『私の提言』

講評

第19回「私の提言」運営委員会
委員長 相原 康伸

 本提言募集事業は、「山田精吾顕彰会」による論文募集事業を継承して、2004年から「私の提言・連合論文募集」として衣替えし、第8回から「私の提言・働くことを軸とする安心社会」として、連合が目指す社会像実現のための提言を組合員のみならず幅広く募集を呼び掛け、実施してまいりました。「山田精吾顕彰会」から数えて25回目、連合の事業となってからは19回目となる今回は、テーマを「働くことを軸とする安心社会-まもる・つなぐ・創り出す-の実現に向けて連合・労働組合が今取り組むべきこと」としました。

 連合はもとより、教育文化協会HP、公募ガイドなどを通じて、今回は27編の応募をいただきました。「どなたでも応募できます」という呼びかけに賛同し、労働組合役職員、会社員、公務員、自営業、学生、定年退職された方など、幅広い方々から応募いただきました。感謝申し上げます。今回は2020年から続く世界的な新型コロナウイルス感染症の影響がいまだに残るなかで、これからどのような社会、どのような働き方を目指すべきか、労働組合に何を期待するのかなど、時宜を得た多岐にわたる提言内容は、どれも豊かな経験と高い問題意識を基とした意義深いものでありました。また、労働組合役職員からの応募は今回6編でした。今後、労働組合の現場からより多くの提言をいただけるよう、運営する側として一層の周知に取り組んで参ります。

 提言を評価する任務を与えられている運営委員会としては、①文章表現、②具体性、③独自性、④社会性、⑤現実性の観点から、「連合・労働組合に対する提言になっているか」「自身の経験を踏まえたオリジナリティある内容であるか」などを念頭に最終選考にあたり、委員の総意で「優秀賞」1点、「佳作賞」1点、「奨励賞」1点、「学生特別賞」1点を選出しました。今回は特に、連合寄付講座を受講している大学生から多数の応募が寄せられ、優秀賞にも入賞を果たされるなど、労働教育の成果が確実に出ていると感じます。若い世代の自分たちの社会、未来に対する関心の高さ、積極的に意見を発信しようという姿勢を心強く感じました。

 最終選考にあたっての議論経過は以上ですが、入賞提言についての詳細なコメントは、運営委員の橋元秀一さん、金井郁さん、大谷由里子さんに寸評をいただいておりますので、ぜひご覧ください。今回の27編の提言に託された思いを受け止め、いかにして連合運動に生かしていくかがわれわれの使命であると思います。連合ビジョン「働くことを軸とする安心社会-まもる・つなぐ・創り出す-」の実現に向け、また、一つの節目となる来年の第20回「私の提言」に向けて、より多くの皆様からの提言をお待ちいたしております。

 最後になりますが、応募いただいたすべての方に感謝申し上げるとともに、ご多忙の中、審査にご尽力いただいた運営委員の皆様に御礼申し上げます。


寸評

國學院大學教授 橋元 秀一

 今回、組合員やそれ以外の一般社会人、退職後高齢者の応募が少なく、学生からは昨年と同数であった。結果として、応募者とテーマの多彩さは、従来に比べ制約されたものとなった。2年半以上のコロナ禍が続いている中で、各所で様々な問題が起こり、その問題解決に苦闘する営みが多彩に展開されているに違いない。そうした経験が、「私の提言」への応募作品となれば、従来以上に多様な問題とその解決案が提起されることになろう。その意味では、多くの幅広い方々から応募いただくことは、極めて重要である。知られざる諸問題が広く深く生じていたり、解決策の素晴らしいアイデアや実践があるにも係わらず情報共有されていなかったりするからである。応募が増えることを強く期待したい。
 受賞した作品は、4つである。文章表現はもちろんのこと、提言としての具体性や実現性、裏付ける論理や根拠が適切に示されているかなどが評価された。以下、簡潔に評する。
 優秀賞は、前川葵唯さん(学生2年)の「『勤務地限定正社員制度』から、転勤制度の見直しを目指す―家庭と仕事を両立しながら働き続けることができる社会に向けて―」である。JILPTが実施した調査結果等が示す問題点をふまえ、転勤制度のあり方を見直す運動を提起し、事例も紹介している。女性の社会進出やジェンダー平等の点からも有意義とする。学生であり企業体験をしているわけでもなく、これからキャリアを歩んでいく者としての視点ゆえの堂々とした提言が清々しい。とかく「当たり前」と受け入れがちとなる問題を正面から論じることの重要性を示している。
 佳作賞は、中村猛利さん(連合滋賀・副事務局長)の「学生アルバイトの安心社会の実現に向けて-まもる・つなぐ・創り出す の各視点から-」で、連合滋賀における大学での寄付講座の経験をふまえ、学生のアルバイトをめぐる社会運動での連合の役割を提言している。奨励賞は、岡昭彦さん(電力総連 労働政策局次長)の「コロナ禍を契機とし見直される対面の価値と労働運動のあり方」であった。重要な論点だけに、いっそう具体的な分析と提言に強く期待したい。学生特別賞は、山本智士さん(学生2年)の「育児休業給付制度改善に関する提言~男性の育児休業取得率向上のために~」である。文献や資料を手際よくとりまとめ、所得保障の論点が重要であることを明快に提起している。
 次回以降への期待を込めて、一言付記したい。これまでの応募作品に多く見られる「提言」は、政策的な課題提起を含む提言が多い。そうした提言の重要性は言うまでもない。また、労働運動の中で、様々な工夫をしながら取り組んでおられる貴重な経験も少なくない。そうした成果がもっと組合活動のあり方への提言として積極的に寄せられることを望みたい。


