『私の提言』

奨励賞

「労働組合による人権への取り組みとGFA締結の推進」

石川 要一

 本提言の主旨は、労働組合が人権デューデリジェンス(人権DD)に取り組む必要性を指摘し、その一つの手法としてグローバル枠組み協定(GFA)の締結を推進することを提案することです。
 現状の労働組合の活動はそれぞれの企業内における(賃金を含む)労働条件の向上が主たる目的となっているように見えますが、その活動は単に企業内に留まらず、日本全体での労働条件向上へ向けてあるべきだと考えます。また、活動の根底として、目指すべき社会(日本のみならず世界で)を構築する事が不可欠であり、その中でも特に労働者の人権問題に取り組むことが重要であると思います。
 「労働者の地位向上」「民主的な社会づくり」という目的で育ってきた労働組合の活動ですが、先輩方が取り組んでこられたおかげで、日本における「労働者の地位向上」「民主的な社会」については長い歴史の中で、一定の成果を得られているものだと思います。次のステージとして産業の発展や企業の発展に目が行くというのは当たり前の現象であり、否定するものではありません、しかしながら産業や企業の発展は平和で公正な社会を前提として考えられており、さらにその社会というのは日本国内にとどまらず、世界規模でとらえる事が必要になってきているという事を理解しなければなりません。労働条件の向上を求める活動は社会全体の平和と公正を追求する事自体が活動のベースを作ることになると思います。労働組合はこれらの視点を持ちながら活動することが重要であることを改めて、共有したいと思います。とりわけ、人権問題に取り組む必要性を理解する事、労働条件向上と社会全体に対する活動は決して別物ではない、という事を組合役員が組合員さんに堂々と言えること、そしてそれを組合員一人ひとりが理解してくれることを望みます。

1.取り巻く環境と労働組合の役割

 今、世界は持続可能な世界へ向けて「SDGs」というキャッチコピーを掲げ取り組んでいます。また、経済界ではサプライチェーン全体を包括して人権問題に取り組もうという流れがあります。「人権デューデリジェンス(人権DD)」がキーワードです。考え方については十分理解できていると思いますが、具体的にどう取り組めばいいのか?意外と悩む経営層も多いようです。日本ではグローバル化が進む1990年代からCSRの活動が活発になってきました。多くの企業で真剣に取り組んできていると認識していますし、日本の市場そのものが不正などを許さない、健全な感覚を持ち合わせているからこそ、継続した活動になっていて、各企業の発展に寄与していると思います。そんな中で人権DDの提唱する「サプライチェーンを含む」という広域な人権への取り組みを企業活動の中で、どうしていけばいいのか、該当部署には悩みが存在しているようです。解決策の一つのツールとして私は、労使で情報共有や検証を行うことのできるGFAを推奨します。

1)SDGs

 労働組合は、サステナブル開発目標(SDGs)の浸透と具体的な活動への取り組みにおいて重要な役割を果たす潜在能力を持っていると思います。現在、SDGsという概念は広まりつつありますが、労働組合もその目標達成に向けて積極的に関与する必要があります。既にナショナルセンターや産別の組織でも目標を掲げそれぞれが取り組んでいます。単組レベルでも様々な取り組みが行われているようです。
 SDGsの取り組みは、地域や会社といった組織での活動や個々の生活に関連するさまざまな領域で行われています。例えば、節電やごみの削減などの取り組みは、個々の行動の一例です。しかしこれらは個別の活動であり、組織としては啓蒙活動を推奨していくというやや離れた位置からの活動となります。企業が具体的に取り組む例としては再生可能エネルギーの利用であったり、製造業であれば、環境に配慮した製品の提供などがあります。
 SDGsの中には、貧困の根絶や全ての人への健康と福祉の提供、働きがいと経済成長、人や国の不平等の解消、平和と公正の実現など、大きなカテゴリーが含まれています。これらについては、個別の取り組みだけでは不十分であり、社会全体で取り組むことが必要ですし、啓蒙活動にとどまらず企業活動として具体的に対応していく事が必要であると思います。
 社会全体と個別の生活は密接に関連しており、相互に影響しあっています。社会と個人、企業活動と個人という関係の中でそれぞれに解決していく問題があると考えます。労働組合は、この関係性を理解し、可能な限り具体的な取り組みを進めることができるのです。特に企業内労働組合という立場で、自社の企業経営においてサプライチェーン全体を考えた労働者の福祉や労働条件の改善、平等な雇用の促進、労働者の権利の実現などは、会社のみの見解だけではなく、広い情報とネットワークをもつ労働組合側の意見が効果的だと思います。何故ならば私たち労働組合は過去からその社会運動に主体的に取り組んできた歴史があるからです。また、労使での協議はSDGsの中の複数の目標により効果的に直接関連していくと考えられます。
 労働組合は、組合員の意識啓発や教育活動、政策提言、企業との協働などを通じて、SDGsの具体的な活動への取り組みを進めることができます。啓蒙活動や教育活動では個の活動をフォローアップし、自企業との協働では経済活動の中でSDGsに直接かかわることができます。労働組合がSDGsに積極的に関与することは、単なる個別の取り組みを超えて、より広範で効果的な社会的変革をもたらす可能性があります。ひいては自企業における経済活動にも大きな利益をもたらし、自分たちの労働条件にも直結して効果をもたらします。また、労働組合の力を活かし、組合員や社会全体の利益を考慮した具体的な活動に取り組むことは、より包括的な持続可能な社会の実現に貢献することができると思います。

