白井 桂子(代表)
田中美貴子(共同執筆者)
私たちは「クミジョ」である。クミジョとは武庫川女子大学経営学部経営学科本田一成教授の造語で、「労働界で頑張っている女性」の事である。狭義で労働組合の女性役員をさす。2022年度の連合本部の調査(1)によれば、女性執行委員比率は17.2%である。女性組合員比率が37.2%であることを考えれば、執行委員と組合員比率との乖離は大きい。また、三役に占める比率はわずかに4.5%であるが、どの数字も年々増加しているという。
女性執行委員が少ないことに、私たちは常に飢餓感に似た焦りや苛立ちを感じ、同時に恐怖も感じている。例えば母性保護の観点からの新型コロナ感染症対策は、慢性疾患を抱えた人への対策と似て非なるものである。組合員の安全な業務のため、母性保護(妊婦への配慮)を特に強調すると、なぜ女性(妊婦)だけが保護の対象になるのかと反感を買う。その誤解を解くのに女性一人の説明では心もとない。しかし、現状は一人で対応せざるを得ず、押し切られるのが常である。もしそれが執行部の方針になったとしたら、私のせいで、方針から母性保護が抜けてしまうことになる。そんな恐怖を感じる。
組合執行委員や委員会の委員の多くは男性であることは事実である。女性の委員が参加していても、十数人の中の一人では、なかなか意見を言えない。女性を入れておきさえいればいいだろうという意識も透けて見える場合もある。もっと沢山の女性執行委員がいれば、様々な体験や主張が行えるはずである。
連合は「ジェンダー平等推進計画フェーズ1(2021年10月1日~2024年9月30日)」(2)で、女性の参加の目標を30%としている。その達成のため、「行事の際には、女性に必ず声をかける」など具体的に示している。しかし、参加要請は行うものの、そこに付随する様々な事情に配慮ができているとは言えない。例えば、乳児がいる、介護をしている、家事を行わなければならない(家庭生活が回らない)などである。
声掛けをされても、多くの女性役員や女性組合員が思ったような活動ができずに悩んでいる。それは組合活動が「健康な中年男性」を基準に回っているからと考えられる。さらに付け加えるなら「家庭に対して支援や介助を免れている(ケアレス労働者)、健康な中年男性を基準に」である。これでは、男女問わず自身の体調に不安のある人や子育て・介護を行っている人、家事を全面的に負担している人は組合活動への参加は難しい。一般中執は受けられても、労組三役や専従を担うことは困難である。ちなみに、総務省統計局による令和3年社会生活基本調査(3)によると、共稼ぎ世帯の男性の家事関連時間週平均一日59分に対し女性は4時間56分。6歳未満の子を持つ夫の育児時間65分に対し妻3時間53分(共稼ぎ・片稼ぎ合計)である。
本田は、「労働者は職場から家に帰るのだから、労組は家の中で起きることに無頓着ではならない」(4)としている。このことは、主に女性が担っている家事労働から女性を解放しなければ、女性参加は進まないことを意味する。
労働組合は「男女平等」を急き立てられてきた。今でもそれは変わらないが、この「平等」とは、職場での役割や仕事を均等にすることではない。それを、「平等だから男性と同じように女性も働く」と勘違いしている人は多い。「女性が男性と同じように働くのは、社会的、身体的理由も含め、公平さに欠ける」とすると「ほら、オンナはすぐに権利を主張する」「家庭を言い訳にして(組合活動等から)逃げる」とされる。女性が参加できない根本の解決策も示せず、自分の思いのみの、残念な発言と言わざるを得ない。
神谷悠一は、著書の中で「DVなど、ない事にされていた課題を可視化し、制度を構築することで対策が具体的に取られてきた。社会は、課題への声を制度化することで確実に変わる」(5)としている。そこで今回、この方法を用い、組合女性執行委員が確実に増え、全国の女性組合員・女性組合役員をまもり、つなげ、安心して活躍できる基盤を整える方法と、創り出す制度・システムを提言する。
基本ルール:役員交代の際に選出する次の者は、自分とは異性とすること。
つまり、執行委員選任に性別ローテーションを導入し、今期男性が務めた産別・単組は、後任者に女性を選ぶというものだ。これならば必ず毎年女性が選出される。
①執行委員を3つのグループに分ける。(A、B、Cとし、人数は同数とする)
②初回、執行委員の任期が終了する際、Aグループは、次の執行委員に異性を選出。B、Cは同性でも可とする。
③2回目以降は、A、Bグループは②同様に現執行委員とは異なる性別の委員を選出する。
Cグループは同性でも異性でも可とする。
④上記、②③を繰り返し、限りなく1:1の男女比に近づける。