寸評

埼玉大学教授 金井 郁

 3年目になったコロナ禍が私たちの日常生活や職業生活に大きな影響を与えている。2020年4月の1回目の緊急事態宣言の時に入学した大学生はすでに3年生になったが、オンライン中心の授業が続き、コロナ前と比べると大学生の生活も大きく変わった。労働者の収入と生活は、コロナの影響を大きく受けているが、業種や職種、雇用形態、育児をしているのかなどの要因によって、ベクトルの異なるインパクトを受けている。連帯の前提となってきた対面・参集型を重視する組合活動にも制限や変革が求められている。このようにコロナ禍で様々な異なる影響を受けたことを踏まえた提言のほか、従来からの課題について、生活者、労働者、組合員といった立場からの思いや提言も集まった。今回は27編の応募で、約半数が学生からの応募で学生比率が高いことに特徴があった。ただし、学生と一般で分けての審査ではなく、「私の提言」の内容によって審査を行った。
 優秀賞は、前川葵唯氏の「『勤務地限定正社員制度』から、転勤制度の見直しを目指す―家庭と仕事を両立しながら働き続けることができる社会に向けて―」が選ばれた。前川氏は学生であるが、父親の10年に渡る単身赴任生活で、父親が赴任先と家族のいる家との往復をする大変さ、残された母親の一人での子育ての大変さについて子どもの視点から疑問を持つという、自分自身の経験から転勤制度を検討する課題設定を行っている。特に、評価が高かったのは、「転勤ルールを組合が経営側と交渉して作る」という提言の視点の面白さであった。転勤ルールについては、実際の組合の取組みにおいても弱い点であるため、この提言に従って個々の組合の取組みを見直してほしい。
 佳作賞は、中村猛利氏の「学生アルバイトの安心社会の実現に向けて-まもる・つなぐ・創り出す の各視点から-」が選ばれた。中村氏は、連合滋賀・副事務局長をつとめており、その経験から、学生アルバイトの労働条件向上に向けた提言を行っている。その中で、連合寄付講座で大学生向けの講義を行った経験から、講義資料の共有や学生からの質問の共有などについて具体的な提言を行っており、連合寄付講座を担当する評者にとっても貴重な内容であった。
 奨励賞は、岡昭彦氏の「コロナ禍を契機とし見直される対面の価値と労働運動のあり方」が選ばれた。岡氏は、電力総連労働政策局次長で、コロナ禍で制限された対面の組合活動、オンラインでの組合活動の広がりについて、再検討する内容であった。
 学生特別賞には、山本智士氏の「育児休業給付制度改善に関する提言~男性の育児休業取得率向上のために~」が選ばれた。男性の育児休業取得を促すための施策として、具体的に育休中の所得補償水準の提言を、現在の夫・妻の所得水準に基づいて推計を行っている点が評価された。
 来年も生活者、労働者、組合員といった様々な立場からの多くの提言が寄せられることを期待しています。


寸評

志縁塾 代表 大谷 由里子

 今回で「私の提言」も19回目となりました。にもかかわらず、学生の応募が13編に対して、労働組合関係の応募が6編、しかもほとんどが70歳を超えた方の応募でした。30代、40代の現役として組合活動に関わっている人からの提言が少ないことに寂しさを感じています。来年は、20回。たくさんの現場で活動されている組合員からの応募を期待しています。
 今回の佳作は、連合滋賀・副事務局長の中村猛利さん、奨励賞は、電力総連の岡昭彦さんでしたが、優秀賞は、一橋大学2年生の前川葵唯さんでした。前川さんの論文は、テーマは「転勤制度の見直し」ですが、実体験に基づいたもので書かれているだけでなく、問題点の洗い出しや問題提起、実際の事例などにもしっかりと触れていて、論文としても非常によくまとまっています。誰が読んでも分かりやすいのでぜひお読みください。
 今回、学生特別賞の一橋大学2年生の山本智士さんも含めて、学生の論文のクオリティが非常に高かったです。同じ運営委員である國學院大學経済学部の橋元秀一教授によると、「今の大学2年生は、入学した時から、ほとんどの講義がリモートでレポートの提出ばかりだったので、レポートを書くことに慣れているんですよ」とのことでした。この話に他の運営委員もかなり納得しました。
 学生特別賞の山本さんの提言は、「男性の育児休業取得率」をテーマにしたもので、現行の制度や問題点だけでなく、海外の制度にも触れていてこちらも論文としてもよくまとまっていて、かなりクオリティの高いものになっています。
 佳作の中村さんは、「学生アルバイトの安心社会」をテーマにしたもので、やはり、現場に対しての問題意識が感じられる論文で、教育現場や学校教育の課題だけでなく労働安全衛生法などにも触れて書かれています。
 また、奨励賞の岡さんは、「コロナ禍を契機とした労働運動」がテーマで、コロナ禍での現場の変化にも触れて、組合離れに対しても論じています。現場の組合員が感じていることを的確に指摘している感じもします。
 受賞された4編とも、今回は、それぞれ切り口が違います。それだけにぜひ、たくさんの人に読んでいただきたいです。ただし、4編共に、これといった独創的な解決策が見当たらず、提言としては弱いというのが審査員の一致した見解です。
 もちろん、そんな解決策があれば、誰もが嬉しいので、その辺りは、これからに期待したいです。


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