2)人権DD

 国連人権理事会が、2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則(Guiding Principles on Business and Human Rights)」を採択し、この指導原則のなかで、企業が人権に関する責任を果たすための枠組みを提供しており、人権DDの実施を推奨しています。10年が経過し、やっと世界各国で人権デューデリジェンス(人権DD)への具体的な活動が進められてきています。日本でも2022年9月に経済産業省より「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が公表されました。欧米諸国との大きな違いは、欧米での多くの国や地域で人権問題への取り組みを法規制によって実行しようとしている事に対し、日本では企業の自主規制に委ねられている状況である事だと思います。(例えば欧州連合(EU)では2021年に採択された「企業の人権デューデリジェンスに関する指令」があります。この指令では、企業は自らの活動やサプライチェーンにおける人権侵害リスクを評価し、予防・緩和策を講じることが求められます。また、フランスの「企業注意義務法」やドイツの「サプライチェーン注意義務法」など人権DDを法律でコントロールしています。)※図表

※図表

図表 人権 DDに対する最近の国際情勢

 日本では企業経営における高い倫理観と不正を許さない日本の市場をベースに行政が奥まで立ち入らない、というスタンスなのだと思います。このような現状を踏まえると労働組合の力がそこには大きく活かされるのではないかと考えます。なぜならば、労働組合活動の根源は、目前の自社の経営状況だけでなく、働く事を基軸とした「生活」そのものをベースに考えられているからです。(日本経済の失われた30年の中で、私たち労働組合は企業の存続なしには労働者の幸せは成り立たないという事を痛いほど経験してきて、企業経営への関与の大切さを痛感してきましたが、それでもなお、主体は生活における幸せであることを改めて認識してきた部分も多かったと思います。「健全な社会」の大切さには企業経営の大切さよりも大きいものなのだと思います。)
 ゆえに、この視点から、自企業に対して人権DDへのアプローチを企業内労働組合が行う事が非常に効果的であると私は考えます。労働組合は「労働」という言葉でつながる巨大なネットワークを利用し、サプライチェーン全体での人権問題に取り組む事に対しては、企業単体よりも情報量・ネットワーク量で優位だと思います。だからこそ労働組合は人権DDへ積極的に取り組むべきだと考えます。また、経営側も共に築いてきた労使関係の下、この労働組合の力を経営に活かすべきだと思います。経済活動というモノは目先の事だけでなく、「サプライチェーン全体でとらえよ」ということが人権DDのメッセージとなっていると解釈していますが、企業活動におけるサプライチェーンはあまりにも広すぎて、具体的な活動がなかなか進めにくいのではないでしょうか?労働というヨコ串でとらえられる私たち労働組合が会社と協議をすることで 少しでも具体的な活動に結びついていければと思います。