⑤上記A、Bグループで、どうしても選任できない場合は、Cグループで調整する。
この方法では、下記のケースの対応を考える必要がある。
(ア) 執行委員が再任される場合
(イ) 執行委員に立候補意思があっても、性別により選出できない場合
(ウ) 組合員の構成が、片方の性に大きく偏っている場合
上記(ア)、(イ)の場合は、グループ同士のトレードや、調整のためのCグループを活用する。ただしA、Bグループの基本は、現状の執行委員の性とは別の組合員を選ぶ。
(ウ)の場合は、片方の性のみの運営を行わないことを基本とし、選任する。ただし、少ない方の性の組合員が0人でない限り、最低3人以上の選任を取り組む。
次にこの方法で選任された執行委員について懸念されることと見解について述べる。
まず、選任された執行委員が、組合活動の経験が少なく執行委員の任を担えるのかという懸念を持たれる可能性がある。連合会長芳野友子氏と小説家で日本大学理事長の林真理子氏の対談で芳野会長の発言にもあるように、「(女性役員を)育てる風土がなかった」(6)ことからの懸念であろう。ならば、育てる方法を考えればよいという、至極まっとうな結論に至る。
それでも「素人に組合執行委員が務まるのか」の意見は出るだろう。私たちは指導次第で務まると考えている。
群馬県内にある総合病院(555床)の労働組合の執行委員は、くじ引きで決まる。任期は1年で執行委員は総入れ替えとなる。組合員数は700名。何もかも初めての経験だが、それでも職員代表となり、36協定を結び、最終的には春闘要求書を職員の意見を聞きながらまとめ、団体交渉(予備交渉を含む)を行い、労働協約を締結するに至る。指導者(前任者等)がしっかり支えるから、立派にやり遂げられるのである。素人だから斬新な発想や新風を吹き込めることもある。「役職が人材を育てる」のとてもよい例である。小さな組合だが、その直向きさにはいつも感服する。まさに、ニュージーランド前首相のアーダーン氏の退任挨拶「誰でもリーダーになれる」(7)の通りである。
次に考えられることは、「前例がない」と難色を示されることである。しかし労働組合は前例がない事を突破し、労働協約を締結している。今までやったことがないから、やる意義があるとも言える。そもそも前例踏襲してきたから、女性が組合執行部に居ないのではないか。だが、私たちの今までの経験からは、前例がない提案は、提案直後に否定・拒否されることも多い。
しかし時代は進んでいる。2023年連合本部主催3.8国際女性デーの基調講演で、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の治部れんげ氏は、「現学生は権利を当たり前とし性差別の拒否感が強い。賃金交渉は継続されてきて今の形態があること(つまり労働組合の取り組み)は、きちんと伝え、昭和的価値観の打破、変化が受け入れられる組織への変革が必要である」(8)とした。
確かに、6月男女平等月間に向けて行った連合群馬の取り組み、ジェンダーに関する対談では、30代既婚男性の単組執行委員から「同僚も友人も共働きであり、家事は率先して行っている。男性育休率も80%以上となり、家事育児は夫婦で行う認識となっている。会社もジェンダーの意識を広めようとし、男性も育児時短制度を使えるように管理職がマネンジメント力を向上させる研修を行っている」(9)の発言があった。企業もジェンダーの考え方を浸透させてきているので、労働組合だけが取り残されている状況であるとも言える。
社会学者の上野千鶴子氏も「同一価値観のホモソーシャル型の組織に風穴を開ける方法のひとつがノイズを立てることです。これからも、勇気を持ってノイズを立てる、そしてその際には孤立しないように仲間を作って輪を拡げてください」とリクルート社のインタビュー(10)にこたえている。
「脱皮しない蛇は亡びる」とはニーチェの言葉であるが、正にこのことだと考える。脱皮しなければ、何も前に進まないと私たちは考えている。
さて、ダイレクト・パリテ・システムなら少ない方の性、たいてい女性だが、複数確保できる。そして、確保した組合執行委員で組合活動の実務を行うわけだが、これを導入するといささか問題が生じる。家事育児等の負担が減らないまま、女性が役員を担うからである。家庭内や夫婦間で家事育児等を分担していれば問題はないように思えるが、たとえその家庭で家事を折半で行っていたとしても、執行委員会当日は、家事労働力は半分になる。会議中の家事は誰が行うのかの課題を解決しなければならない。「労組は家の中で起きることに無頓着ではならない」の実践を考え、提言する。
まず、執行委員会日程を示し、その日のその時間に本来行う家事等を洗い出す。次に、洗い出した家事を執行委員会でどのようにフォローできるか協議する。また、当該執行委員に、どのようなフォローを望むか聞き取る。
