊富な幹部が連携する

 上記の施策は、一部の労働組合の幹部のみで進めるべきではなく、若手の当事者とアライと呼ばれる支援者と連携して進めることが望ましい。担当者として抜擢するのも一手であろう。2016年の連合による調査でも、若い世代ほどLGBTQ+の認知率が高い傾向が示されており、上の世代や幹部だから詳しいと決めつけずに、若手の視点を率直に取り入れることが必要だ。
 ただ、それは若手の意見をそのまま採用したり、言いなりになったりするという意味ではない。むしろ、経験のある労働組合幹部による適切な支援が求められる。2019年に9か国の17~19歳を対象にした日本財団の調査では、「自分で国や社会を変えられると思う」と答えた割合は日本が最低で、18.3%だった。また、年功序列制度が変化しつつあるとはいえ、経験の少ない若手が経営側に意見を通すことは難しいことは容易に想像できる。だからこそ、経験豊富なベテランや幹部がメンターとなって、若手の意欲を生かし、職場を実際に変えられるまで伴走する取り組みが必要だ。
 支援にあたっては、LGBTQ+に関する最低限の知識を習得していることが前提となる。基礎的な理解を欠いたまま、指導を行うことは、若手の離脱を招くだけでなく、それ自体がハラスメントのリスクになる。また、マンスプレイニングに陥らないよう注意を払わなければならない。マンスプレイニングとは、男性が女性に対し一方的に説明し、優越感を得る行為を指す。この構造は、男女間に限らず、若手と幹部の間でも生じることが懸念される。幹部は、若手を無知と決めつけ、説き伏せるのではなく、節度のある振る舞いによって、若手の自発性を伸ばすことが求められる。
 このような配慮を行うことは、一見すると幹部の負担が大きいだけのようだが、若手と幹部が接点を持つことで、労働組合としての考え方やノウハウを継承し、次世代の労働組合を担う人材を育成する機会にもなる。

(3)企業別労働組合の枠を超えて、上部組織でノウハウを共有する

 労働者のプライバシーを保護したうえで、上部組織で対応事例やノウハウを共有し、よりよい職場環境の実現を目指して試行錯誤することも必要である。ナショナルセンターである連合は、加盟する労働組合から集まった情報を分析し、ベストプラクティスを見つけ出す役割が期待される。
 LGBTQ+に関する対応の経験を持つ組合関係者は多くないと予想されるため、経験や知識のある人々が企業別労働組合の枠を超えて、助言などの支援を行うことも有効だろう。

4.おわりに

 本稿では、LGBTQ+を切り口に、経営者中心のアプローチの限界を解決する労働組合の役割を提言した。最後に、筆者の立場と本提言の意義について述べたい。
 筆者は、LGBTQ+の当事者であり、現在、民間企業で勤務しているが、就職活動では心無い発言や差別に遭うことが多かった。その際、行政や大学のキャリアセンターにも相談したが、現在の法律では対応できないと言われたことが印象に残っている。幸いにも現在の会社では周囲の人に恵まれ、自分らしく過ごすことができているが、他の当事者からは、就職活動や勤務先で苦労しているという声も未だに聞く。
 過去と比較すれば組織率が低下し、もはや労働組合に労働者の代表としての役割を期待しない風潮もあるが、本稿で強調した通り、労働組合の歴史や法的位置づけを踏まえれば、現状を変えられるポテンシャルがあると考えている。また、LGBTQ+に対する差別を禁止する立法措置の必要性は認識しているが、労働3法や男女雇用機会均等法ですら守られず、労働相談が行われている現状を考えると、差別禁止法が仮に成立したとしても差別が完全に解消されるわけではないと予想される。そのため、第1章でも述べたように、本稿は政策提言を議論の範囲から対象外とし、労働組合の課題に絞った。
 本提言を実行すれば、LGBTQ+の当事者の職場環境を改善することができるだけでなく、労働組合が実際に職場を変えているという実感を与えられる。労使交渉が必ずしも上手くいくとは限らないが、多様性の尊重については、政労使で方向性は一致しているがゆえに、変化を生み出しやすい領域でもある点は強調しておきたい。
 取り組みを通じ、労働組合の存在意義が明瞭になり、若手を含む熱意のある組合員を労働組合に引き付けることも可能になるだろう。労働組合の地位を向上させる意味でも、組合員の獲得と育成は重要である。
 もちろん、労働組合や労働者の利益になるだけでなく、企業価値の向上、社会貢献にもなるため誰にとっても利益をもたらすといえる。経営者にとっても、これまで把握できなかったニーズを知る機会となり、LGBTQ+をはじめとする人材施策を改善する契機となる。
 労働組合にとってLGBTQ+という領域は新しく見えるものの、本稿が論じたように労働組合のこれまでの取り組みの延⾧線上に位置づけることができる。もし、直ちに提言を実行できないとしても、部分的に取り入れることや一部の労働組合のみで先行導入することもできる。今こそLGBTQ+の包摂をリードし、職場を変えられる実感のある労働組合へ変革することを呼び掛ける。

  1. 注1:「LGBT」以外にも性的指向・性自認等の性に関する多様なアイデンティティが存在するため、本稿では性的マイノリティの総称として「LGBTQ+」を用いる。

参考文献

  1. 日本労働組合総連合会「性的指向及び性自認(SOGI)に関する差別禁止に向けた取り組みガイドライン」
    https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/gender/lgbtsogi/data/SOGI_guideline20190805.pdf?7722
    (2024年7月21日閲覧)
  2. 日本労働組合総連合会「2024~2025年度運動方針」
    https://www.jtuc-rengo.or.jp/about_rengo/data/2024_2025_houshin.pdf?9793
    (2024年7 月21 日閲覧)
  3. 水野裕司「傾聴力育むERGアクサ、働き手の意見吸い上げ」日本経済新聞、2022年3月9日https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD17AGY0X10C22A2000000/
    (2024年7月21日閲覧)
  4. 土居新平「『LGBT差別禁止』84社が明文化100社調査、課題も浮かぶ」朝日新聞、2021年12月26日https://digital.asahi.com/articles/ASPDT54BTPD7ULFA00N.html
    (2024年7月21日閲覧)
  5. 日本労働組合総連合会「連合ビジョン」
    https://www.jtuc-rengo.or.jp/about_rengo/data/vision.pdf?901
    (2024年7月21日閲覧)
  6. 日本労働組合総連合会「LGBTに関する職場の意識調査」
    https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20160825.pdf?0826
    (2024年7月21日閲覧)
  7. 日本財団「18歳意識調査「第20回‒社会や国に対する意識調査-」要約版」
    https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2019/11/wha_pro_eig_97.pdf
    (2024年7月21日閲覧)

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