2.組合員目線からの労働組合の在り方

 日本国内の労働組合の組織率は低下しており、労働組合の存在意義について疑問が投げかけられています。労働組合のメリットや活動の意義を広く理解してもらう必要があります。日本における労働組合の創成期では「労働者の地位向上」が大きな目的でした。あわせて「民主化」という課題も抱えていました。「悪を倒す正義のヒーロー」的な役割で非常にわかりやすく多くの人が期待をし、心を合わせる事が出来たのだと思います(そんな簡単な話ではないが表現を ご容赦願いたい)。しかしながらそのどちらも長い歴史の中で一定の目的は達成されています。苦闘の時代の諸先輩には尊敬してもしきれません。バブル崩壊後の失われた30年の中で労働組合は多くの事業場閉鎖、事業縮小、リストラなどを経験してきました、改めて企業の成長なくしては労働組合の成長もないと感じた人が多かったのではないでしょうか。また、効率化やメリット・デメリットを明確にしていく事が有用だとされ、労働組合の活動自体も「自分たちの給料が上がるために…」とか「会社の労働条件を少しでも良くしていく」というものがすべてだと感じるひとも増えてきていると感じます。
 これは一般組合員のみならず、リーダとして組織を動かす組合役員にも多くなっているのではないかと推測します。
 企業や産業の発展は平和な社会、公正な社会が基盤にあるという前提があたりまえになってきています。ロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮のミサイル発射など世界平和が当たり前でないという事が近年少しずつ感じられるようになったものの、まだまだ自分事でない人は多いのではないでしょうか。
 産業・企業の発展は労働条件向上には必須条件ではありますが、その基盤となる社会が存在する事の方がさらなる必須条件であることを再度認識しておきたい。そしてその社会が過去の諸先輩方の血のにじむような努力の成果であることは理解するモノの、仕上がってしまえば勝手に現状を維持していけるのではないか?と勝手に理解している人が多いように感じます。社会が様々に変革を起こしている今だからこそ、そうでない事を理解し、誰かが頑張らなければ維持できない。という事を認識すべきです。この「誰か」を誰が担うのか?より多くの人がそこに関与し、さらなる幸せを求める努力をすべきだと思います。そう考えるとこれまで築き上げた労働組合の組織をさらに活用していく事が、良いのではないでしょうか。
 単組レベルでの労働組合の活動は多くの組織で組合員から一定の評価があると感じます。しかしながら上部団体への加盟が必要なのか?という議論が出ている組織も見受けられます。「自分たちの為に」というメリハリが効きすぎていて、自分たちが良くなるには、周りを良くしないと…という考え方が薄れています。産別活動や友好労組とのつながりは、企業内にとどまった情報の不十分さを解消し、活動自体も広域になる。社会全体へアプローチできるようになるのです。「労働」という共通項で集まる仲間が「生活」という概念で社会的な活動をする「凄さ」を多くの人に知ってもらいたい。そう考えると労働組合の意義に深い誇りを感じる事ができるし、上部団体に加盟している意義を強く感じる事ができます。

3.グローバル枠組み協定(GFA)の効果

 ミズノでは2011年11月にミズノ株式会社、ミズノユニオン、UIゼンセン同盟、ITGLWF(国際繊維被服皮革労組同盟)の4者でグローバル枠組み協定を結んでいます。日本国内、海外共に上部団体の再編が起こったために現在の協定はミズノ株式会社、ミズノユニオン、UAゼンセン、I-ALL(インダストリオール・グローバルユニオン)の4者締結となっています。締結当初は国内企業としては2例目であったが、10年以上が経過した現在でも締結は3社3労組にとどまる。締結当事者としては、もっと多くの仲間がこの機能を活用し、人権問題への労使での取り組みを強化していくべきであると考えます(拡大活動に対する自分自身の発信力、行動力については反省をしている)。理由の一端はGFAの効果があまりよくわからないという事だと推測するが、そもそも会社の経済活動における人権問題(特にサプライチェーン全体にかかわる問題)に労働組合が介入することの意義を感じられていないのではないかと推測します。自社における ハラスメントなどには強く関与し、労使で議論する事は相当に多くなってきているが、サプライチェーン上の別会社の事に ついては当事者が取り組むのが当たり前、という感覚なのではないでしょうか。前述してきたように今や「経済活動における人権への取り組み」とはサプライチェーンを含めた取り組みに変容してきており、企業も労働組合も「社外の事」とはせず、サプライチェーン全体を見通す必要性が求められる時代になってきています。まずはその認識をしっかりと共有したい。そのうえでこれも前述したように労働組合の根幹はなにか?という事を改めて感じ取って頂きたい。
 さて、ではどういうメカニズムなのか?という事を紹介しておきます。
 数年前にアメリカのNGO団体から我が社が取引をしている海外の工場(サプライヤー)における労働環境に問題があるのでは?との指摘を受けました。もともと取引の大きいヨーロッパのブランドに訴えたようですが、その時点で同ブランド(企業)は撤退(取引を中止)してしまったため、我が社に話が来た。という構図です。もちろん弊社でも社内基準(CSR調達基準)によって、取引工場については取引開始前、取引継続中も監査を行っており、その中では特段の問題点は見受けられていませんでした。
 GFAのメカニズムに沿って、会社側、ミズノユニオン、UAゼンセン、I-ALLでの情報共有を行い、それぞれで問題解決(まずは問題の確認からだが)に向けて動き出しました。結果的に事実関係が明確となり、2年ほどかけて問題解決となったのだが、GFAを締結していなければ、なかなか解決は難しかったのではないかと想像します。以下に問題解決に 至るためのメカニズムを簡単に紹介します。
 まずNGOからの通知を受けた会社側はすぐさま企業内労働組合であるミズノユニオンに通知、情報を共有し、ミズノユニオンは上部団体であるUAゼンセンと情報共有。同様にしてUAゼンセンからI-ALL繊維衣料靴皮革(TGSL)部門へと情報共有をおこなった。かなりの時間をかけ協議をしてきたが(実際に私も現地に2度訪問し、監査に立ち会った。UAゼンセン、I-ALLも同様に現地訪問に同行してもらっている)、主な共有内容と協議事項は以下の通り。