この時の留意点は、「遠慮させない」「否定しない」「解決のための誠実な対応」などがあげられる。なんのことはない、普段の労働組合執行部の対応で臨むと言える。
例えば、「保育園のお迎え後、子どもの世話ができなくなる」「夕飯の支度が会議後だと遅くなる」「塾の送迎が必要」「朝食に使った食器の洗浄が後回しになる」など、普段の生活からいくつでも上がってくる。これらを犠牲にして組合執行委員になってもらうのだから、全力で応援する必要がある。
家事代行サービスは、時間単価が3000~1万円程なので、上限額を設けてサービス代の補助を行う。ワンオペの人、家族(配偶者等)と家事分担をしている人などニーズは違うので、執行委員の希望を確認し実施する。
子どもの預け先がない人は、会議に子どもを連れての参加を可とする。もちろんこれは役員の男女を問わない。会議場とは別の部屋で子どもが読書、お絵かきができるスペースを設ける。夜間の会議なら夕食付で執行委員(議案提案のない者)が面倒を見る。学童なら、宿題のチェックなども必要になる。組合の職員(書記等)ではなく、あくまで執行委員が分担で行う。保険加入についても検討する。乳児の場合は、ベビーシッターの手配も考慮する。また、議場の様子はスクリーンやテレビ画面等で映し、父母が会議中であることを子どもたちに見せる。内閣府でも子連れ出勤を“柔軟な働き方”とし、2023年3~4月に自治体で「子連れ出勤制度試行」(11)したところもある。
夕飯の支度対策には、デリバリーなどを利用し、持って帰ってもらうなどの対応を行う。当然、メニューはあらかじめ示し、希望を取っておく。自宅に帰るのに時間がかかる執行委員には、軽食も用意する。
最大限フォローを行うとしても、結局は負担をかけることは否めない。また、執行委員会をWebシステムのハイブリッド方式で行ったとしても、基本的にはその時間に家事を行うことはできない。せいぜい、会議場と自宅の往復時間が節約できる程度である。
そこで、執行委員就任記念に、時短家事グッズの進呈を行う。「食洗器」「ロボット掃除機」「衣類乾燥機」の贈呈やその補助金を支給、退任後は返却の必要なしとする。経済産業省の調べで、日本の食洗器、ロボット掃除機の普及率は30%とのデータであり、活用していない家庭が多い。「皿ぐらい自分で洗え」という声も聞こえそうだが、その時間が捻出できないから、組合活動に参加できないことを理解すべきである。自宅で参加のWeb利用者にも、もちろん適応する。
青森県庁では、「チーム夫婦 あなたに気づいてほしい家事」のパンフレット(12)を作成している。素晴らしい取り組みであると敬意を表する。SDGsゴール5(13)でも示されているように、家事の分担は女性の人権の課題である。人権についての取り組みは、正に労働組合で取り組む重要課題の一つである。このことを念頭に、具体的な取り組みを実施する。そもそも誰が洗濯をしてたたんでくれているのか、誰が家族の食事の用意から片づけまでしてくれているのか、毎日毎日、誰が生活のサポートをしてくれているのか、無意識の事も多いだろう。だからこそ、現在主なサポート役である女性が組合活動に参加することが停滞する様々な活動に新たな息吹をもたらすのだと私たちは考えている。
他方、そこまでして女性に組合運動をしてほしいと思わない、などのハラスメントも聞こえてくる。表向きは女性活躍など耳触りの良い言葉を使いながら、その実支えもない事が多い。そこでクミジョの精神的なフォローシステムの構築について提言する。
クミジョへのハラスメントの例を出せば膨大な数に上がる。蔑視、ミソジニー、マイクロアグレッションと様々である。あからさまなセクハラは少なくなっているものの、軽微なセクハラ・パワハラはいまだ横行し、習慣と化している場合もある。日々それに耐えているクミジョも少なくないと考えられる。
クミジョは常に「もやっ」とし、「しゅん」としている。その原因は、「労働組合は男性社会である」から、「クミジョはそれに合わせよ」とされることだと私たちは分析している。例えば、要求書や方針作成時、文言のニュアンスが女性の思いと少しずれることがある。そのような時、指摘しても分かってもらえず、結果的に了とすることは、自分に対しても、腹立たしく思う。男性執行委員が論じないことを真剣に議論(例えば更年期障害の休暇制度、事務所の雑務についてなど)しているときも、女性はつまらないことを議論すると全面否定、あるいは侮蔑される。