  1. 1.情報提供者であるNGOの組織・活動内容の確認
  2. 2.現地の労働環境のトレンドなどの把握
  3. 3.行ってきた監査報告の見直しとNGOからの指摘内容の照合
  4. 4.事実確認と問題点の掌握
  5. 5.問題があれば解決方法の検討と実行

 3~5については企業内に知識と経験があれば何とかなりそうだが、1,2については国際産別であるI-ALLのネットワークや国際連帯を掲げて活動を進めるUAゼンセンの力が非常に効果的であった。情報化社会で、インターネットですべてがわかると思われがちだが、現場の情報というモノはそんなに簡単なモノではなく、深みのあるものです。 たとえ同じ情報に たどり着けたとしても奥行きのある情報は人によるネットワークの中で得る方が断然スピーディーだと感じました。
 さらに、UAゼンセンやI-ALLといった労働のスペシャリストの感度は恐ろしい。多種多様な企業の状況を見たり聞いたりしているので、様々な可能性を提言してもらえる。また、現地の情報についてや、NGOの活動特性や理念、もしくは調査方法にまでその情報は至ります。
 会社側も外部の監査会社も活用しています、もちろん彼らもプロであり、様々な企業の奥にまで入り込まなければならない仕事なので、情報量や想定力も素晴らしいものがあります。それぞれの力がミックスされ、協議を重ね、問題解決に導くというのがGFAの大きな特徴といえます。
 問題が一つ解決すれば終わりという事はなく、さらなる問題が起きたり、別のところで同じような問題が起きたりします。大切なのは問題解決に対するメカニズムをどう活用していくかで、労働という観点から言えばそこには生活環境の発展や技術の進歩、感性の変化というものがつきものである。だから教科書というものは意外と役に立たず、現在進行形の情報が大きな武器となるのではないかと推測します。ここで登場するのが「労働組合」という組織です。長い歴史と幅広い知見、これを今その場でどう生かすかを大きい組織も小さい組織も一所懸命取り組んでいるのが労働組合の実態だと思います。またそれら単一組織のよりどころとなる、産別、ナショナルセンター、国際産別は本当に大きな力を持っている。これを活かさない手はない。
 だからこそ、私はもっと多くの組織がGFAの締結をすべきだと思うし、そのための活動を継続していきたい。情報は多いに越したことはないので、仲間が増えれば、知見が増える、さまざまな対応例があれば、失敗も減少する。是非日本企業のGFA参画を増やしていきたい。

終わりに

 労働組合の活動は企業内だけでなく、社会全体のメリットを追求する事も重要です。人権DDへの取り組みを通じて、労働組合はサプライチェーン全体での人権尊重に取り組むことが可能となります。労働組合は企業内だけでなく、産別や国際的なネットワークを活用し、様々な視点から事象を検証し、考えることができる組織です。労働組合の活動は社会全体にメリットをもたらし、企業側にもメリットとなる。そしてそれが自らの幸せにつながってくることを理解し、積極的に取り組んでいく事を組合員もそしてそのリーダ達ももっともっと理解を深めていけたらいいと思います。


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