これは、「労組が労組の作法に則って女性を説明しているのである。そこから導かれる方向性や対策は現実的である一方で,女性にとっての問題点の改善や解決においては限定的となる。こうした情勢から脱するとしたら、最も有効なのは論理を転換させ、女性が女性の作法に則って労組を説明することである。換言すれば、労組を主体として女性を分析対象とするのではなく、女性を主体として労組を分析対象とすることである」(14)に通ずると考えている。
経験上、女性を対象とした連合や構成組織の学習会や講習会が終了したとき、「こういうのは、うちの男性執行部に聞かせたい」とは、よく聞かれる感想である。女性対象の学習会は、たとえ講師が男性でも、「女性を主体として労組を分析対象」とし、提案や議論展開であることが多いので、そう強く感じるのだろう。
また、年に数回開かれる女性中心の会議を楽しみにしているクミジョは多い。そこには普段感じている絶望感や、もやもやしたものを自ら分析し、クミジョたちで共有・共感し、つながりを実感することができるからである。
これを常時行えるようにできれば、「クミジョのオアシス」が作れるのではないかと考えた。具体的には、構成組織の女性組合役員のSNS「#クミジョ」である。
イメージは、「クミジョなら誰でも参加可能」「投稿、相談、例示等、自由」「ひたすら、寄り添う姿勢」のSNSとする。誹謗中傷は厳禁とし、登録したクミジョのみの共有とする。本名でも、偽名、匿名、ニックネーム等での参加を可能とする。本音や愚痴を投稿できる、また共感できる環境を整備した運営を行う。今の状況を少しでも動かせるヒントが得られる、元気が出るなどの効果が得られればと考える。明日への勇気と希望を得られ、そしてちょっとひと休みできるオアシス。そのような支援対策が急務である。悲しんだり苦しい思いをしているクミジョは、クミジョで支えてまもり、クミジョ同士をつなぎ、新たなステップにつなげていきたい。
アメリカの最高裁判事だったルース・B・ギンズバーグは、「『最高裁判所に何人の女性判事がいれば十分か』と聞かれることがあります。私が『9人』と答えるとみんながショックを受けます。でも9人の判事が全員男性だったときは、誰もそれに疑問を抱かなかったのです」(15)との名言を残している。労働組合も男性だけで運営してきたことに、なんの疑問も持たなかった時代もあった。
自分の単組交渉で、生理のための特別休暇の廃止を男性管理職が提案し、団体交渉で了とした経験がある。そこには性差による身体生理機能の違いの理解などない。女性だけの特別休暇があるのはおかしい、という男性側の意見だった。この考え方は、女性には人権はないと言っているに等しい。
私たちには夢がある。ジェンダー平等が世間や労働組合の常識になることである。
連合の調査でも明らかなように、男女平等やジェンダー平等担当の多くはクミジョである。クミジョは結果的に学習を重ね、「組織を変えたい」「前に進みたい」と思う。一方で、日本企業の多くの組織はOBN(オールドボーイズネットワーク)で運営されている。NPO法人J-Win会長理事の内永ゆか子氏は企業の講演学習の中で「今までこの会社、あの会社を成功に導いてきたのは男性ばかりなので、その人たちが作ってきた文化、仕組み、価値観、成功体験が全てだと思っている。“OBN”が、とても大きなバリアになって女性進出を阻んでいる」(16)と指摘する。
国際的なジェンダー主流化の考え方は、人口の半分(女性の事)をあらゆる社会組織から取り残してきた反省を踏まえ、障壁を取り除く“人権”としての取り組みだが、日本では多くの組織で女性活躍とし、“女性が頑張ればよい”としている。参加できない女性は頑張らない女性とされ、結果的に取り残される。このやり方は、女性の人権が抜け落ちているように見える。
またこれは、組合活動にも共通していると考えられる。このOBNのメンバーはケアレス労働者であり、日々の生活の細かい部分を支えられて活動している。OBN組合役員の意識をどうにか変えていかないと、クミジョはいつまで経っても足搔くだけだ。クミジョだけでは解決しない。口だけのジェンダー平等、男性目線での組合方針など、労働組合のOBN、クミダン(男性の組合執行委員)が変わらなければ解決しない。しかし、こう考えるとやはりクミジョが増えないのは、クミダンによる無意識(あるいは意識的)にクミジョを増やさないようにしているとも考えられる。
私たちは、女性に都合の良い社会を求めているわけではない。女性の人権を求め、誰もが安心して尊厳をもって生きられる社会・組織(職場(労働組合を含む))を創りたいと思っている。多様性の意見、マイノリティの意見が認められない組織は破綻するということである。
再度、高らかに言おう。私たちは大志をいだいたクミジョである。
クミジョはクミジョの気持ちと人権をまもり、安心して活動できる環境整備に向け、ともに活動し、つながり、ともに真のジェンダー平等を成し遂げていく。
参考・引用文献